新規遺伝子(Ca-dependent mitochondrial solute carrier)の機能解析と疾患発症の分子機構の解明ならびに遺伝子診断と治療法の開発

文献情報

文献番号
199900370A
報告書区分
総括
研究課題名
新規遺伝子(Ca-dependent mitochondrial solute carrier)の機能解析と疾患発症の分子機構の解明ならびに遺伝子診断と治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
佐伯 武頼(鹿児島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 小林圭子(鹿児島大学医学部)
  • 飯島幹雄(鹿児島大学医学部)
  • Stephen W. Scherer(University of Toronto、Canada)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
尿素サイクル酵素の1つであるargininosuccinate synthetase (ASS) の異常は、シトルリン血症を引き起こす。ASS遺伝子の異常により全身性のASS欠損を示す古典型シトルリン血症(CTLN1)とは異なり、肝臓特異的なASS蛋白の低下に基づく成人発症II型シトルリン血症(CTLN2)では、ASS遺伝子の異常は認められず、長年真の原因は不明であった。最近、homozygosity mappingとpositional cloningの手法を用いて、CTLN2の責任遺伝子として新規遺伝子SLC25A13を同定し、Ca-dependent mitochondrial solute carrierと考えられるその遺伝子産物をcitrinと命名した(Kobayashi et al. Nature Genetics 22:159-163, 1999)。本研究の目的は、(1) citrinならびにその類似蛋白であるaralarの構造ならびに機能や生理的役割を解明する、(2) それらの異常により生じる疾患発症の分子機構を明らかにする、(3) 迅速で確実な診断法を確立する、(4) 有効な治療法かつ予防法の開発を目指すものである。CTLN2は本邦で発症者数の多い予後不良の難病であるため、その成果は医学水準の向上をもたらし、社会に貢献するところ大である。
研究方法
国内外の医療機関から依頼を受け、高アンモニア血症の酵素学的診断のために、5つの尿素サイクル酵素活性を測定した。CTLN2で同定したSLC25A13遺伝子上の5種類の変異に対する遺伝子診断は、KobayashiらがNature Geneticsに報告したPCR/制限酵素切断の方法に従った。未知(新規)変異の解析は、RT-PCRおよびゲノムDNA-PCRにより増幅したcDNAやDNA断片の塩基配列決定により行なった。患者とその家族および健常者における遺伝子解析や遺伝子診断では、インフォームドコンセントを得た後、主に血液細胞から抽出したDNAを用いた。バクテリアの蛋白発現系(pET-system)を用いて、citrinおよびaralarのリコンビナント蛋白を大量に発現合成後、単離精製した蛋白をウサギに免疫し、抗体を作成した。組織分布では、Northern blot解析によりmRNAを、また上記抗体を用いたWestern blot解析により蛋白を検出した。細胞内局在性は、グリーン蛍光蛋白質(GFP)を発現するベクターにcitrin(full, N-half, C-half)cDNAを挿入して構築した発現プラスミドを各種培養細胞株に導入した後、発現する融合蛋白を共焦点レーザー蛍光顕微鏡を用いて観察した。マウスあるいはラットの肝臓を用いて、細胞の種類別分離あるいは細胞内オルガネラ分画を行ない、Western blot解析により、その局在を検討した。上記pET-systemを用いて合成したN-half citrin(1-284 aa, 35 kDa)、C-half citrin(284-675 aa, 44 kDa)およびN-half aralar(1-312 aa, 38 kDa)のHis-tagged蛋白をSDS-PAGEで分離し、ニトロセルロース膜に転写後、45Ca overlay assayによりCa2+の結合能を調べた。ノックアウトマウス作成準備のため、citrinならびにaralarのマウス遺伝子のクローニングを行った。
結果と考察
