人工血小板の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900426A
報告書区分
総括
研究課題名
人工血小板の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康夫(慶應義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 末松誠(慶應義塾大学医学部)
  • 村田満(慶應義塾大学医学部)
  • 半田誠(慶應義塾大学医学部)
  • 谷下一夫(慶應義塾大学理工学部)
  • 武岡真司(早稲田大学理工学部)
  • 池淵研二(北海道赤十字血液センター)
  • 長澤俊郎(筑波大学臨床医学系)
  • 山口隆美(名古屋工業大学生産システム工学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
87,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血小板輸血は、癌・造血器腫瘍などの治療や、外科手術における欠くことの出来ない補助治療法として非常に重要である。しかし、血小板輸血には解決すべき2つの大きな課題がある。一つはその需要の増加と血小板の短い保存期間(72時間)の為に起こる供給不足・緊急時供給体制の不備であり、他はウィルス感染症をはじめとする輸血後副作用の発現である。これらの課題を解決し得る人工血小板・血小板代替物の開発・臨床応用は、21世紀の医療の当然目指すべき方向といえる。常時使用可能な人工血小板・血小板代替物を開発することは、血液事業の効率化のみならず、緊急災害時の備えという観点からも重要である。この様な背景のもと、本研究班は人工血小板・血小板代替物の創製とその実用化を目指した基礎研究を行う。
研究方法
[①血小板膜糖蛋白固相化リポソームの作製とその機能解析] 
CHO細胞を用い、vWF受容体蛋白(GPIbα)、コラゲン受容体蛋白(GPIa/IIa)を培養上清中に可溶性蛋白として大量に回収し、その精製蛋白をdetergent dialysis法で調製したリポソームに結合させ、それぞれrGPIbα-リポソーム、rGPIa/IIa-リポソーム、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームを作製した。その機能解析はrhodamineで標識したリポソームのtype Iコラゲンへの粘着をフローシステムで蛍光顕微鏡を用いて観察し、得られたビデオ画像により、定量的解析を行った。
[②rGPIbαの担持するアルブミン高分子重合体の調製とその機能評価] 
リコンビナントアルブミンを用い、240±10nmのアルブミンマイクロスフェア(AMS)を調製し、これにrGPIbαを結合させた。rGPIbα-AMSの機能は散乱光血小板凝集計を用い、リストセチン存在下でのvWF依存性凝集の有無で評価した。 
[③人工血小板・血小板代替物の止血能評価と生体内挙動の検討] 
(1.止血能評価)F344近交系雄ラットにγ線7Gyを照射し、種々の程度の血小板減少ラットを作製、人工血小板・血小板代替物の止血能評価として、投与前後の出血時間をラット尻尾を用い、シンプレート法で測定した。
(2.生体内挙動の観察システム)ラット腸管微小循環系を用い、蛍光色素CFSE(carboxylfluorescein diacetate succinimidyl ester)により生体染色された血小板の高速度高感度撮像を得た。rGPIbα-リポソームについては、rhodamine標識し、同様に観察した。
(倫理面への配慮)代替物の止血能検討の為の動物実験に際しては、次のそれぞれの施設における規定(慶應義塾大学:実験動物委員会倫理規定、筑波大学:動物実験取り扱い規定)の承認を得て、動物愛護に十分な配慮を行い、適切な処置を施した。
結果と考察
[①血小板膜糖蛋白固相化リポソームの機能解析] 
リポソームを担体とした候補血小板代替物として、rGPIbα-リポソーム、rGPIa/IIa-リポソーム、rGPIbα,rGPIa/IIa-リポソームの3種類を作成し、600、1200、2400sec-1の種々のずり速度の流動状態下でtype Iコラゲンへのリポソームの粘着様式を蛍光顕微鏡下で観察し、ビデオ画像で解析した。rGPIbα-リポソームは、コラゲンに結合したvWFに可逆的、一過性に粘着し、その粘着量はずり速度依存性であった。一方、rGPIa/IIa-リポソームは、コラゲンに強固に粘着するが、高ずり速度下では、その粘着は著しく減少する。rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームは、高ずり速度下でも効率良く強固にコラゲンに粘着した。血小板減少ラットモデルが作成されたことから、人工血小板・血小板代替物の止血能評価が可能となり、rGPIbα-リポソームの止血能が評価された。リポソーム輸注前後の出血時間を測定したところ、中等度の血小板減少ラットでは、輸注後で出血時間の短縮がみられた。
[②rGPIbα結合アルブミン高分子量体の調整とその機能評価] 
