福山型先天性筋ジストロフィーの病態解明に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900397A
報告書区分
総括
研究課題名
福山型先天性筋ジストロフィーの病態解明に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
戸田 達史(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 松村喜一郎(帝京大学医学部)
  • 片山榮作(東京大学医科学研究所)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 堀江正人(大塚製薬株式会社大塚GEN研究所)
  • 斎藤深美子(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
34,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
福山型先天性筋ジストロフィ-(FCMD) は、福山によって報告・確立された先天性筋 ジ ストロフィ-の一型であり、重度の筋ジストロフィ-に脳奇形を伴う常染色体劣性遺伝性神経筋疾患である。その頻度は我が国の筋ジストロフィ-の中ではデュシャンヌ型に次いで多く我々の約80人に1人が保因者である。患児は生涯歩行不能であり、同時に精神発達遅延を伴い、多くは20歳以前に死亡する難病である。また 、本症の脳病変は神経細胞遊走障害による脳奇形と考えられ、本症の原因遺伝子産物は脳で働く未知の機能分子である。我々は本症原因遺伝子が第9番染色体長腕31領域に存在することを初めて見い出した。さらに我々はポジショナルクローニング法により、遺伝子の同定を行った。本研究では抗体作成、生化学的解析、形態学的解析、ノックアウトマウス、結合蛋白など遺伝子産物の局在・機能解析を行い、本症の骨格筋の病態や 脳細胞の遊走の機構について 解 明 し、治療法を確立することを目的とする。
研究方法
研究方法 、研究結果、考察=(1) 福山型先天性筋ジストロフィ-の多小脳回
今回脳病変への関与を検討するためにFCMD遺伝子の特に脳における発現を解析した。ノーザン解析において、胎児組織、成人脳各部位で、同程度FCMD遺伝子の 発現が確認された。in situ hybridizationでは、胎児脳で神経前駆細胞を含む発生過程の全ての神経細胞とCajar-Retzius細胞に発現が見られた。成人脳でも、大脳皮質神経細胞に発現が継続して認められた。また海馬錐体細胞、歯状回神経細胞、小脳のプルキンエ細胞、顆粒細胞にも発現が認められた。glia limitans-基底膜複合体には発現を認めず、分子層、白質のグリア細胞にも発現を認めなかった。FCMD胎児脳では、正常部では弱く発現する細胞を比較的連続的に認め、病変部では著明に発現が低下していた。FCMD胎児、成人の病理所見の検討により、病変部ではglia limitans-基底膜に破れがあり、この破れが病変の遠因であり、フクチンはアストロサイトが主な役割を担う基底膜に関与すると考え易いが、今回のデータは本来基底膜と接していないニューロンで発現が見られており、フクチン蛋白質が神経細胞の遊走自体に関与する可能性もある。また患者において、病変部、正常部の発現レベルに差が見られたことは、遺伝子変異によるmRNAの不安定性が、発生のある段階で細胞ごとにmRNA量の差を生じ、病変部正常部を区別する可能性も考えられる。
(2)福山型先天性筋ジストロフィー遺伝子の選択的スプライシング
fukutin mRNAの発現をRT-PCR法により解析した。骨格筋と脳のRT-PCRにより単一のfragmentではなく複数のfragmentが増幅された。それらのPCR産物をシークエンスしたところ少なくとも9種類の異なるfukutin転写産物が発現していた。variant transcriptの中に見つかった塩基配列は全てintronと考えていた部分に存在しその周辺の塩基配列はsplice部位としての特徴に合致していたので、従来報告されていた10個の exon以外に新たなexonが存在すると考えられた。このalternative splicingによりfukutin アイソフォームが存在することは、組織・細胞ごとに以前に見い出したFCMDで欠損している細胞外蛋白p180をはじめとするfukutin結合・関連蛋白との結合・相互作用部位が様々に異なる可能性を示唆している。今後、fukutinの生理学的機能の解明,FCMDの病態の解明の上からもp180などfukutin結合・関連蛋白の生理学的機能の解明が重要である。
