慢性期の中枢神経系外傷に関する研究

文献情報

文献番号
199900374A
報告書区分
総括
研究課題名
慢性期の中枢神経系外傷に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山田 和雄(名古屋市立大学医学部脳神経外科学)
研究分担者(所属機関)
  • 加藤泰治(名古屋市立大学医学部分子医学研究所生体制御部門)
  • 島田昌一(名古屋市立大学医学部第2解剖学)
  • 甲村英二(大阪大学大学院医学系研究科神経機能制御外科学)
  • 西野仁雄(名古屋市立大学第2生理学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
66,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
重症頭部外傷患者の中に、運動機能障害がほとんど回復したにもかかわらず、知能、記憶などの高次精神機能障害が残存し、社会に復帰できない人々が存在する。これら患者の多くは青壮年であり、受傷者に対する福祉厚生行政を考える上で今後解決すべき大問題である。本研究1年目にはこれら患者の実態調査を行ったが、本年度はこれらの解析を行い、「頭部外傷後の高次脳機能障害者の実態調査報告書」としてまとめた。次に、び漫性脳損傷患者の画像診断上の特徴をMRIとPETで明らかにし、本疾患の正しい診断と病態把握を行うことを目的とした。このような「び慢性脳損傷」では広範な神経回路網の断裂に起因するところが大きいので、神経回路網の修復と再形成を目指した新たな治療戦略が必要である。そこで、ヒトに類似の動物モデルを作成し、発症病態を分子レベルで解析した。
研究方法
・び慢性脳損傷患者の実態調査:調査は名古屋市総合リハビリテーションセンターに業務委託し、名古屋、神奈川、札幌、大阪などの患者友の会を中心に、患者あるいは家族に高次脳機能に関する患者の現状を回答してもらった。その結果378人(回収率70%)から回答を得た。これをもとに実態調査報告書を作成した。・び漫性脳損傷患者の高次脳機能障害:病歴、画像所見などから本病態が疑われる患者について、局所脳血流量(rCBF)と局所酸素消費率(CMR2)をポジトロンCT(PET)で測定した。またこれら患者に高次脳機能検査も同時に行い、PET所見の結果と対比検討した。・彌慢性脳損傷モデルにおけるニューロンやグリアのストレス応答について:ラットにMarmarouのモデルに準じた、び慢性軸索損傷を加え、経時的に脳切片を作成し、ストレス遺伝子mRNAのin situ hybridizationに供した。・Aquaporin 4 mRNAと蛋白の発現:脳に特異的に発現する水チャンネルトランスポータaquaporin 4 が本モデルで発現するか否かをin situ hybridization法で検討した。また坑aquaporin 4抗体を用いて、蛋白の発現を検討した。・組織学的解析:(1) TUNEL染色によるアポトーシスの検出:本モデルで神経細胞やグリアにアポトーシスをもたらすような細胞死が出現するか否かを、損傷48時間後にTUNEL法で検出した。(2)APP前駆体蛋白の免疫染色:APP前駆体蛋白は細胞体で作られ、軸索輸送される。この軸索流に障害があると、軸索内でAPP前駆体蛋白の貯溜が起こり、免疫染色で観察可能となる。そこでび漫性脳損傷時にみられる軸索流の障害を本法で解析した。(3)Argyrophil III鍍銀染色法による軸索損傷ニューロンの解析:Argyrophil III法はGallyasら(Acta Neuropathol 1990, 1992)された鍍銀法で、軸索や樹状突起が障害されたニューロンを鋭敏に捉える方法として注目されている。そこで本モデルにおいて軸索や樹状突起の障害がどの程度の範囲に及んでいるかを検討した。・局所脳損傷モデルと彌慢性軸索損傷との対比:上記の検討項目について、彌慢性脳損傷と局所性脳損傷、凍結性脳損傷とを対比検討し、彌慢性脳損傷モデルの特徴を明らかにした。
結果と考察
・頭部外傷後高次脳機能障害者の実態調査:本アンケートの回答総数378人のうち男73.2%、女26.8%で、受傷原因は交通事故が73.2%と圧倒的多数を占めた。意識障害の期間が1カ月以上の人は全体の43.2%を占めた。現在、障害者手帳を持つ者が66.4%を占め、身障者手帳1級保持者が33.6%、2級保持者が23.5%であった。しかし現在障害基礎年金、障害共済年金を保持する者は41.5%労災年金保持者が7.1%、損害保険保持
