エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーの病因・病態の解明と治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199900396A
報告書区分
総括
研究課題名
エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィーの病因・病態の解明と治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
荒畑 喜一(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター)
  • 石浦章一(東京大学)
  • 衣藤 宏(防衛医科大学校)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
33,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
筋ジストロフィーの一次的原因が、筋細胞の核膜関連タンパク(エメリン、ラミンA/C)に見いだされたのは、Emery-Dreifuss型筋ジストロフィー (EDMD) がはじめてである。EDMDは小児期発症の筋疾患であり、骨格筋の筋力低下と共に心筋症の存在が明らかとなる。このため失神・心不全症候を呈し、さらに伝導障害が顕著な場合には突然死の原因ともなり得る( ~50% )ことから早急な対策が望まれる。EDMDにはX染色体性劣性のX-EDMD(MIM:310300)と常染色体性優性のAD-EDMD(MIM:181350)および劣性のAR-EDMDがあり、遺伝的にheterogeneousな疾患群であると考えられる(X-EDMDの遺伝子座はXq28に、AD-EDMDの遺伝子座は1q21.2-q21.3の存在する)。我々はX-EDMDの遺伝子産物であるエメリン(emerin)の細胞局在(核二重膜の内膜の nucleoplasm 面)を明らかにし、機能ドメイの特定等の研究をさらに進める。また核内膜のエメリンの臓器別染色分布を知る。加えてAD-EDMDの原因タンパク質のラミンAと、X-EDMDの原因タンパク質エメリンとの関連を知る。これら一連の研究はEDMDの病態を考える上で極めて重要である。EDMDには現在有効な治療法はなく遺伝子治療が期待されるが、我々はアデノウイルスベクタを用いてエメリン遺伝子の導入、アデノ随伴ウイルスベクタ-の検討を行う。さらに将来の治療法の開発を視野に、エメリン遺伝子・ラミンA遺伝子のノックアウトマウスの作製・解析を目指す。
研究方法
国立精神・神経センターの遺伝子検索ガイドラインに沿って、疾患の臨床調査を実施、症例の収集に努め、臨床データベースを作成する。ついでそれらの症例から末梢血・筋肉・皮膚組織を得て、組織細胞バンクを樹立する。DNA、mRNAは型通り抽出し、遺伝子変異の解析に供する。核内膜のエメリンの臓器別染色分布はラットで検索する。ラミンAとCについてはそれぞれに特異的な抗体を作製する。またエメリン、ラミンA/Cの超微局在は、金コロイド法による免疫電顕で定量的に明らかにする。さらにエメリンの結合タンパク質を生化学的に明らかにする目的で、エメリンの発現及び精製と核膜サンプルの調製、免疫沈降等を行う(発色は抗エメリン抗体)。細胞内動態の解析にはGFP-融合タンパク質を用いる。また必要に応じてレーザースキャン顕微鏡で検討する。遺伝子治療への試みとしてはアデノウイルスベクタを用いてエメリン遺伝子の導入実験を行う。またアデノ随伴ウイルスベクタ-、(AAVベクタ-)使用を検討する。さらに、エメリン遺伝子・ラミンA遺伝子のノックアウトマウスの作製と解析に着手する。一方、21世紀の機能解析遺伝学(Functional Genomics)の主要な方法論の一つであるDNAチップの筋疾病研究分野への導入を図る。特に筋ジストロフィーに共通の病態像を特徴づける遺伝子発現プロフィールを明らかにすべく、筋タンパク質関連遺伝子と筋ジストロフィー関連遺伝子群のデータベースを構築する。
結果と考察
我々は本邦のEDMD家系の臨床データベースを更に発展させた。EDMDと臨床像が酷似する強直性脊椎症候群例にエメリン遺伝子の変異とエメリンの欠損を発見した。またこの過程でラミンA/C変異によるEDMDの存在も認めた。前年度の臨床医学的検討から、X-EDMDが実は右房拡張型心筋症を主体とし、心臓のchamber-specific な遺伝子発現に異常のある可能性を示唆したが、心房内心電図の結果はこれを臨床的に裏付けた。関係者の協力により、家族例・弧発例を含めこれまでに発見されたエメリン遺伝子異常はインターネット上で公開された。エメリン遺伝子の変異に特定のホットスポットは見あたらなかった。皮膚線維
芽細胞を5例(1例は症候性女性保因者)について培養し、エメリンおよびラミンA/Cの発現を抗エメリン・ラミンA/C抗体を用いた免疫細胞染色法とウエスタンブロット法により検討した。エメリンに対する抗体を用いて正常培養線維芽細胞を見ると、その核膜が染まったが、患者の線維芽細胞では全く染らなかった。一方ラミンA/Cはいずれの場合にも正常に染色された。また、ウエスタンブロット法も同様の結果であったことで、AD-EDMDでの dominant-negative 効果が示唆された。なお、X-EDMDの症候性女性保因者では、モザイク状の染色パターンが検出された。
今年度はさらに、エメリンの機能を解明する一端として、エメリン結合タンパク質を検索した。その手順として;(1)エメリン融合タンパク質の発現と精製、(2)尿素による変性条件下で溶出、(3)核膜サンプルの調製、(4)1.で作ったエメリンと3.で作った核膜を混じ、各種抗体での免沈・ウエスタンブロットの発色(抗エメリン抗体、抗ラミンA抗体)を行った。我々はラミンAとエメリンは結合するという結論を得た。さらに、エメリン及びラミンA/C遺伝子の発現実験では、DNAチップの解析からエメリン欠損におけるラミンA/Cの upregrlation と、遺伝子導入後の restorationを確認した。DNAチップによる研究の推進は今後に結果が期待される。
遺伝子治療を目指した基礎的研究としては、ウイルスベクタ-を用いたエメリン遺伝子の導入実験を行った。また将来的に遺伝子治療の基礎実験を行う目的で、エメリン・ノックアウトマウスの作製を進めた。現在キメラマウス作製段階に入っている。今後ラミンA/C・ノックアウトマウスの解析も予定している。これらの研究を通して、ubiquitous に存在するエメリンやラミンA/Cの欠損が、如何にして臨床的3主徴をもたらすのかなどの本質的な疑問に対する解答を探す糸口が得られるものと考えている。
結論
Emery-Dreifuss型筋ジストロフィー(EDMD)は遺伝性の筋疾患であり、・若年発症の肘・Achilles腱・後頚部の拘縮、・緩徐に進行する肩甲-上腕-腓骨筋型の筋萎縮と筋力低下、・重篤な伝導障害を伴う心筋症を3主徴とする。今年度の研究ではエメリン結合タンパクの一つが実はAD-EDMDの原因遺伝子の転写-翻訳産物であるラミンA/Cである可能性がが示された。また核内膜のエメリンの臓器別染色分布では、エメリンの発現が腱、筋、皮膚など力学的な力を受けやすい部位に一致する傾向を示した。さらにDNAチップの解析から、エメリン欠損におけるラミンA/Cの upregrlation が確認され、遺伝子導入による restoration も見た。この事実は遺伝子治療の妥当性と、ラミンA/C遺伝子の発現調節の重要性を示している。今後、エメリン・ラミンA/C分子の機能解析、エメリン関連タンパク質、エメリン結合タンパク質のさらなる追求が急がれるとともに、モデル動物を獲得し解析することの重要性が一段と増した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-