各種トリプレットリピート病に共通する治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199900381A
報告書区分
総括
研究課題名
各種トリプレットリピート病に共通する治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
辻 省次(新潟大学脳研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 祖父江元(名古屋大学医学部)
  • 貫名信行(理化学研究所脳科学総合研究センター)
  • 宮下俊之(国立小児病院小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、CAGリピート病に焦点を当てその治療法の開発を目指して、1.凝集体の形成機序とその緩和方法の開発、2. 核内凝集体の形成機序の解明とその緩和方法の開発、3.神経細胞に選択的な障害機構の解明と、神経細胞障害の緩和方法の開発、 4.ポリグルタミン病の病態機序解明のための動物モデルの作製、を目的として行った。
研究方法
DRPLAモデル動物の作製:歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症(dentatorubral-pallidoluysian atrophy;DRPLA)ゲノムDNA(CAGリピート数79)をES細胞に導入した後、C57BL/6Jの胚盤胞に導入しキメラマウスを得た後、C57BL/6Jとの交配によりトランスジェニックマウス3系統を作製した。SBMAモデル動物の作製:球脊髄性筋萎縮症(spinal and bulbar muscular atrophy;SBMA)モデル動物の作製するために、アンドロゲン受容体遺伝子プロモーター制御下に293リピートのCAGリピートを組み込み、4系統のトランスジェニックマウスを得た。変異アンドロゲン受容体による凝集体の形成とその抑制の研究:Neuro2a cell lineを用いて変異アンドロゲン受容体部分タンパク、熱ショックタンパク(HSP70、HSP40、HSDJ)を共発現させ、凝集体形成とその抑制効果について検討を行った。huntingtinタンパクによる細胞障害機構:マウスneuroblastoma cell lineであるNeuro2a細胞を用いて、CAGリピートの存在するhuntingtin遺伝子エクソン1(コードするポリグルタミン鎖の鎖長が16、60、150)を発現するシステムを構築し、ポリグルタミン鎖の発現により誘導されるアポトーシス、熱ショックタンパクの挙動について解析を行った。ポリグルタミンによって誘導される細胞死に関わるカスパーゼの研究:PC12、IGROV-1の培養細胞を用いて、伸長したポリグルタミン鎖を発現するstable transformantを作成し、凝集体の形成を解析した。HeLa細胞のポリグルタミンタンパクを発現させ、免疫沈降法により、ポリグルタミンタンパクに結合するタンパクを検索した。酵母two hybrid法を用いて、DRPLAタンパクに結合するタンパクについて検索を行った。
結果と考察
DRPLAモデル動物の作製:得られたトランスジェニックマウス(Q76マウス)は世代間でCAGリピートの不安定性を示し、male transmissionにおいて年齢依存性の伸長を、female transmissionにおいては年齢依存性の短縮を認めた。体細胞モザイクについても、小脳、心筋で体細胞モザイクの程度が軽いことが示された。不安定性の解析過程においてCAGリピートの著明伸長を来したマウス(Q129マウス)が見いだされ、失調、ミオクローヌス、てんかんなど若年発症型のDRPLA症例の臨床型ときわめて類似した表現型を示した。病理学的所見としては、著明な神経細胞内核内封入体の存在が示され、その分布はヒトのDRPLA剖検脳の病変分布と極めて類似していた。SBMAモデル動物の作製:4系統のトランスジェニックマウスが得られ、運動失調、体重減少を示し病理学的に広範に神経細胞の核内封入体が観察され、ポリグルタミン病の病態機序解明に有用であると考えられた。変異アンドロゲン受容体による凝集体の形成とその抑制の研究:神経細胞として、Neuro2a細胞を用いて伸長したポリグルタミンを有するアンドロゲン受容体部分タンパクを発現させ、各種分子シャペロン(Hsp70、Hsp40、Hsdj)を共発現させたところ、Hsp70/Hsp40群、Hsp70群において核内凝集体形成の抑制、アポトーシスの抑制を観察した。huntingtinタンパクによる細胞障害機構:マウスneuroblastoma cell lineであるN2a細胞を用いて、ポリグルタミン鎖の鎖長が16、60、150のハンチンチン部分蛋白の
