13C-MRSを用いた痴呆性疾患に対する新しい診断技術と治療薬の開発に関する基礎的研究(総括)研究報告書

文献情報

文献番号
199900371A
報告書区分
総括
研究課題名
13C-MRSを用いた痴呆性疾患に対する新しい診断技術と治療薬の開発に関する基礎的研究(総括)研究報告書
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
大槻 泰介(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究分担者(所属機関)
  • 金松知幸(創価大学生命科学研究所)
  • 松田博史(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 湯浅龍彦(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 梶原正宏(明治薬科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、NEDOプロジェクトで開発された13C-MRS装置を用い、これまで不可能であったヒトの脳代謝過程をIn vivoに解析し、痴呆症疾患に対する13C-MRSを用いた新しい診断技術と治療法の開発に結びつけることを目的としている。本研究で得られる知見は極めて新しく、ヒトの脳における神経伝達物質の合成・代謝過程を明らかにする上で、きわめて重要な成果をもたらすと考えられ、また、この検査の非侵襲性と簡便性から、痴呆症の早期診断と早期治療を行う上で、今後広く普及する検査となる可能性が予想される。
初年度は、研究の見通しを得るために、特に若年正常ボランティアでの脳代謝計測と疾
患患者のパイロットスタディを実施して、13Cグルコース代謝における基礎データを収集し、得られる代謝速度の基礎検討を行うことを目的とした。また、動物モデルを用いた脳代謝計測・評価も重要と考え、サルを用いて脳代謝計測に関する基礎検討を実施した。
研究方法
人および動物に対し1位標識13Cグルコースを投与後、頭部より13Cスペクトルデータを取得し、得られたデータからTCA回路速度(Vtca)あるいはグルコース代謝率(CMRglc)を求める。(1)人ボランティア試験、正常ボランティア(20代)および脳片側に病変をもつ患者で、耐糖異常症などの合併症を有さない者を対象とした。試験前日までに、全身状態の検査として、問診/一般血液生化学検査/尿糖/空腹時血糖値/耐糖能検査(GTT)/血圧測定/心電図、高次脳機能検査として、WAIS-R/WMS-R/Mini-mental Test等を実施し、最終的に正常ボランティア11例、患者3例を選定した。<システム>ヒト用13C-MRS装置は、東芝製2T 13Cスペクトロスコピー研究用装置にNEDOプロジェクトで開発されたパルスシーケンス、高周波コイル、傾斜磁場コイルおよび電源、システムコントローラを組み込んだものである。パルスシーケンスとして組み込まれているマルチスライスHSQC法は、高感度/良好な化合物の分離/同時複数個所からのデータ収集を可能にしている。高周波コイルは、複数の表面コイルを関心領域周辺に配置するマルチ表面コイル方式を用い、関心領域から高感度に信号を検出できるようにした。傾斜磁場コイルに関しては、強力かつ時間幅の狭い傾斜磁場パルスを発生できるようにしたことでパルスシーケンスの更なる高感度化に役立っている。今回関心領域を後頭部としたため、マルチスライスHSQC法では、左右の後頭部2個所(64ml or 48ml)を計測領域として設定し、左右一組の13Cスペクトルデータを5分で収集できるように調整した。また表面コイルとしては、後頭部支持用のヘッドレストに矩形表面コイル(110mm*130mm)を3個配置した。頭部不動化のため後頭部および頚部にマットを置き、さらに額をカバーで固定した。<試験>被験者には、前夜9時までに食事を済ませ、当日は糖分を含まない飲み物を除き飲食を控えてもらった。試験では、まず被験者に耳栓をしてもらった後装置に入ってもらい、磁場均一性調整などのシステム調整とMRI撮像を行った。その後、右手上腕静脈に採血ラインを確保し、1位標識13Cグルコースを体重1kgあたり0.75g(水および炭酸水にて30%溶液に調整)を服用してもらった。約5分後、仰臥姿勢で装置に入ってもらい、安静閉眼状態で2-3時間にわたり13Cスペクトルデータ収集を行った。採血は、服用後30分までは5分おき、30-60分の間は15分おき、さらに60-180分の間は30分おきで行い、グルコース濃度、13Cグルコース比(13C-Glc F.E.)、インシュリン値等を計測した。また、服用した13Cの排出を評価するため、服用前と服用後1日、3日、7日、14日に呼気を採取し、呼気中13CO2量の分析を行った。<データ処理>3個の表面コイルから得られた13Cスペクトルは重み付け加算処理し、最終的に2個所の13Cスペクトルの時系列データを得た。