神経遺伝病の新しい治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199900379A
報告書区分
総括
研究課題名
神経遺伝病の新しい治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 義之(国際医療福祉大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大野耕策(鳥取大学医学部)
  • 衛藤義勝(東京慈恵会医科大学)
  • 松田潤一郎(国立感染症研究所)
  • 石井達(うすき生命科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
42,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在知られている11,000種ほどの遺伝病の多くは小児期に発生する重篤な神経疾患である。しかし一部の病気に対する食事療法をのぞけば、脳障害の決定的な予防法はない。遺伝性ライソゾーム病の一部に試みられている酵素補充療法や、基礎実験段階にある遺伝子治療法など、新しいアプローチも脳障害の治療や予防効果は確立していない。そこで酵素欠損による代謝異常が明らかにされた神経遺伝病、特に遺伝性ライソゾーム病を対象として新しい治療法を開発することを目的とした研究を行った。特に変異蛋白質の細胞内活性化のために、基質や反応産物に類似の構造を持つ低分子化合物をケミカルシャペロンとして用い、変異蛋白質の細胞内安定性を高め、活性発現の試みを行った。また新しい遺伝子治療実験も試みた。さらに神経系の病態の矯正により、残存酵素活性を少しでも高めるための方法を検索した。その目的のためにβ-ガラクトシドーシス(GM1-ガングリオシドーシス、B型モルキオ病)とファブリー病などの遺伝性ライソゾーム病を主要なターゲットとした試みを進めた。近年、小児期の病気の性質が変化し、慢性疾患特に遺伝性疾患の割合が飛躍的に増加している。その中核症状としての中枢神経系病変の予防治療への社会的要請が強い。現在のところ、この種の病気に対しては上記のような対症療法以外、医学的な対応は不可能であり、その成果は直ちに大きな医学的社会的なインパクトを与えるはずである。
研究方法
ヒト・ラット・マウスなどの個体から得られた生体試料を、それぞれの条件で採取・保存あるいは培養し分析に用いた。モデル動物は自然発生のクラッベ病マウスのほかに、標的遺伝子破壊によるβ-ガラクトシダーゼ欠損ノックアウトマウス、遺伝子導入によるβ-ガラクトシダーゼトランスジェニックマウス、α-ガラクトシダーゼトランスジェニックマウスなどを用いて、GM1-ガングリオシドーシス(β-ガラクトシダーゼ欠損症)、ファブリー病(α-ガラクトシダーゼ欠損症)の病態解析や治療実験の材料とした。β-ガラクトシダーゼ欠損ノックアウトマウスは、遺伝的背景を均一にするためのコンジェニック化を行った。そして幾つかのβ-ガラクトシダーゼ変異遺伝子導入により、ヒトβ-ガラクトシドーシスの病型モデルとなるマウス個体を作成した。β-ガラクトシダーゼノックアウトマウスは小脳プルキンエ細胞と顆粒細胞の初代培養も試みた。このマウスの線維芽細胞をSV40で不死化し、ヒトβ-ガラクトシドーシス各病型に特異的な変異遺伝子の導入により、特異的な病型モデル細胞株を作成した。自然発生または人為的点変異 を持つα-ガラクトシダーゼ遺伝子をバキュロウイルス・昆虫細胞系で大量発現し、精製してその性質を調べた。同時にCOS細胞系でも発現させ、1-デオキシガラクトノジリマイシン添加による活性発現を調べた。さらに類似誘導体16種のスクリーニングを行った。α-ガラクトシダーゼトランスジェニックマウスに1-デオキシガラクトノジリマイシンを経口投し、最適濃度、投与期間を検討した。α-ならびにβ-グルコシダーゼ変異に対する分子治療法の開発のために、グルコース誘導体をポンペ病(α-グルコシダーゼ欠損症)またはβ-グルコシダーゼ欠損症(ゴーシェ病)患者由来の線維芽細胞を用いて、細胞治療実験を行った。クラッベ病には遺伝子治療を目的としたアデノウイルスベクターを作成し、 モデルマウス個体への静脈投与、脳室内投与により酵素活性の変動を調べた。その培養線維芽細胞培養液にも遺伝子ベクターを添加し、活性発現量を測定した。
結果と考察
