研究基盤高度化に必要ながん細胞、幹細胞に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900363A
報告書区分
総括
研究課題名
研究基盤高度化に必要ながん細胞、幹細胞に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
黒木 登志夫(昭和大学腫瘍分子生物学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 難波正義(岡山大学)
  • 小山秀機(横浜市立大学)
  • 京泉誠之(放射線影響研究所)
  • 石岡千加史(東北大学)
  • 中辻憲夫(国立遺伝学研究所)
  • 永森静志(東京慈恵医科大学)
  • 原宏(兵庫医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
34,380,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトゲノム上の30億の塩基配列解析は、ゲノム研究先進諸国の共同作業により着々と進行しており、2000年中には完成するものと予想されている。ゲノム解析によりがん、エイズなどの難病に係わる遺伝子群が明らかにされ、それに基づく遺伝子診断、遺伝子治療も現実化してきた。遺伝子機能を解析し、遺伝子治療を実施するためには、広範な研究領域からのバックアップ体制が必要である。遺伝子解析とその情報は国際的、国内的に研究基盤が整備され、データベース化が進みつつある。しかし、細胞レベル、個体レベルの研究基盤は、他の研究先進諸国に比べてわが国は大幅に遅れているのが現状である。特にそれ自身が生きた存在である細胞についての開発と供給に多くの労力を必要とする。本研究はこのうち・がん細胞などの細胞株と・幹細胞(stem cell)についての研究基盤を確立し、ヒトゲノム解析と遺伝子治療をバックアップする目的で設定した。このような研究基盤の整備、高度化の必要性は科学技術基本法でも指摘されているところである。
研究方法
1) 細胞株の品質管理と特性分析:マイコプラズマ感染はVero細胞との共培養およびHoechst 33258による蛍光染色法によって検出した。マイコプラズマ染色が発見された場合はMC210 0.5μg/ml添加により除染した。細胞株の種同定はCorning社のオーセンティキットによるアイソザイム分析によった。
2)細胞株の親ストックの維持:平成7年度後半からヒューマン・サイエンス財団が細胞株の供給業務を行うことになった。このため各研究施設は親ストックの維持を担当した。3)新たな細胞株の開発と収集:各研究施設で新たに株化し、特性解析、品質管理を終了した細胞を細胞バンクに登録する。また他の研究者によって有用な細胞株が樹立されたときにも、細胞バンクへの登録を依頼し、収集する。
4)遺伝子変異のスクリーニング:遺伝子の変異の有無を系統的に検索するためのアッセイ系の開発を行った。
5)幹細胞の培養系:それぞれの班員の分担する幹細胞の培養系の樹立を行った。
結果と考察
結果=1. ヒトがん細胞を中心とする細胞株の開発と供給:本研究組織を構成する8研究機関のうち、昭和大・腫瘍分子研(黒木登志夫)、横浜市立大・木原研(小山秀機)、岡山大・医(難波正義)、放影研(京泉誠之)は、厚生省JCRBおよびヒューマンサイエンス財団細胞バンクの支援組織として細胞株の樹立、育成、収集、品質管理にあたってきた。
1)細胞株の品質管理と分与:本研究に課せられた任務の一つは、研究者の要請に応じ細胞株を供給し、厚生科学に寄与することである。細胞株供給業務は、平成7年度後半期よりヒューマン・サイエンス財団に委託され、本研究グループはそれらの親ストックを保存することとなった。 4研究施設に登録している細胞株は155株に達する。本年度はSCIDマウスに移植したヒト肺腺がんから樹立した細胞株RERF-LC-KJをバンクに寄託した。また、肺腺がん細胞株、胃がん細胞株を新たに樹立した。さらに、SCIDマウスに移植したヒト甲状腺組織に発生した腫瘍から血液幹細胞の表面形質をもつ細胞を培養した。2)機能を持ったヒト肝細胞株の樹立:ヒト胎児より得た肝細胞株にSV40LT抗原を導入し、不死化したヒト肝細胞株 ( OUMS9-29)を樹立した。さらに肝細胞に特異的な転写因子HNF4a( hepatocyte nuclear factor 4a)を導入したところ肝特異的な遺伝子の発現が亢進していることを確認した。これらの細胞株と技術は、今後人工肝臓の実験に用いることができるであろう(岡山大・難波正義)。3)変異株の作成:小山ら(横浜市大・木原研)は胎児幹細胞(ES細胞)を用いてDNA合成酵素topoisomerase IIのヘテロ変異株を樹立した。ニワトリDT40からligase IV欠損株を作成した。4)ヒトがん細胞の薬剤耐性:ヒト肺がん株を中心にシスプラチン感受性およびEGFレセプター抗体ZD1839の細胞増殖抑制作用を検討した(昭和大・腫瘍分子研・黒木登志夫)。5)ヒト上皮細胞への遺伝子導入:遺伝子治療の目的に開発されたアデノウイルスベクターを用い、ほぼ100%の効率でヒト正常ケラチノサイトおよび器管培養系に遺伝子を導入するのに成功した(昭和大・腫瘍分子研・黒木登志夫)。これまでに8種のCキナーゼ分子種とそれらのdominant-negative 変異体のアデノウイルスベクターを作成し、世界各国の研究者に分与した。6)ヒトがん由来細胞株の遺伝子変異:ヒト細胞の遺伝子変異を系統的に明らかにする目的で、出芽酵母を用いる遺伝子診断系の開発を行った。ストップコドンアッセイ(SC assay)により、PTEN, BRCA1, BRCA2, ATM, RAD52, RAD51, APC等のがん抑制遺伝子の変異スクリーニング系を開発した。これらのデータのうちp53に関するデータは細胞バンクのインターネット上で公表した(東北大・加齢研・石岡千加史)。
