発達期脳障害における神経伝達機構の解析とその治療研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900400A
報告書区分
総括
研究課題名
発達期脳障害における神経伝達機構の解析とその治療研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
桜川 宣男(国立精神・神経センター 神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 御子柴克彦(東京大学医科学研究所)
  • 中村 俊(国立精神・神経センター)
  • 岡戸信男(筑波大学基礎医学系)
  • デビド・サーフェン(東京大学医学部)
  • 武谷雄二(東京大学医学部)
  • 高嶋幸男(国立精神・神経センター)
  • 難波栄二(鳥取大学医学部)
  • 新井 一(順天堂大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
発達期脳障害の神経伝達機構の解析にあたり、羊膜細胞の果たす生理的役割および発達期脳障害に対する病理学的意義の解明を主たる目的として研究を行った。分担研究者は基礎的研究の側面より本研究をサポートした。また羊膜細胞による脳移植法の開発研究に向けて、動物実験による治療研究の効果判定と方法の確立を行った。このような研究班構成を基盤として、発達期脳障害の発生機序の解明と治療法の研究を行った。
研究方法
羊膜細胞と羊水は、インフォームドコンセント施行後に帝王切開分娩時に入手した。既報のごとくに羊膜を培養し、神経栄養因子や神経伝達物質などを測定した。そして神経誘導因子ほかの遺伝子解析をおこなった(桜川)。脳内ニューロンの位置決定のための細胞生物学的アッセイ系の確立を行った。また遺伝子工学的手法を導入して、リーリンやdisabled-1, cdk-5などの構造解析や発現実験を行った(御子柴)。多能性幹細胞を樹立し、また胚に対する遺伝子導入法を確立した。そして電気生理学的解析、光学的計測法を確立した(中村)。フェニルケトンマウスを用いて、電顕および高速液クロにて解析した(岡戸)。脳室周囲白質軟化症(PVL)発症モデル動物を作製し、生理学的、病理学的手法で解析した(武谷)。福山型筋ジストロフィー症(FCMD)3例と対照22例について、免疫染色およびウェスタンブロットを施行した(高嶋)。
結果と考察
桜川は培養羊膜細胞における神経伝達物質(アセチルコリン、カテコールアミン),神経栄養因子(BDNF, NT-3)の遺伝子、蛋白レベルの発現を確認した。胎児仮死のモデル実験により、虚血側の羊水中では神経伝達物質、神経栄養因子の濃度が有為に上昇していた。培養羊膜細胞上清にラット培養神経細胞の栄養作用を有する物質(新規の可能性)の存在が判明した。神経誘導因子(chordin, noggin,follistatin)mRNA発現を確認し、アクチビン添加によるnoggin誘導作用を見出した。羊膜細胞が神経栄養因子、神経伝達物質、中胚葉誘導因子、神経誘導因子などの遺伝子を発現しており、多機能を有する細胞であることが判明した。羊膜組織は胎生初期に形成され、その分泌蛋白は発生の時期により、胚芽、胎芽、胎児などの発達に影響を及ぼしていることが推測できる。今後羊膜細胞の機能解析が更に進むことにより、その重要性は益々判明してくるだろう(桜川)。
御子柴は脳内ニューロンの位置決定をする分子の解析を進めた結果、リーリンとディスエイブルドが重要な遺伝子として働いていることが明らかとなった。またそれぞれの変異マウスが各々リーラーマウス、ヨタリマウスとして行動異常をおこす。リーリンとディスエイブルドは、同じ情報伝達系のカスケードの上下関係を示すことが明らかとなった。ヒト脳の構築のうえで、最も重要な課題である神経細胞の位置決定メカニズムの解明を進めて、リーリンとディスアブルの二つの重要な分子を明らかにし、これらの異常によりニューロンの位置異常がおきることが明らかとなったことは大きな成果である。今後、これらをプローブとして、ヒト疾患のスクリーニングも可能となると考える。
中村は大脳皮質の層構造の異形成を引き起こすX染色体に連鎖した脳室周囲結節状異所性灰白質症の原因遺伝子であるfilamin1の機能を細胞レベルで解析し、これが低分子G蛋白質RalAに制御され、フィロポデイアの形成に必須であることを明らかにした。また中枢性グルタミン酸作動性シナップスの発達には神経活動とニュロトロフィンの機能が必要であることを脳由来神かにした。