β-ガラクトシダーゼノックアウトマウスの遺伝的背景の均一化のために、最初の雑種系とC57BL/6との戻し交配を繰り返し行い、コンジェニック化に成功した。現在までにN11まで戻し交配を進めている。GM1-ガングリオシドーシス成人型変異(I51T)、幼児型変異(R201C)、モルキオ病型変異(W273L)をもつトランスジェニックマウス個体が得られた。脳、肝、腎で蛋白質が発現していた。酵素活性は肝、尾で軽度の活性上昇を認める系統があった。 ヒト
β-ガラクトシドーシス患者由来線維芽細胞の培養液に1-デオキシガラクトノジリマイシンまたはガラクトースを添加後、いずれの変異細胞株でも軽度ではあるが有意の活性上昇を認めた。GM1-ガングリオシドーシス変異遺伝子を導入したSV40不死化ノックアウトマウス細胞でも軽度の活性上昇を示した。3種のα-ガラクトシダーゼ欠損点変異発現酵素のKmとVmaxは正常であったが熱安定性は低く、特に中性の条件で著しく失活した。この熱不安定性は1-デオキシガラクトノジリマイシンの添加により回復した。その効果は阻害効果が強い分子種ほど顕著であった。16種のガラクトノジリマイシン誘導体はあまり効果を示さなかった。トランスジェニックマウスへの0.5mM濃度の化合物経口投与により2週間で恒常的な最大酵素活性が得られた。α-グルコシダーゼ欠損(ポンペ病)、β-グルコシダーゼ欠損(ゴーシェ病)に対しグルコシダーゼ活性阻害剤6種を試み、酵素活性を上昇させる薬剤を見出した。クラッベ病モデルマウスにアデノウイルスベクターを注入した。生後1日で静脈注射すると肝臓では著しい活性発現を示したが、脳では全く変化がなかった。われわれはニューロンやグリアなど、脳組織を構成する細胞あるいは細胞ネットワーク機能自体に直接の障が存在する神経遺伝病を対象とした治療法の開発を目指している。この目的には遺伝性ライソゾーム病がよいモデルシステムである。遺伝子発現機序、発現産物の細胞内輸送、ライソゾーム内での活性発現・分解などの分子メカニズムが比較的よく明らかにされ、しかも酸性という環境条件があるからである。本研究のメインテーマは新しい分子治療法(ケミカルシャペロン療法)である。変異遺伝子発現産物が本来の酵素触媒機能を持つにもかかわらず、細胞内輸送不全により活性が発現しない病態に対し、pHによる分子反応の変化を利用し、変異酵素活性を回復させる試みである。酵素活性中心に基質類似の構造物を反応させ、分子構造を維持し、ライソゾームに輸送し、酸性条件で解離した分子が安定に酵素としてはたらくことを期待する。α-ガラクトシダーゼ同様、β-ガラクトシダーゼも同じ試みが可能であることを示した。ただし別な化合物のスクリーニングが必要かもしれない。いわゆる遺伝子治療では脳組織への分子の到達という問題があり、今後いくつかのウイルスベクターを用いた実験を継続する。現在遺伝疾患の解析に不可欠な発生工学的手法による個体材料の作成は不可欠である。その意味で特に今回作成した変異遺伝子トランスジェニックマウスは重要である。任意の変異を持った個体を作成することがでる。我々の提唱するケミカルシャペロン療法はすべての変異体に適用できるわけではないが、現在全く治療法のないこの種の疾患患者の一部でも、経口投与により脳障害が予防できれば、その学問的意義、社会的意義の大きいことは強調するまでもない。
結論
本研究は遺伝性ライソゾーム病に対する新しい治療法の可能性を探り、新しい薬剤を開発することを目的とする。ファブリー病に始まったこのケミカルシャペロン療法は、理論的に他の類似疾患にも適用が可能である。実際β-ガラクトシダーゼに対する効果が確認でき、経口投与による脳障害の治療という視点が生まれた。さらにグルコースの類似化合物のスクリーニングにより、α-グルコシダーゼ、β-グルコシダーゼの欠損症にも応用できる可能性がある。この方法は同じ疾患の異なった変異を持つ患者すべてが対象となるわけではないが、変異特異的な化合物のスクリーニング、その有効性の確認により薬剤として開発されれば、全く新しい概念の治療法となるはずである。さらにシナプス形成、ミエリン形成、細胞死などの基本的な病的現象をモデル疾患の解析を通じて明らかにすることにより、別の視点も生まれ、新しい発達脳障害の治療や予防につながる可能性がある。

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