プログラム神経細胞死の機構と脳発達障害におけるその病態(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900401A
報告書区分
総括
研究課題名
プログラム神経細胞死の機構と脳発達障害におけるその病態(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
水口 雅(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 稲葉俊哉(自治医科大学)
  • 伊藤雅之(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 山田光則(新潟大学脳研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
プログラム神経細胞死はヒト脳の正常な形態形成過程における重要な生理現象である。神経細胞死に対しては、bcl-2ファミリーの遺伝子産物や転写調節因子などによる精緻な調節が行われている。神経細胞死の調節機構が破綻すると、脳の形成異常や、神経変性疾患が生ずる。脳の形成異常(脳奇形)の多くにおいては、神経細胞死が過剰に生ずる結果、神経細胞の数の減少や小頭症をきたす。 神経細胞の遊走障害の代表である1型滑脳症においても、脳のサイズは小さい。1型滑脳症の原因遺伝子として17番染色体上のLIS1とX染色体上のDCXが同定されている。われわれは従来、LIS1蛋白の分子病理学的研究を進めてきたが、本年度はDCXの蛋白産物doublecortinの発現について検討を加えた。いっぽう、結節性硬化症(TSC)の脳においては、神経細胞・グリア細胞の両者の形質と未熟幹細胞の形質を併せ持つ異常な巨細胞が出現する。これは細胞分化の異常の結果と考えられるが、分化に失敗した細胞がアポトーシスにより適切に除去されなかったことがその機序として推測される。われわれは従来より、TSC1型・2型の原因遺伝子TSC1(9番染色体)、TSC2(16番染色体)の発現を、それぞれの蛋白産物であるhamartin、tuberinの抗体を用いて分子病理学的に解析してきた。本年度はTSC脳病変における両蛋白の発現を観察した。さらにTSC脳病変の実験病理学的研究を推進する目的で、TSC2型の動物モデルEkerラット(ラットTsc2遺伝子の変異に基づく)の大脳を神経病理学的に研究した。
研究方法
①1型滑脳症についての研究:X連鎖性滑脳症/皮質下帯状ヘテロトピア(XLIS/SCLH)の原因遺伝子はX染色体上の遺伝子DCXである。DCXと高いホモロジーを持つ遺伝子として、13番染色体上の遺伝子KIAA0369がある。われわれは両者の蛋白産物doublecortinとKIAA0369に対する合成ペプチド抗体を作製し、これを用いて正常発達脳(ヒト、マウス)における両蛋白の発現をWesternブロッティンおよび免疫染色により検討した。また、神経細胞遊走障害に起因する各種の脳奇形における発現変動を研究した。
②結節性硬化症(TSC)についての研究:ヒト脳・腎・心組織におけるhamartinとtuberinの発現をWesternブロッティングおよび免疫染色により観察し、結果を正常対照とTSCとの間で比較した。Ekerラット21個体の脳は癌研究所実験病理部・樋野興夫部長より供与された。これらの脳を組織病理学的に観察し、発見された病変につき免疫病理学的検討を加えた。
結果と考察
①1型滑脳症についての研究:ヒト・マウスの正常胎児脳のホモジェネートを用いたWesternブロッティングにおいて、doublecortinは40kd、KIAA0369は80kdの蛋白として同定された。胎児の諸臓器における分布を検討した結果、両蛋白の発現は神経系に限局していた。発達にともなう変動を検討したところ、両蛋白の発現は出生後に低下していた。免疫染色による観察の結果でも、doublecortinとKIAA0369の分布は類似していた。両蛋白とも神経細胞の遊走の初期には大脳皮質の全層に発現しており、とくにCajal-Retzius細胞が強陽性であった。遊走の進行とともに発現は表層に限局し、生後の脳では痕跡的となった。ヒト脳奇形のける検討では、Zellweger症候群の胎児の大脳において、doublecortin発現の二次的低下が観察された。本年度の研究によりdoublecortin、KIAA0369の両蛋白が初めて免疫化学的に同定された。時間的・空間的発現パターンが類似していることから、両者が同一の信号伝達系で機能している可能性が示唆された。両者の発現が遊走途上の神経細胞に限局していたことから、その機能も神経細胞遊走に限定されたものであることが推測された。またZellweger症候群におけるdoublecortin発現邸かは、peroxisomeとdoublecortinの深い関連性を示唆した。
②結節性硬化症(TSC)についての研究:Hamartinとtuberinのヒト組織における分布を免疫病理学的に比較検討した結果、両者の局在は一致していた正常対照例の脳では神経細胞・グリア細胞に、腎では尿細管上皮細胞に、心では心筋細胞に発現が見られた。TSC症例においては、hamartinとtuberinの両者が、同時に発現低下していた。大脳においては両蛋白の減少はびまん性であったが、皮質結節の異常巨細胞に免疫反応性が残存していた。これに対し、腎・心では両蛋白の発現低下は局所的であり、過誤腫(腎血管筋脂肪腫、心横紋筋腫)に限局した免疫反応性の消失が認められた。Hamartinとtuberinの局在の一致は、両者が結合・相互作用するというin vitroの研究結果とも一致した。TSC症例においてhamartinとtuberinの両者が同時に発現低下することは重要な知見で、TSC1型と2型の臨床症状が公示することを分子レベルで説明しうるものと考えられた。今後の研究課題として、TSC遺伝子の一方の変異で他方の発現が二次的に低下するメカニズムが注目される。
次にEkerラット21個体の脳を観察した結果、皮質結節(1)、皮質下過誤腫(2)、上衣下過誤腫(2)、退形成性神経節膠腫(1)を見いだした。皮質結節の巨細胞は全てneurofilament陽性のcytomegalic neuronであった。皮質下・上衣下の過誤腫においてはneurofilament陽性細胞とglial fibrillary acidic protein (GFAP)陽性細胞が種々の割合で混在していた。退形成性神経節膠腫を構成する細胞は多形性で核異型を示した。細胞密度は高く、核分裂像や核崩壊像が認められた。免疫組織化学的には主要細胞の多くがsynaptophysin陽性、一部がGFAP、vimentin陽性、ごく少数がneurofilament陽性であった。Ekerラットの脳の研究で見いだされた皮質結節と退形成性神経節膠腫は、本年度の研究で初めて発見された病変である。とくに皮質結節はヒトTSCにおいて臨床的に最も重要な病変であるため、Ekerラットにおけるその存在は、本動物モデルがTSC脳病変の分子病理学的研究にも有用であることを確立した。いっぽうEkerラットの脳腫瘍(退形成性神経節膠腫)は上衣下巨細胞星細胞腫とは全く性質を異にする悪性腫瘍であり、ヒトTSCには見られない病変であった。
結論
脳奇形における神経細胞死の機構を解明する目的で、病態生理を分子病理学的に解析した。
①神経細胞の遊走障害の代表的疾患である1型滑脳症の病態を研究した。本年度は、X連鎖性滑脳症の原因遺伝子DCXについて検討し、その蛋白産物doublecortinが遊走中の胎児期神経細胞に特異的に発現する異を観察した。
②神経細胞の分化障害の代表的疾患である結節性硬化症の病態を研究した。本年度は結節性硬化症1型、2型の遺伝子産物の組織内共存、結節性病変における発現の同時低下を証明した。さらに2型の動物モデルEkerラットのだいのうにおける皮質結節と脳腫瘍(退形成性神経節膠腫)の発生を新たに見いだした。

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