サーフェンは神経性PC12D細胞のムスカリン性アセチルコリン受容体(mACHR)が2種類の異なったチャンネルを介して、細胞外Ca2+の流入を活性化する研究を行った。これらの2チャンネルはイオンチャンネル、開閉キネテイックス、protein kinase C(PKC)の制御などに関して異なっている。我々はクローン技術を用いて、受容体作動性チャンネルはTRP6 subtype of non-voltage-gated Ca2+channelを必要としていることを証明した。
岡戸はフェニルケトン尿症ミュータントマウス(PKU)を用いて生後の発達に伴う変化を調べた。生後4週までPKUホモマウスはワイルドに比べて体重,脳重量ともに軽かった。脳内セロトニンとノルアドレナリン濃度はワイルドマウスでは発達に伴い,急激に増加するが、ホモマウスではわずかに増加するだけであった。海馬CA3領域のシナプス濃度を定量化すると、ホモはワイルドに比べ25%低下していた。生体アミンによるシナプスの形成維持機能の低下による精紳遅滞の発生機構仮説が正しいことが,PKUマウスにおけるシナプス密度の低下より確認された。
新井はラット培養羊膜細胞が神経幹細胞としての分化能を有している可能性を証明した。これらの細胞を実験虚血動物脳に移植すると、長期間にわたり脳内に生着することが確認された。羊膜細胞の同種移植による脳移植で、長期生着と神経細胞への分化の証明は重要な結果である。
武谷は脳室周囲白質壊死(PVL)の実験モデルを、ヒツジ胎仔の反復臍帯圧迫負荷により作製した。そして病変を呈した胎仔では、臍帯圧迫前より他の群に比して血圧が高く、過酸化脂質が高値を示すことが明らかとなり、PVL発生胎仔は圧迫開始前に何らかの負荷を受けていることが示唆された。羊水中の活性物質の変動が認められた(桜川)ことにより、実験モデルの有用性が増大する。
高嶋は福山型筋ジストロフィーの遺伝子蛋白fukutinの脳における発現の発達的変化を調べた。fukutinは在胎12から19週の胎児大脳皮質の神経細胞に最も強く認められ、成熟と共に減弱した。胎生期の脳におけるfukutin蛋白発現の時間的・空間的変化から、この蛋白の機能が皮質形成に関与し、神経伝達異常をきたすと考えられた。在胎20週前後のFCMD脳では、皮質神経細胞が脳表のlimiting membraneを穿通し、表層に神経細胞が不規則に配列した表層皮質を形成している過程が分かる。そ神経細胞穿通機序は、limiting membraneの欠損が原因であると考えられているが、未だ明確にされていない。今回のfukutinによる免疫組織化学的染色では、免疫化学的に神経細胞の方に異常が認められ、limiting membraneはCajal-Retzius細胞,subpial granular layer、皮質内神経細胞など、神経細胞の働きと関係深いと考えられる。
難波は自閉症や精紳遅滞の遺伝的背景を検討した。日本人自閉症に関連する遺伝子の候補として、serotonin transporter遺伝子の解析を行ってきたが,本疾患との関連はないとの結論を得た。最近自閉症にインプリンテイング遺伝子の関与が問題視されているのでその解明を進めている。
結論
羊膜細胞から種々の蛋白質、即ち神経誘導因子、神経栄養因子、神経伝達物質などが分泌されていることを証明した。さらに中胚葉誘導因子であるアクチビンの合成・分泌能の存在は、発生時期による胚芽、胎芽、胎児などへの発育に、これら分泌蛋白が重要な役割を果たしていると考える。また脳内情報処理機能の基盤となるニューロンの位置決定機構が、リーリンとdisabledという二つの分子が大きく関わっていることが明らかとなった。しかも両分子は一つの情報伝達の上流、下流を占めており、両者が正常に発現することが脳内ニューロンの位置決定に必須であることを明らかにした。羊膜には神経管に発現する遺伝子も発現していることを見出したが、羊膜には発生時期に対応した遺伝子の発現が予想される。そこで羊膜細胞におけるニューロン位置決定因子の遺伝子解析も興味深い。このような遺伝子解析を進めることにより、羊膜細胞が発生初期段階の遺伝情報を解析できる生体材料であることが証明されるだろう。

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