発現系を構築し、150リピートのポリグルタミン鎖の凝集体の発現に伴ってアポトーシスが生じること、熱ショック蛋白(HDJ-1、HDJ-2、HSC70、HSP70)が凝集体と共存することを免疫沈降、免疫組織学的な観察により証明した。ポリグルタミンによって誘導される細胞死に関わるカスペースの研究:ポリグルタミン鎖の発現によって、カスパーゼ8、カスパーゼ10が活性化されること、伸長したポリグルタミン鎖によって形成される凝集体にカスパーゼ8、カスパーゼ10が取り込まれていることを免疫沈降法により証明した。また、酵母2 hybrid法により、DRPLA蛋白に結合する蛋白を検索し、インスリン受容体の1つであるIRSp53を同定した。本年度の研究の成果としては、DRPLA、SBMAのモデル動物系の作製が完成したことである。特に、DRPLAトランスジェニックマウスについては、1.ヒトDRPLA遺伝子の調節領域(プロモーター)を含めた全長の遺伝子が導入されている、2.導入遺伝子は単一コピーである、という特徴を有し、その結果、導入した遺伝子の発現分布が生理的な分布をよく反映し、さらに、発現量も内在性のマウスDRPLA遺伝子の発現レベルと同等であることから、ヒトのDRPLAにおける病態機序をよく反映するモデルと考えられる。このトランスジェニックマウスの解析から得られた知見としては、1.表現型の出現が3週齢から観察されるのに対して、神経細胞の核内封入体の出現は9週齢と、核内封入体は必ずしも病態機序のprimaryの原因ではないこと、2.神経細胞の減少、gliosisは観察されず、病態機序の主体は神経細胞の機能障害であって、細胞死ではないこと、である。これらの知見は、ポリグルタミンタンパク→凝集体形成→アポトーシス、というパラダイムを全面的に見直す必要があることを示している。トランスジェニックマウスのこれまでの解析から、神経細胞核の機能障害、特に転写障害が重要な役割を演じているものと考えられ、転写制御の異常を次年度以降詳細に解析する必要がある。SBMAトランスジェニックマウスについても、病変分布はSBMA症例に比較すると広範であるが、アンドロゲン受容体プロモーターを用いていることから、SBMAの病態機序をよく反映するモデルと考えられる。この研究で得られたDRPLAおよびSBMAトランスジェニックマウスは、病態機序の解析だけでなく、治療研究の上でも重要な役割を持つものである。凝集体形成機構については、変異huntingtin、変異アンドロゲン受容体の凝集体形成機構に関して詳細な解析が行われ、伸長したポリグルタミン鎖が凝集体を高率に形成し、神経系の細胞を含む培養細胞に対して強い毒性を示すことが確認された。さらに、HSP70、HSP40といった熱ショックタンパクが凝集体と共凝集すること、これらの熱ショックタンパクの共発現がアポトーシスを緩和することを見いだした。ポリグルタミンタンパクの凝集体形成、アポトーシスの誘導過程で、カスパーゼ8、カスパーゼ10の活性化が見いだされ、免疫沈降法により、カスパーゼ8、カスパーゼ10が凝集体と共凝集することも見いだされた。酵母two hybrid法により、ポリグルタミンタンパクに結合するタンパクの検索が行われ、DRPLAタンパクに結合するタンパクとしてインスリン受容体の1つであるIRSp53が同定された。このことはDRPLAタンパクがシグナル伝達に関与する可能性を示唆するものであり、DRPLAタンパクの生理的機能を明らかにしていく上で重要である。
結論
本年度は、ポリグルタミン病のモデルマウスとして、DRPLAトランスジェニックマウス、SBMAトランスジェニックマウスが作製された。これらは、ヒトのポリグルタミン病の病態機序をよく反映するモデルと考えられ、今後の病態機序の解明、治療法の開発の上で貴重なモデル動物となると期待される。培養細胞系を用いた研究では、凝集体形成過程に分子シャペロンの一つである熱ショックタンパク (HSP70、HSP40)が緩和作用のあること、カスパーゼ8、10が活性化され、共凝集していることを見いだした。

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