者が8.5%のみであった。またこれらの保障を全く受給していない人が45.4%の存在し、今後問題となろうと思われた。本病態の特徴である高次機能障害については、記憶は判断などで困っていると答えた人が80%にのぼり、一旦復職したが止めた人が18.3%、元の仕事に戻れなかった人が52.2%を占めた。最後に患者が現座最も望んでいることは高次機能障害の認定50.5%、リハビリ施設等の充実33.6%、研究の充実32.2%などであった。・び漫性脳損傷患者の脳循環代謝:び漫性脳損傷患者の受傷後早期には、MRIで脳梁や脳幹に局所性損傷がみられることがある以外には、比較的所見に乏しい。本調査でも大脳の損傷は軽微であり、このことが診断を困難にしている原因の1つと思われた。これらの患者もその後の経過をMRIで追跡すると、徐々に大脳皮質の萎縮がみられるようになるが、これらの所見が顕著になるのは受傷後数年を経た後であり、早期の診断には結びつかない。そこでより早期にび漫性軸索損傷を診断するためにPETによる脳血流代謝の検査を導入した。その結果PETでの脳血流障害パターンは前頭葉障害型と小脳・脳幹障害型の2つに大別できた。この脳循環代謝障害と高次脳機能障害を対比検討してみると、WAIS-Rは前頭葉型よりも小脳・脳幹型の方がむしろ悪く、これは小脳・脳幹型に特有の運動失調によるものと思われた。一方注意力に関するPASATは前頭葉型の方が低値を示した。短時記憶は前頭葉型、小脳・脳幹型ともに低値を示した。・び慢性脳損傷モデルにおけるニューロンやグリアのストレス応答:c-fosは受傷後1時間で両側大脳皮質に広範なmRNAの発現亢進を認めた。この発現は3時間後までみられたが、6時間後以降は発現亢進を認めなかった。このことから、軸索損傷が主体である本病態においても、神経細胞体はストレス応答をしていることが明らかとなった。もう1つのimmediate early geneであるc-jun mRNAの発現はc-fosほど強くはなく、海馬歯状回、脳幹の一部で軽度に発現の亢進がみられるのみであった。これに対しhsp70 mRNAは損傷後1時間から24時間までのいずれの時間においても、明らかな発現亢進を認めなかった。このことは虚血などhsp70 mRNAが著しく亢進する病態と、本モデルとは明らかに発症機構が異なることを示している。び漫性軸索損傷では細胞体のストレス応答が二次的なものであるのに対し、虚血に対する細胞応答は細胞体自体の一次的損傷によることが示された。・Aquaporin 4 mRNAと蛋白の発現:aquaporin 4は脳内水チャンネルの主要構成成分であるが、正常ラットでも大脳皮質、海馬などのアストロサイトに定常的に出現している。彌慢性軸索損傷ラットでは新たな発現亢進はほとんどみられなかった。これは後述する凍結脳損傷モデルとは好対照をなしていた。・組織学的解析:(1)TUNEL染色によるアポトーシスの検出:彌慢性軸索損傷においてはTUNEL陽性細胞は全く出現しなかった。このことは軽度脳虚血後48時間で海馬にTUNEL陽性細胞が出現することとは好対照をなしており、彌慢性軸索損傷において一次的に損傷を受けるのは軸索であり、細胞体ではないことを示す証拠の1つと思われる。(2)APP前駆体蛋白の免疫染色:受傷後1時間後から脳幹腹側部の神経細胞でAPP前駆体蛋白の陽性所見が出現した。この所見は中脳の前交連で最も良く観察され、肥大した神経細胞体と軸索が染色された。このことからAPP前駆体蛋白の軸索流障害は受傷後早期に出現し、その後12-24時間で消失することが示された。(3)Argyrophil III鍍銀染色法にる損傷ニューロンの解析:鍍銀法による観察では損傷30日後にも中脳腹側の前交連に鍍銀陽性細胞が認められた。これらの鍍銀陽性線維はコルクの栓抜き状にらせん型のうねりを示し、軸索流の障害あるいはretraction ball状の形態を示しており、またこの形態が損傷30日後にも持続することから、軸索損傷が長期に及ぶことが示された。・局所脳損傷モデルと彌慢性軸索損傷モデルとの対比:局所脳損傷モデルとして力学的外傷と凍結脳損傷モデル用い、彌慢性脳損傷モデルを対比検討した。その結果、ストレス遺伝子の発現、熱ショック蛋白遺伝子の発
現、p21遺伝子の発現、アクアポリン4型遺伝子の発現などいずれの項目においても、彌慢性脳損傷モデルでの発現は軽微であり、局所脳損傷モデルの方が強い遺伝子発現を示した。・動物実験のまとめ:動物実験では軸索損傷は主に中脳腹側部に集中しており、前頭葉には鍍銀陽性線維はほとんど見られなかった。したがって本研究に用いた動物モデルは、彌慢性脳損傷の中でも、脳幹―小脳損傷型に近いモデルということができる。本年度の分担研究報告で、passive avoidance testは障害されないこと、一方rotarod testは障害されることが明らかになった。このことは、passive avoidance testで代表される大脳機能は障害されず、rotarod testで代表される脳幹―小脳機能は障害されることを示すものである。またBDNFの脳室内持続投与による治療実験でも、自発行動が著しく低下していた動物がBDNF投与により、活動性が有意に増加することが示されており、本モデルが彌慢性軸索損傷による行動量の低下を研究するのに良いモデルであることが示された。
結論
2年間の研究期間でび慢性脳損傷、とくにび慢性軸索損傷の臨床病態、高次脳機能障害、患者の置かれている現状把握を行った。また治療法開発のため、動物実験モデルを開発し、多方面から病態研究を行った。本研究結果が患者の社会復帰をめざした今後の臨床ならびに基礎研究につながることが期待される。

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