神経栄養因子の産生調節による神経細胞の保護・機能修復に関する研究

文献情報

文献番号
199900378A
報告書区分
総括
研究課題名
神経栄養因子の産生調節による神経細胞の保護・機能修復に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
古川 昭栄(岐阜薬科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 葛谷昌之(岐阜薬科大学)
  • 広田耕作(岐阜薬科大学)
  • 飯沼宗和(岐阜保健環境研究所)渡辺里仁(創価大学生命科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、小脳変性症など特定の脳神経細胞が死滅する疾病の多くは原因不明であり抜本的な治療法がない。これらの疾患は社会の高齢化に向かい急増が予想され、安価で、使いやすく、実効のある治療薬の開発が急務となっている。神経栄養因子を疾患モデル動物の脳に投与すると神経細胞の変性・脱落を抑制し、神経機能を修復・再建する作用を示すことから、これらの疾患治療薬として有望視されてきた。しかし神経栄養因子はタンパク質であり脳・血液関門を通過しないため現状では脳神経系治療薬としての応用は困難と考えられ、臨床治験にまで進んだ例はない。この問題を克服するため本研究は、神経栄養因子の産生を促進する低分子物質を末梢に投与し、選択的かつ効率よく脳へ移行させることによって神経栄養因子産生を促進し、脳での神経細胞死の抑制や神経機能修復を達成しようとするものである。産生誘導の標的とする神経栄養因子として、特に 作用スペクトルの広い脳由来神経栄養因子(BDNF)および比活性の高いグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)を選んだ。
研究方法
高感度酵素免疫測定法とRT-PCR法を用いてBDNFおよびGDNF産生を評価した。病態モデル動物としてマウスの線条体に6-OHDA を注入して黒質ドパミン神経細胞を破壊しパーキンソン病モデル動物した。またラットにストレプトゾトシン(STZ)を投与しインスリン依存性・型糖尿病モデルを作成した。4-メチルカテコール(4MC)誘導体として,1-benzoy1-4-methy1catecho1(I)を合成しこれを2-(2-methacry1oy1oxy)ethyl isocyanateとの反応によりビニル誘導体(II)とした。また親水性固体モノマーとしてガラクトースのビニル誘導体(III)を合成し,化合物(II )と無酸素条件下, 高速振動処理によりメカノケミカル固相重合した。 薬物の脳・血液関門透過性の改善だけでなくいったん脳・血液関門を通過した薬物の脳内滞留性を高める脳内移行補助基としてジヒドロピリジンを4MC分子に導入し,脳内移行後加水分解的に切断されることで脳内に滞留するようデザインし,化学合成を試みた。LXSNA8にgreen fluoreseine protein(GFP) の変異型(EGFP)またはBDNF-EGFP 遺伝子を挿入し複合タンパク質を作成した。
結果と考察
培養神経細胞を使ったin vitroスクリーニングにより12種類の活性低分子物質を見い出しておりこの実績を踏まえてさらに検討した。STZ投与で惹起される糖尿病モデルラットは脳の機能タンパク質の発現が低下しシナプスや神経細胞にも異常がある。そこで4MCを投与した結果,BDNF発現の低下が抑制され空間認知能力の低下が抑制された。すなわち糖尿病に付随する脳神経障害を予防できることが示唆された。脳・血液関門通過性の改善と薬効の持続性を高めるため物理化学的修飾を試みた。1-ベンゾイル4MCをガラクトースのビニル誘導体との間でメカノケミカル固相重合させた高分子プロドラッグは1
-ベンゾイル4MCを定量的に放出し,かつ,その含有量により薬物放出速度の制御が可能であることを示唆した。ラット腹腔に4MC (1mg/kg投与)を単回投与すると投与12時間後をピークとする海馬内NGFの上昇がみられるが,モル換算で1/10量の4MCを含む高分子プロドラッグを投与すると4MCに比肩するNGF産生誘導効果を示し24時間後でも高レベルNGFを示した。6-OHDAで片側線条体を障害したラットの腹腔にタクロリムス(FK506) (1.5 mg/kg)を投与すると線条体,大脳皮質で著しいGDNFの増加を観察した。6-OHDA投与の直後からタクロリムスを投与すると,メタアンフェタミンで生じる回転数が著明に低下した。以上の結果より,タクロリムスはGDNFの産生を促進して6-OHDAによるドパミン神経細胞の障害を抑制することが強く示唆され,GDNFは6-OHDAの毒性に対する抵抗性を神経細胞に付与すると推定された。シクロスポリンA (1.5 mg/kg)を1日1回連続10日間,腹腔内投与すると線条体,橋/延髄,梨状葉皮質におけるGDNFやBDNFレベルの増加が観察された。黒質ドパミン神経細胞は線条体で産生されたBDNF,GDNFを逆行性に取り込んで利用すると考えられておりこの結果はパーキンソン病治療の観点から注目される。同じ条件下で種々の脳内酵素(9種類)活性のうちモノアミン酸化酵素,アルカリフォスファターゼ活性が線条体に限定して増加あるいは低下していた。しかしその他の部位では変化なく脳の物質代謝系を変化させる可能性は低いと考えられた。神経栄養因子の遺伝子を脳で発現させる技術は将来の遺伝子治療につながる重要な課題である。そこで中枢神経系に親和性をもつレトロウイルス (A8 ウイルス) を複製欠損ウイルスベクターとして用い遺伝子が安定に発現する条件を検討した。,変異型緑色蛍光蛋白質 (EGFP) 遺伝子と BDNF 遺伝子との融合蛋白遺伝子を作成したが,EGFP の発現は減弱しかつ不安定であった。昨年度までにポリAシグナルの構造の関与があることを明らかにしたが、本年度は,不安定な発現を誘導する責任部位を更に絞り込んだ。
結論
4MCは,糖尿病モデルラットで観察される脳内BDNFの低下とそれに伴う脳神経機能障害を抑制した。4MCの誘導体,1-ベンゾイル4MCの高分子プロドラッグ化によって薬物を徐放化することに成功した。タクロリムス(FK506)は,6-OHDA投与パーキンソン病モデル動物の脳内GDNF産生を著明に亢進しドパミン神経細胞の変性を抑制した。シクロスポリンAは正常ラットの線条体,梨状葉皮質,橋/延髄のGDNFレベルと線状体のBDNFレベルを有意に高めた。植物成分中にも有望な新規活性物質を見い出した。

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