心身症と神経症におけるヒスタミン神経系の異常に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900373A
報告書区分
総括
研究課題名
心身症と神経症におけるヒスタミン神経系の異常に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
福土 審(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 谷内一彦(東北大学大学院医学系研究科)
  • 伊藤正敏(東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター)
  • 本郷道夫(東北大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
21世紀の先進国においては、心身症・神経症を代表とするストレス関連疾患が国民の健康と経済に重大な影響を及ぼすと考えられる。その克服に向けての取り組みは、わが国の厚生行政上重要である。ストレス関連疾患の病態の中核をなす脳内神経伝達には不明な点が多い。われわれは、ストレスにより脳の特定部位でヒスタミンを中心とする神経伝達物質が放出され、局所脳活動を賦活化する、そして、ストレス関連疾患(過敏性腸症候群、摂食障害、うつ病、更年期障害)、さらには動脈硬化症、悪性腫瘍に関連する特定の行動パタ-ン(高敵意タイプA行動、抑うつ親和性行動)において特定の局所脳が賦活化されるパタ-ンがある、と仮説づけた。本研究の主目的は、この仮説をpositron emission tomography (PET)をはじめとする脳機能画像によって検証することである。更に、動物実験によりストレスにおけるヒスタミンその他の物質の役割を明確にする。平成11年度は、仮説検証のための方法の確立と健常状態における中枢ヒスタミン神経系機能に主眼を置いて検討した。
研究方法
1) IBSの病態と脳腸相関におけるヒスタミン神経系(福土):過敏性腸症候群 (irritable bowel syndrome: IBS) の中心病態と考えられる脳腸相関の客観的評価法を、心理ストレス負荷時の脳波及び消化管運動測定、消化管刺激下の大脳誘発電位とPETによる脳画像を得る方法を開発し、確立した。また、IBSのストレス下の脳内の分子変化の基礎を解明するため、ストレス蛋白mRNAの心理身体ストレスによる発現を指標とする動物実験を行った。2) ノックアウトマウスからヒトPETによるヒスタミン神経系(谷内):神経性食欲不振症のラットモデルの作成と評価、ヒスタミンH1受容体ノックアウトマウスを用いた痛みと痙攣におけるH1受容体の役割、ガス相法による新しい[11C]ヨウ化メチル合成の確立と受容体測定法への応用(特にリガンド賦活法)、PETを用いたアルツハイマー病におけるH1受容体量の変化、PETを用いた抗ヒスタミン薬による眠気と認知機能発生メカニズム、情動を測定するための新しいタスクの開発と評価を行った。3) 更年期障害患者のPETによる局所脳血流(伊藤):PETを用いて更年期障害患者の脳機能の変化を描出した。東北大学更年期外来患者の中等度から重度の更年期障害患者を対象とし、健常者対照と比較した。PETで測定した脳血流画像を統計画像処理ソフトウエアStatistical Parametric Mapping 96を用いてTalairachの標準脳に形態的に合致させた後、画素毎のt-検定により有意な変化部位を抽出した。4) 抑うつとインスリン抵抗性(本郷):糖尿病を伴わず、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders - IVによりうつ病性障害と診断された内科領域のうつ状態患者を対象とし、うつ状態の治療前後でミニマルモデル解析を行った。ミニマルモデル解析は経静脈糖負荷試験開始後20分に速効型インスリン1単位を加えるBergman変法に依った。抑うつの程度は構造化面接によるハミルトン抑うつ尺度を用いて評価した。(倫理面での配慮)以上の検討は、ヘルシンキ宣言に基づき、東北大学倫理委員会、PET課題採択委員会等で承認され、十分な説明と文書によるインフォームド・コンセントを被験者から得て施行された。また、動物実験についても、本学動物実験施設倫理規定を遵守して行った。
結果と考察
1) IBSの病態と脳腸相関におけるヒスタミン神経系(福土):IBSに心理ストレスとcholinesterase阻害薬neostigmineを投与し、高率な軽微脳波異常、betaパワー増大、大腸運動係数増加を認めた。次
