精神分裂病の病因的異種性に関する研究

文献情報

文献番号
199900383A
報告書区分
総括
研究課題名
精神分裂病の病因的異種性に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小島 卓也(日本大学医学部精神神経科学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 倉知正佳(富山医科薬科大学医学部精神神経医学講座)
  • 有波忠雄(筑波大学基礎医学系遺伝医学部門)
  • 松島英介(東京医科歯科大学神経精神医学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
44,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
精神分裂病は素因(遺伝)、出産時障害、胎生期の感染その他の多因子によって引き起こされる疾病と考えられている。従って、いくつかの異種性が考えられ、精神分裂病という疾患を一くくりにして検討してもその解明は困難である。これらのなかでも特に問題になるのが素因(遺伝)であり、これを反映する生理学的指標の確立を目指す。次の段階として、客観的なこのマーカーを指標にした分子遺伝学的研究を行う。このような方法により分裂病の病因遺伝子を抽出し、分裂病の異質性を明らかにすることが目的である。
研究方法
すべての対象者に対して研究の内容を説明し、書面でのインフォームドコンセントを得た。
1. 精神分裂病の素因マーカーとしての探索眼球運動の検討(小島、松島)
1) 分裂病の多発家系について
第1度親族のうち、親および同胞に精神分裂病(一部、感情障害)の負因をもち、ICD-10により精神分裂病の基準を満たす患者50名(男28名、女22名)を対象とした。本人以外に第1度親族の中に患者が1人いる群が30名、2人いる群が13名、3人以上いる群が7名であった。方法は、横S字型図形を呈示し記銘課題および比較・照合課題をおこなった際の探索眼球運動をナック7型アイマーク・レコーダーを用いて記録し、分析した。
2) 家系内に分裂病患者がいる場合のうつ病患者について
分裂病患者26名、1度の親族内に分裂病の家族歴がある気分障害患者15名、気分障害の家族歴がある気分障害患者15名、精神疾患の家族歴がない気分障害患者24名、健常者26名を対象とした。探索眼球運動検査は、研究方法1の1)に示したような従来の方法に従った。
2. 精神分裂病の形態学的異質性に関する研究(倉知)
1) 精神分裂病患者の脳体積の変化
対象は服薬中の精神分裂病(ICD-10)患者34例と健常被検者31名であった。1.5TのMRIスキャナ(Magnetom Vision,Siemens)にて、3D-FLASH法を用い、全脳の三次元撮像(矢状断面、スライス厚=1mm)を行い、SPM96で解析した。
2) 分裂病患者の前部帯状回体積の検討
分裂病患者16例(男8、女8)と健常対照者32例(男19、女13)について、上記のMRI撮像を行い、1mmスライス冠状断で、前部帯状回の体積を測定した。
3. 分裂病の遺伝的異質性の研究(有波、小島)
1) 探索眼球運動を用いた全ゲノム連鎖解析
37家系の患者とその同胞および両親に対して、採血および探索眼球運動検査を施行した。探索眼球運動検査は、研究方法1の1)に示したような従来の方法に従った。DNAは末梢血白血球より抽出した。Research Genetics社のHuman Screening Setを用いて全染色体上に平均10cM間隔に存在する遺伝マーカーについて遺伝子型を決定した。そのデータを連鎖解析用の統計ソフトで処理し、探索眼球運動の連鎖領域の検討を行った。
2) 候補遺伝子解析
精神分裂病患者300人、及び、コントロール300人を用いた。対象者の末梢血白血球より抽出したDNAを解析に用いた。変異検索はSSCP法を用いた。多型の遺伝子型決定は、PCR-RFLP法を用いた。
結果と考察
結果
1. 精神分裂病の素因マーカーとしての探索眼球運動の検討(小島、松島)
1) 分裂病の多発家系における反応的探索スコアの検討
1度の親族内に分裂病患者が1人いる群、2人いる群、3人以上いる群の分裂病患者の反応的探索スコア(RSS)を調べたところ、3人以上いる群の分裂病患者のRSS(6.2±1.3)は1人いる群の分裂病患者のそれ(7.9±1.6)よりも有意に低値であった。
2) 1度の親族に分裂病がいる気分障害患者の反応的探索スコアの検討 分裂病の家族歴のある気分障害患者のRSS(7.7±1.5)は、家族歴のない気分障害患者(10.4±1.7)と気分障害の家族歴のある気分障害患者(10.5±0.9)健常者(10.6±1.9)に比べて有意に低く、分裂病患者(7.6±1.9)との間に有意差がなかった。
2. 精神分裂病の形態学的異質性に関する研究(倉知)
1) 精神分裂病患者の脳体積の変化
分裂病患者群では、中・下前頭回から上側頭回と辺縁系-傍辺縁系の脳灰白質体積、および両側の内包前脚から上後頭-前頭束にかけての白質体積が健常対照群に比べて有意に減少していた。
2) 分裂病患者の前部帯状回体積の検討