2. 幹細胞の開発と応用:幹細胞研究グループは平成9年度「ヒトゲノム遺伝子治療研究事業」の設定にあたって本研究班に参加した。研究対象として生殖系列幹細胞(ES細胞;担当、国立遺伝研・中辻憲夫)、末梢血および臍帯血幹細胞(兵庫医大・輸血部・原 宏)、ヒト肝細胞(慈恵医大・内科・永森静志)、ヒト上皮細胞(昭和大・腫瘍分子研・黒木登志夫)を扱った。1)生殖系幹細胞(ES細胞):研究に広く応用する目的で近郊系C57BL/6系統さらに日本産および韓国産野生マウス由来近交系マウスから数種類のES細胞株を樹立し、キメラマウス形成能など特性解析を進めた。これらの細胞は遺伝子治療と細胞移植治療の基礎研究にとって価値が高いものである。(国立遺伝研・中辻憲夫)。2)ヒト肝細胞:ヒト肝がん由来FLC細胞株を用いて、ラジアルフロー型バイオリアクターにより高密度3次元培養を行った。高密度3次元培養することにより、肝機能(アルブミン、薬物代謝酵素、尿素サイクル等)は飛躍的の向上した。さらにこの条件下でC型肝炎ウイルスの感染系を樹立した。この研究は人工肝臓、安全性の評価、生理活性物質への応用性が広い(東京慈恵医大・永森静志)。3)ヒト臍帯造血幹細胞の培養: 近畿地方の6医療機関により臍帯血バンクを設立し、20例の患者に供給してきた。今後、供給量を増すためには生体外で増殖させるex vivo expansionが必要である(兵庫医大・原 宏)。4)ヒト表皮幹細胞の培養:ヒトケラチノサイトの終末分化においては、分化した細胞ではCキナーゼ eta分子種がcyclin E-cdk2と結合しcdk-2キナーゼ活性を抑え終末分化に導くことを明らかにした。このときeta分子種と結合するためにはアダプター蛋白の存在が必要であること、cdk2の活性低下は160番スレオニンの脱リン酸化によることが解明された(昭和大・腫瘍分子研・黒木登志夫)。
考察=1. ヒトがん細胞を中心とする細胞株の開発と供給:本研究の母体は1984年「対がん10カ年総合戦略」の一環として、がん研究振興財団の中に作られたリサーチ・リソース・バンク(Japanese Cancer Research Resources, JCRB)の細胞バンクである。JCRB発足以来の10年間におよそ25,000件の細胞株を供給してきたが、本研究に所属する4研究施設はそのうち約25%を担当した。本研究はこのようなJCRBの実績の上にそれを継続、発展させるべく設定された。米国においては古くから研究資材の整備が進められ、1960年代にはAmerican Type Culture Collection (ATCC)が創設され、現在3,000株の細胞株を保有し、年間40,000株を分与している。今後は積極的に培養細胞株を収集し、細胞バンクをバックアップする用にする必要があろう。なかでも今後重要となるのは、遺伝子を破壊した細胞である。ノックアウト動物から細胞株を樹立することに加えて、ES細胞から様々な能力を持った細胞を樹立する方法も確立する必要がある。
2. 幹細胞の開発と応用:組織構築の中核を成す幹細胞の開発は、基礎研究にとって重大であるだけでなく、細胞移植、遺伝子治療などへの応用面が広い。中辻憲夫(国立遺伝研)の担当する生殖系列幹細胞株(ES細胞)は発生と分化研究にとって重要な材料となる。永森静志(慈恵医大)は培養ヒト肝細胞を用いた人工肝補助装置の開発を進めた。原 宏(兵庫医大)の臍帯血造血幹細胞培養法は難治血液疾患治療への応用が約束されている。黒木登志夫(昭和大)のヒト上皮細胞は、皮膚移植に応用できる。これらの幹細胞はいずれも遺伝子治療に際して遺伝子担体として応用可能である。本研究は遺伝子治療の基盤技術開発の役割を果しているといえよう。
3. 倫理面への配慮:ヒト細胞の利用は厚生科学審議会答申「ヒト組織の研究開発」(全班員に配布)に基づいて行う。すなわち適正な医療行為のもとに摘出されたヒト細胞をInformed consentを得た後、研究に使用する。採取、研究にあたっては属する研究機関の倫理審議委員会の同意を得る。
結論
本研究の4研究施設はヒューマン・サイエンス財団による細胞株供給業務をバックアップし、細胞株と培養技術に関する基礎研究を進めている。また、生殖系列、ヒト肝、臍帯血、ケラチノサイトなど幹細胞の実験系はいずれも遺伝子治療、人工臓器などへの応用の可能性が高い。本研究はいずれもヒトゲノム遺伝子治療研究の基礎整備にとって不可欠である。

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