に、IBS近縁疾患のfunctional dyspepsia患者の食道に通電し、大脳誘発電位を導出し、dyspepsia患者の後期成分短潜時と悪心発現を認めた。健常者の直腸に通電し、陰性N1、陽性P1、陰性N2の順に出現する三相波の特徴的大脳誘発電位を記録した。大脳誘発電位波形と平行し、電流強度依存的に腹痛と不安感が誘発された。大腸伸展刺激時の脳血流の変化をPETで測定し、前帯状回、前頭前野、視床で脳血流増加が認められた。これらの脳血流増加は、内臓知覚に平行し、選択的ヒスタミン-H1受容体拮抗薬d-chlorpheniramine投与により抑制された。大腸伸展刺激時の選択的H1受容体リガンド11C-doxepin-H1受容体結合阻害脳部位は前帯状回、前頭前野、海馬、頭頂連合野であり、その変化は内臓知覚に有意に相関した。ラット脳内におけるストレス下のストレス蛋白の遺伝子発現は海馬と視床下部で顕著に見られた。IBSのストレス下の脳腸機能異常を認めた。大腸伸展刺激により視床と辺縁系で脳血流量が増加し、特に辺縁系では内因性ヒスタミンが遊離するが、このようなストレス下では脳内で分子変化が生じていると考えられる。消化管に対応する脳機能moduleとそれに関連する物質を明らかにするこれらの方法により、IBSの脳腸相関の病態が客観的に評価できると考えられる。2) ノックアウトマウスからヒトPETによるヒスタミン神経系(谷内):食餌制限下にラットを回転ケージ内に拘束し、次第に回転運動亢進、体重減少を認め、神経性食欲不振症のダイエット・ハイと呼ばれる状況に近いモデルを作成した。この時、脳内ヒスタミン含量は増加し、H1、H3受容体量は低下した。H3受容体拮抗薬を投与すると回転運動の増加が有意に抑制された。次に、ノックアウトマウスを用いて神経性食欲不振症モデル作成を試みた結果、2時間のみの食餌時間ではほとんどのマウスが死亡した。痛みの受容とキンドリング形成におけるH1受容体の役割は、4種類の刺激すべてにおいて、H1受容体ノックアウトマウスの痛み反応は野生型に比較して低下し、痙攣を起こしやすかった。ガス相法のヨウ化メチル合成法を用いて[11C]ドキセピンを合成し、3次元PETと1日2回のC-11標識合成法により神経伝達物質遊離測定(リガンド賦活法)を現在開発中である。また、H1受容体がアルツハイマー病患者や正常老人の認知機能低下に関係していること、ならびに、H1受容体拮抗薬による眠気や認知機能障害発生時において脳血流が増加する部位と減少する部位がモザイク状に点在することが示唆された。3) 更年期障害患者のPETによる局所脳血流(伊藤):更年期障害患者における脳機能画像より、内側下前頭前野が更年期患者のホルモンが関係したうつ症状の発現に重要な役割を果たしていると考えられる。4) 抑うつとインスリン抵抗性(本郷):多くのうつ状態患者はインスリン抵抗性を示した。これは抑うつ症候が寛解すると比較的短期間(約80日間)で上昇した。うつ状態においては、視床下部-下垂体-副腎皮質系の機能昂進が関与していると考えられる。中枢ヒスタミン神経系はcorticotropin-releasing hormone (CRH) 放出作用を有する。CRHはストレス反応のcommon mediatorであり、視床下部-下垂体-副腎皮質系のみならず、消化管運動、消化管知覚、摂食、情動に大きく影響することが近年明らかにされた。本研究課題にて病態追及中のストレス関連疾患、すなわち、IBS、神経性食欲不振症、うつ状態、これら全てにおいてCRHが病態の中心として関与するevidenceが集積しつつある。中枢ヒスタミンがCRHを駆動し、その上位に位置する神経伝達物質であることより、ストレス関連疾患におけるヒスタミンの役割は、これまで想定されていたものよりも遥かに大きいことを今後明らかにし得ると予想する。
結論
平成11年度厚生科学研究費により、以下の成果を得た。1) ヒトにおけるPETによる新しい脳内神経伝達評価法がヒスタミン神経系を中心として開発された。2) 消化管へのストレスにより視床と辺縁系で脳血流量が増加し、特に辺縁系で内因性ヒスタミンが遊離し、大脳誘発電位が変化することが明らかになった。3) ノックアウトマウスとストレスのモデルラ
ットにより、疼痛・痙攣・摂食の神経伝達におけるヒスタミンH1受容体の役割が明らかになった。
4) 更年期障害における脳機能画像より、内側下前頭前野における局所脳血流減少が描出された。5) うつ状態におけるインスリン抵抗性の存在が示された。以上の成果に基づき、ヒスタミン神経系を中心とするストレス関連疾患の病態を明らかにする研究をさらに推進することは、深刻度を増しつつあるストレス関連疾患の克服、ひいては国民の福利厚生に繋がるものである。

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