アルブミンマイクロスフェア(AMS)の大きさは2~3μmまで制御可能であるが、rGPIbα結合に用いたものは、240±10nmであった。rGPIbα-AMSはリストセチン存在下にvWF依存性に凝集し、この凝集はGPIbαに対するモノクローナル抗体で著明に抑制されることが散乱光血小板凝集計を用いて確認された。また、rGPIbα-AMSはリストセチン惹起ヒト血小板凝集を増強することも明らかとなった。
[③その他] 
ラット腸管膜微小循環を用いrhodamine標識rGPIbα-リポソームの挙動を高速度、高感度ビデオシステムで観察することが可能となった。CFSEで生体染色後、観察したヒト血小板と同様、動脈側での偏在分布が観察された。rGPIbα-リポソームは、流血中でヒト血小板と相互作用は起こさなかった。 
[④考察] 
人工血小板・血小板代替物開発の第一歩として血管損傷部位のコラゲンに特異的に粘着し、止血機能を発揮し得る人工物を作製することを目的に研究が開始された。人工担体として生体適合性に優れ、機能蛋白を導入し易いものとしてリポソームを選択し、これに遺伝子組み換え技術で大量に精製したvWF受容体(rGPIbα)、コラゲン受容体(rGPIa/IIa)を結合させた。
候補人工担体としては、この他ヒトリコンビナントアルブミンから調整したアルブミンマイクロスフェア(AMS)を考慮し、本研究班の平成11年度の研究成果としてサイズが制御可能なAMSの調整法が確立され、これにvWF受容体としての機能を保持したままでrGPIbαを結合し得ることが示された(特許出願)。
作製されたrGPIbα-リポソーム、rGPIa/IIa-リポソーム、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームについて流動状態下でのコラゲンへの粘着を蛍光顕微鏡下で検討した結果、高いずり速度下において効率良く強固に粘着するものは、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームであった。それぞれの蛋白を単独で導入したリポソームは可逆的、一過性の粘着であったり(rGPIbα-リポソーム)高いずり速度下での粘着が著明に低下する(rGPIa/IIa-リポソーム)などであった。rGPIbα-リポソームについて血小板減少ラットを用いてその止血能が評価された。In vitroの粘着実験での一過性粘着の結果にも拘わらず、このリポソームの投与により中等度血小板減少ラットにおいて出血時間の短縮がみられ、血管損傷部位にコラゲンを標的に特異的に集積する人工粒子が人工血小板・血小板代替物として有望であることを世界で初めて示した。また、このリポソームの投与により血栓症や重大な臓器障害は認められなかった。この結果はrGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームが有望な人工血小板・血小板代替物の候補であることを示唆している。
止血血栓形成過程で、血小板粘着は、初期反応として必須であるが、それに引き続いて起こる血小板凝集もまた止血血栓形成に不可欠であることは、凝集に必須の膜糖蛋白GPIIb/IIIaを先天的に欠如する血小板無力症では、著明な出血傾向が見られることで明らかである。
そこで、平成11年度までに作製された血管損傷部位に特異的に集積するリポソームに凝集機能を附加する計画が進んでいる。即ち、それ自身が、あるいは生体内に残存する患者血小板と人工物が凝集塊を形成し得るようにデザインされた新たな人工血小板・血小板代替物の創製の計画である。血小板凝集に必須の粘着蛋白としてGPIIb/IIIa複合体のリガントとなるフィブリノゲンを遺伝子組み換え体として精製し、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームに固相化する。それにより血管損傷部位に特異的に集積したリポソームに残存する血小板がリクルートされて凝集塊を形成し、リポソームの止血機能が一層増強されることが期待される。
本年度の研究の成果により、人工血小板・血小板代替物開発をリードする独創的な方向性が明示され、今後の開発研究での課題もより具体的な形で理解されるようになった。本研究班は、その特徴として高分子化学・流体力学・微小循環学・血栓止血学の基礎理論を重視することで学際的な開発研究を進めて来ており、その成果が平成11年度に得られた。
結論
血管損傷部位に特異的に集積し得るリポソームをデザインし、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームが流動状態下においてコラゲンを標的にして、効率よく集積することが明らかとなった。また、rGPIbα-リポソームを血小板減少モデルラットに投与すると出血時間の短縮が見られた。
血小板膜糖蛋白を担持するリポソームの創製は、人工血小板開発の有力な手段であることが初めて示され、これを基盤として凝集機能、血液凝固促進活性を附加させることで、臨床上有用で実用化し得る人工血小板開発が可能であることが強く示唆された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-