上記と同じ方式でMRI撮像を行い、1mmスライス冠状断で、前部帯状回の体積を関心領域法で測定した。その結果、分裂病の女性の患者群で、右の帯状回灰白質の体積(全脳比)が有意に小さかった。
3. 分裂病の遺伝的異質性の研究(有波、小島)
1) 探索眼球運動(反応的探索スコア)をマーカーにした分裂病の連鎖解析
反応的探索スコアに関して連鎖の可能性のある領域は、第2染色体2q12-q13領域(p=0.006)、第5染色体5q21-q31 (p=0.001)、第11染色体11q13-q14 (p=0.008)、第12染色体12q15-q21 (p=0.009)、第16染色体16q22-q23 (p=0.003)、第17染色体17q24-q25 (p=0.0002)、第22染色体22p11-q11 (p=0.002)であった。
2) ドーパミン受容体、NMDA受容体等の遺伝子多型と精神分裂病との関連研究
精神分裂病患者のDNAを対象にドーパミンD3受容体遺伝子変異検索を行い、-712G/C、-205A/G、Ala38Thrの新規多型を検出した。153人の分裂病患者および122人のコントロールによる症例・対象研究の結果、-712G/C、-205A/G、Ser9Gly多型から構成したハプロタイプは精神分裂病と関連していることが示された。さらにこの関連は追加の症例・対照研究によっても支持された。NMDA受容体2Bサブユニット遺伝子(GRIN2B)の変異解析を行い、-489G/A、15G/T、366C/G、1665C/T、2664C/T、4197T/C、4615C/T、5806A/C、5988T/Cの9カ所の多型を検出した。精神分裂病とはハプロタイプでの関連が示唆され、NMDA受容体2Bサブユニット遺伝子が分裂病の発症と関わっていることが示唆された。
考察
1. 精神分裂病の素因マーカーとしての探索眼球運動の検討(小島、松島)
1)分裂病の多発家系の患者について、2)家系に分裂病患者がいる場合のうつ病患者について、それぞれRSSを測定し対照と比較した。その結果家系に分裂病患者が多いほどRSSが低値であり、一度の親族に分裂病患者がいるうつ病患者のRSSが分裂病がいないうつ病患者のそれと比較して有意に低値を示した。これまで、健常者および精神分裂病の一卵性双生児の探索眼球運動の研究では、一卵性のペア同士のRSSの相関が0.8を越えており、精神分裂病の不一致群においても近似した値を示した。これらの結果と今回の研究結果を併せて考えるとRSSが分裂病の素因を強く反映することが明確になった。
2. 精神分裂病の形態学的異質性に関する研究(倉知)
分裂病患者群の脳灰白質体積は、左の前部帯状回と下前頭回、左右の中前頭回、上側頭回、鉤回と海馬、右の島回で、健常対照群に比べて有意に減少していた。患者群の白質では、両側の内包前脚から上後頭-前頭束にかけての体積が有意に減少していた。以上の分裂病患者の灰白質体積の結果は、従来の関心領域法による諸報告とほぼ一致するが、白質の変化は新しく見い出されたものである。
3. 分裂病の遺伝的異質性の研究(有波、小島)
これまでに欧米で行われてきた連鎖解析により、分裂病遺伝子は複数存在していることが示されている。本研究で行われた眼球運動を使った連鎖解析でもこの傾向は見られ、探索眼球運動のQTLは複数存在していることが示された。しかし、この研究期間で解析が終了したサンプルサイズは小さいため、連鎖が示唆された領域の中にはfalse positiveも存在している可能性があり、さらに家系を追加して連鎖を確認する必要がある。しかし、今回、連鎖がみられた5q、22q領域では分裂病との連鎖が報告されており、これらの領域は分裂病の連鎖領域である可能性が高いと考えられる。本研究はさらに家系を蓄積することにより、遺伝子同定のために有用な情報を提供するはずである
また、本研究によりドーパミンD3受容体遺伝子多型と分裂病との関連が示された。本研究により、D3受容体遺伝子多型の関連はハプロタイプでより明確であることが明らかになり、これは、一つの多型の機能ではなく、複数の多型の複合効果であるか、あるいは、未知の変異が分裂病と関わっていることを示している。
さらに、NMDAR2B遺伝子とは分裂病との関連が本研究により初めて明らかとなった。本研究では遺伝子構造を明らかにした上、変異検索を行った。その結果、分子多型はないが、弱いハプロタイプ関連が見られ、分裂病の発症にNMDAR2B遺伝子変異が関わっていることが初めて示唆された。
結論
結論
1) 分裂病の多発家系の患者(分裂病)および1度の親族に分裂病がいるうつ病の患者の反応的探索スコアが低値を示すことより、反応的探索スコアが分裂病の素因を強く反映することが分かった。
2) 脳の形態学的変化については分裂病患者では、中・下前頭回から上側頭回、および辺縁系-傍辺縁系の体積減少が認められた。
3) 探索眼球運動(反応的探索スコア)を指標とする連鎖解析により、分裂病感受性遺伝子の存在するゲノム上の候補領域が明らかとなった。候補遺伝子解析により、ドーパミンD3受容体遺伝子、NMDA受容体2Bサブユニット遺伝子と精神分裂病との関連が示唆された。

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