平成11年度は国内外から40症例を超える高アンモニア血症の解析依頼があり、酵素学的診断あるいは遺伝子診断を行なった。CTLN2では、新たに14例の日本人症例と2例の台湾人症例を見い出した。新規に1800ins1変異を同定することができ、合計6種類の変異に対する遺伝子診断を110例のCTLN2症例で行なった。そのうち92症例はいずれかの変異のホモ接合体あるいは複合ヘテロ接合体であり、12症例は1つの対立遺伝子に変異を認め、CTLN2を診断してきたこれまでの判定基準が間違っていなかったことを確認した。近親婚由来の患者22例中5例が複合ヘ
テロ接合体を示したことから、SLC25A13変異遺伝子の集団での頻度は高いと予想される。予備的に一般集団からの健常者400人程の遺伝子を検索した結果、7人の保因者を見い出し、変異遺伝子をホモに持つ人がかなり高い頻度(2万人に1人以上)で存在する可能性が明らかになった。1989年にピッツバーグで実施されたCTLN2最初の肝移植症例は、術後10年順調に経過している。3例目からは、日本において生体部分肝移植が行なわれ、すでに14症例の治療に適用された。これまではドナー候補者としての適合性を、血液生化学検査と生検肝におけるASS活性の測定により行なってきたが、CTLN2の責任遺伝子発見と変異同定後は遺伝子診断によってより正確な判断が可能になった。平成11年度には7症例で生体部分肝移植が実施された。以前肝移植を施行した家系も含めて13家系で遺伝子診断を行なった結果、組織提供者である父親(7家系)、兄弟(2家系)、子供(2家系)ではすべてヘテロ接合体を示し、配偶者(2家系)では検索した変異は認められなかった。その解析中、1家系において、ドナー候補者として考えていた2人の弟がいずれも変異遺伝子ホモ接合体であることが判明し、結果的に発症前診断となった。現在CTLN2の症状は見られないが、SLC25A13変異遺伝子をホモに持つ人を5名見い出しており、CTLN2の発症機構を明らかにしていく上でも、今後の経過観察が重要であると考える。一方、citrinが主に肝臓の肝実質細胞に発現し、mitochondriaの内膜に局在することがGFPとの融合蛋白の実験および細胞のオルガネラ分画の解析から確認できた。45Ca overlay assayにより、citrinやaralarのN-half部分にCa2+結合能があることを見いだし、細胞質側領域に存在するEF-handモチーフが重要であることがわかった。Citrin(肝臓、腎臓など)とaralar(心臓、筋肉など)は発現組織が異なっており、代謝の臓器分担に関与する可能性も考えられる。マウスとヒトcitrinは96%のidentityを示した。マウスcitrin遺伝子も単離でき、相同組み換えの手法によりモデルマウス作成に着手している。Aralar遺伝子SLC25A12がヒトの染色体2q24に座位することが明らかになったが、aralar欠損症は知られていない。マウスaralar遺伝子を含むBACクローンを得たので、疾患マウス作成を試みる。極々最近、約50,000種類の遺伝子に対する挿入変異ES細胞をストックする企業があり、相当するものがあれば変異マウスとして購入可能であるという情報が入ったので、現在検討中である。
結論
SLC25A13遺伝子がCTLN2の責任遺伝子であることは、今回の110例におよぶ遺伝子診断で、ほぼすべての症例において変異の存在が認められ、さらに確実なものとなった。遺伝子診断は、発症した患者の診断や保因者検索のみならず、肝移植時のドナー候補者の決定に役立ち、さらには発症前診断をも可能にした。今後、変異遺伝子の頻度や患者としての発症率を正確に把握し、発症の分子機構ならびにその要因を明らかにし、CTLN2を予防可能な遺伝性疾患として確立することを目指す。また、日本人症例で見いだした変異と同じ変異を持つ台湾人のCTLN2症例が認められたことは、日本のみならず少なくともアジア諸国に患者がいること、およびそれらの変異が日本人と台湾人に分かれる前の古い時代のものであることを示唆しており、CTLN2疾患の拡がりが今後の大きな問題となる。一方、citrinおよびaralarがCa-binding mitochondrial carrierとして機能するであろうデータが少しずつ得られているので、何を輸送するのかという機能解析が重要であると考える。さらに、ノックアウトマウスの樹立は、病態解析ならびに発症機構の解明を行なう上で、また新規遺伝子産物の機能や役割を解析する上で不可欠であり、本研究の目的を達成するための推進力として必須である。

公開日・更新日

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