(3)FCMDノックアウトマウスの解析
昨年度得たFcmd遺伝子のF1ヘテロ欠損マウスは、見かけ上は正常であり、繁殖可能であった。このF1ヘテロ欠損マウス間の交配により得られるF2離乳マウスのgenotypingを行ったところ、ホモ欠損マウスが胎生致死であることが判明した。さらに、F2マウス胚のgenotypeを調べた結果、胎生8.5-9.5日前後にホモ欠損マウス胚が死亡することが明らかとなり、Fcmd遺伝子がマウスの胚発生に必須であることが示唆された。これは、ヒトFCMD遺伝子にノンセンス点変異をホモで持つ患者が、これまでのところ見つかっていない疫学的事実と合致するものである。in situ hybridizationにより、様々な組織でFcmd遺伝子のメッセージを検出できたが、中枢および末梢神経系において特に強い発現が認められた。ヒトFCMD遺伝子3'非翻訳領域のレトロトランスポゾンを挿入した遺伝子改変マウスを作製するため、loxP配列を組み入れた3'非翻訳領域置換用ターゲッティングベクターを構築し、相同組換えにより一方の遺伝子座が置換されたES細胞株を樹立した。
(4)福山型遺伝子RNAの動態及び性状
FCMD は、フクチン遺伝子の3' 側の非翻訳領域に数種の反復配列を含む DNA 断片 (トランスポ-ザブル・エレメント) が挿入されていることが判明している。非翻訳領域でのDNA異常の場合、疾患発症の原因はタンパク異常では説明不可能で、理論的には遺伝子の転写時あるいは転写後の異常(つまり RNA レベルの異常)が考えられるため、転写後の RNA の動態およびその性状を検索する目的で、ISH 法を行った。プローブとして用いたcDNA クローンは、(1) FCMD原因遺伝子の3' 側 非翻訳領域部分(挿入部位より上流の領域) 、及び (2) 患者の遺伝子で検出される挿入DNA 断片 (赤色) を含むクローンで、Two-colorのin situ ハイブリダイゼーション (Two-color ISH) 法を行った。その結果、(1) mutant allele 由来のmRNA は患者細胞核内では低レベルにしか存在しない。これはノーザンハイブリダイゼーションやRT-PCR での結果と矛盾しない。つまり、DNA断片の挿入を持つmutant allele 由来の転写産物はある程度転写されるが細胞核内でも低レベルであることが示唆された。(2) 反復配列を含む領域部分の転写産物は,正常細胞でも存在することが示唆され、患者細胞核では約1.5倍多いことが判明した。患者細胞での値が正常の1.5 倍を示すことは何を意味しているのだろうか。 挿入DNAを含むmutant allele 由来のmRNA はその構造上(あるいは他の理由で)不安定で分解され易い、反復配列を含む領域部分は何らかの理由で分解されにくく核内に蓄積する、等が考えられる。
(5)福山型先天性筋ジストロフィーの臨床、病理学的解析
福山型先天性筋ジストロフィー研究を推進するために本症の生検筋のバンクを目指し、1999年末までに171検体をバンク入りさせた。本症の病理発生をみるためWalker-Warburg症候群(WWS)生検筋との病理学的比較検討を行った。フクチン遺伝子に変異を認めないWWS 4例では、活発な壊死・再生があり筋ジストロフィーの所見をみた。さらに結合織の増生も著しく多くの組織学的類似点をみた。また免疫組織化学的にもメロシン染色で薄く染色されることは共通であった。WWSでは電顕的に核の変化が強くapoptosisの関与が考えられた。
(6)遺伝子産物の超微形態解析
急速凍結フリーズレプリカ法を駆使して、任意の蛋白質の3次元構造や細胞内におけるその存在様式を探索するための様々な方法を開発中である。今年度は、レプリカ試料中の蛋白質の3次元構造を、電子顕微鏡内で傾斜撮影した多くの像から再構成する手法をほぼ完成した。滑り運動中のミオシンクロスブリッジの構造にその方法を適用した結果、これまでに全く未知の構造が実現していることが判明した。FCMDの原因遺伝子産物を研究するにあたっての、その有用性は明らかである。
結果と考察
結論
福山型先天性筋ジストロフィ-原因遺伝子が特定され、またp180蛋白、ノックアウトマウスなどその機能解析、病態解明に向けての道が開き出した。

公開日・更新日

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更新日
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