得られたスペクトルすべてから、グルタミン酸の4位と3位、グルタミンの4位の13Cの信号値をデータ処理(カーブフィッティング)により算出する一方、血中13CグルコースのF.E.からそれぞれの13C F.E.の最大値を決定し、最終的に各13C化合物のF.E.の時系列データを得た。次に、上記時系列データと血中グルコース量および血中13CグルコースF.E.のデータを“1位標識13Cグルコースの代謝モデル"に代入し、TCA回路の代謝速度を算出した。代謝モデルはMasonらの方法(J. Cereb. Blood Flow Metab., 15:12-25, 1995)に基づいている。まず、グルコースの13Cがグルタミン酸やグルタミンに取り込まれていくまでの過程を、比較的脳内に高濃度に存在するグルコース、乳酸(ピルビン酸含む)、グルタミン酸、グルタミン、アスパラギン酸の各コンパ-トメントに分けて、各コンパートメント間の13Cのやり取りを微分方程式で表す。血中グルコース量やグルコースの13C F.E.を入力として上記微分方程式をとき、グルタミン酸の
4位や3位、グルタミンの4位の13C F.E.の時間変化を計算する。計測値との差を求め、これが最小になるように方程式中のパラメータである“TCA回転速度"の値を調整する(シンプレックス法)。最終的に計測値と計算値が合うように調整された時のTCA回転速度が求めたい値となる。上記方程式中で用いる脳内グルタミン酸やグルタミン濃度、乳酸濃度やその脳と血液間の交換速度などは
現段階で計測できないため文献値を用いた。(2)サルを用いた脳代謝計測、システムは同じ装置を用いている。サル軽麻酔下に体重1kgあたり1g量の1位13Cグルコースを静脈あるいは経口投与した後、うつ伏せ姿勢で固定し、頭部に設置した高周波コイルを用いてHSQC法により13Cスペクトルデータを収集した。
結果と考察
研究まずデータ処理法について、サル頭部13C-MRS実験で得られたデータをもとにその妥当性を検証した結果を示す。次に、正常ボランティアでの計測結果、さらに患者後頭部の健側と患側から得られたデータを示す。(1)サル実験データを用いたデータ処理法の評価、採血サンプルから得られた血中グルコースやその13C F.E.データと、13Cスペクトルデータを用いて、上述のデータ処理法に当てはめてTCA代謝速度(Vtca)およびグルコース代謝率(CMRglc)を算出した。その結果、Vtca=0.56±0.058 (μmol/g/分)、CMRglc=0.33±0.017 (μmol/g/分)となり、後者についてはPETで得られている値0.3~0.4に近い値となった。(2)正常ボランティアの脳代謝、算出された健常人のTCA代謝速度は平均0.43(SD:0.11)μmol/g/分で、これから推定されるグルコース代謝率は0.26 μmol/g/分であり、PETで得られている値とほぼ同等の値であった。(3)患者ボランティアの脳代謝、患者は、てんかん(萎縮病変)2例と血腫1例であった。てんかん1例目では健側で0.6μmol/g/分/患側で0.91μmol/g/分、2例目で健側で0.41μmol/g/分/患側で0.43μmol/g/分、血腫患者では健側で0.91μmol/g/分/患側で0.51μmol/g/分となり、少なくとも病変部でTCA回路の代謝速度の低下は検出されなかった。なお、呼気中の13CO2の割合は7日でほぼ正常値となり、服用した13Cはほぼ1週間で体外に排出されるといえる。若年正常ボランティアでの計測結果は、PETによる計測値と比べると若干低めではあるが、ほぼ妥当な代謝速度が算出できたといえる。特に、13Cグルコースの経口投与で計測が可能であることを示したのは、臨床適用上意義深い。但し、TCA代謝速度がやや低めであることやそのバラツキについては、スペクトルのS/Nやグルタミン酸濃度や13C分画算出法等に大きく依存するため、今後これらのより確度の高い算出法を検討していく必要がある。それによ、ニューロンとグリアの間のグルタミン酸―グルタミンサイクルの代謝速度のような、より脳機能に直結した代謝パラメータを算出することが可能となる。一方てんかん患者データでは、患側で代謝の低下を示すよりも健側と同等かむしろ代謝亢進を示すデータが得られた。その機序については、上記のような計測精度の検討を進める一方、PETや1H-MRSなどのデータも取りながらさらに症例を重ね検討していく必要である。
結論
13C-MRS装置を用いることにより、1位標識13Cグルコースを経口投与してTCA回路の代謝速度などの脳代謝に関する重要な知見を得られることを確認した。今後、正常ボランティアについてさらに高齢者の基礎データ収集を進めるとともに、患者へも適用しその有用性を確立していく必要がある。

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