新しい薬理学的および生物学的ツールを利用したグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900395A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい薬理学的および生物学的ツールを利用したグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
和田 圭司(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 関口正幸(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 西川 徹(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
有効な治療薬のない難治性の神経疾患においてグルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法という新しい療法を臨床的に確立することである。その達成にむけてPEPA(4-[2-(Phenylsulfonylamino)ethyl-thio]-2,6-difluoro phenoxyacetamide)、Dセリン、グルタミン酸輸送蛋白欠損マウスという申請者らの独自性が高い薬理学的・生物学的ツールを導入する。コ・アゴニストとは神経伝達物質受容体において神経伝達物質ー受容体の相互作用を修飾し受容体活性を最大限にまで引き出す物質のことである。コ・アゴニストシステムに働く薬物は、神経伝達物質結合部位に直接作用する薬剤と違い、投与量等で薬効を容易にコントロールでき、毒性の出現を低く押さえることができる。今年度はAMPA型受容体の理想的なコ・アゴニストであるPEPAの薬理作用を個体レベルならびに脳スライスレベルで解析するとともに昨年度のDサイクロセリンに関する成果を臨床応用するために必要な基盤整備を行った。またDセリンの分子動態に関与する新規遺伝子のクローニングを昨年に引き続き行うとともにグルタミン酸トランスポーターGLT-1の有用性をさらに検討した。
研究方法
(1)PEPAに関しては個体レベルでの学習障害改善作用を検討するため左中大脳動脈慢性閉塞モデルを使用し水迷路試験並びに受動回避反応試験で検討した。脳スライスレベルでの解析ではラット海馬歯状回部分を含むスライス標本を常法に従って調製し、歯状回顆粒細胞にパッチピペットを当て貫通枝を刺激することで貫通枝海馬/歯状回顆粒細胞シナプスのEPSCを電気生理学的(パッチクランプ法)に測定した。(2)Dセリンシステムに関しては昨年度同様ラットDセリントランスポーター遺伝子の発現クローニングをアフリカツメガエル卵における3H-Dセリン取り込みを指標に試みた。さらに内在性Dセリンの代謝・機能にかかわる未知分子の検索昨年度同様RNA arbitrarily primed PCR法で試みた。(3)グルタミン酸トランスポーター電位の測定は電位感受性色素を用いて行った。(4)動物使用に当たっては国立精神・神経センター神経研究所動物実験倫理問題検討委員会の承認を受けるとともに国の法律・指針を守り動物が受ける苦痛を最小限に留めた。
結果と考察
研究(1) PEPAシステムに関して、1)水迷路試験では目標到達距離、目標到達時間ともに用量依存的にPEPA投与群で測定値が基剤投与群に比べ改善した。3 mg/kgの比較ではアニラセタム投与群よりもPEPA投与群の方が測定値が低い傾向にあった。2) 受動回避反応試験ではアニラセタム投与群では有意な学習改善作用が認められたがPEPA投与群の測定値はいずれの投与量においても基剤投与群との間に著明な差を認めなかった。3) PEPAを顆粒細胞に直接投与した場合AMPA受容体電流を増強させた。しかしNMDA受容体電流には影響を与えなかった。さらに貫通枝刺激による貫通枝海馬/歯状回顆粒細胞シナプスのEPSCに与える影響を検討したところAMPA受容体を介したEPSCを増大させることが判明した。(2) Dセリンシステムに関して、1) mRNAの分画化によりDセリントランスポーター遺伝子のクローニングの試みを継続したが単離・同定には至らなかった。2) Dセリンに対して立体特異的(L体には反応しない)またはD・L体双方に反応する新規遺伝子の解析を行ったが特異的にものの同定には至らなかった。3) Dサイクロセリンの適応外使用に関しては国立精神・神経センター倫理委員会の承認を受け同センター武蔵病院で臨床研究が開始された。(4) グルタミン酸トランスポーターに関して、
電位感受性色素を用いてトラスポーター電位を測定した場合野生型マウスに比べグリア型グルタミン酸トランスポーターGLT-1欠損マウスでは当該電位が欠落していることを確認した。
昨年度までの解析からPEPAはAMPA受容体活性の増強に関してはアニラセタムと類似の作用(例えばflip体よりもflop体をより増強するなど)を有するがその程度ならびにAMPA受容体に対する親和性はアニラセタムよりも優れていることを見出している。アニラセタムが既に脳血管障害後の精神症状改善剤として臨床使用されていることを勘案すればPEPAにもアニラセタムと同等かそれ以上の作用のあることが期待される。実際今回の水迷路試験における結果は我々の予測が正しかったことを示している。興味深いことに受動回避反応試験ではPEPAに効果を認めなかった。受動回避反応は水迷路試験に比べ扁桃体を中心とする情動反応の影響が大きいとされている。従ってPEPAの薬理効果はアニラセタムに比べより学習記憶に特異性が高い可能性も考えられる。この点において、脳スライスレベルでの解析結果は興味深い。昨年度までの結果からPEPAにはAMPA受容体の脱感作を抑制する作用のあることが判明している。今回の脳スライスレベルにおけるPEPA投与時のEPSCの増大はAMPA受容体を介したものに見出されNMDA受容体を介したものには見出されないことから脳スライスレベルで認めたEPSCの増大もやはりPEPAによる脱感作の抑制によるものであると考えられる。Dセリントランスポーターの機能を修飾する物質は、細胞外液中Dセリンのシグナルを増強することが考えられ運動失調治療薬として応用できる可能性がある。未だ遺伝子の同定には至っていないが今後も継続して発現クローニングを試みる予定である。またRAP PCR法を用いた研究でも特定の遺伝子の同定には至っていないが引き続きDセリンの代謝あるいは生理機能に関与する遺伝子群が見いだす努力を行う予定である。Dサイクロセリンのヒトにおける有効性については今後の臨床研究の蓄積を待ちたい。またGLT-1欠損マウスであるが同マウスにおいてグルタミン酸トランスポーター電位の消失をみられたことからグリア型グルタミン酸トランスポーターGLT-1が脳の主要なグルタミン酸取り込み分子であることが再確認された。
結論
グルタミン酸受容体コ・アゴニスト療法を確立するためAMPA型グルタミン酸受容体のコ・アゴニストであるPEPAの行動薬理学的、分子薬理学的解析を行うとともに、NMDA受容体の内在性コ・アゴニストの一つであるDセリンの代謝と生理機能を昨年に引き続き解析しDセリントランスポーター遺伝子などの遺伝子クローニングを試みた。その結果PEPAに関して、ラット中大脳動脈閉塞慢性モデルにおける学習障害がPEPAの投与により改善することを水迷路試験で見出し、またAMPA受容体に由来するEPSC(興奮性シナプス後電流)がPEPA投与により増強することを脳スライスを用いた電気生理学的解析から見出した。また、昨年度見出した成果に基づいてDサイクロセリンの臨床研究に向けた基盤整備を行うとともに、グルタミン酸トランスポーター電位の測定法開発に我々の作製したGLT-1欠損マウスが有用であることを示した。

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