遺伝子治療薬の安全性確保基盤技術に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900359A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子治療薬の安全性確保基盤技術に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
早川 堯夫(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 真弓忠範(大阪大学薬学部)
  • 中西真人(大阪大学微生物病研究所)
  • 鈴木宏治(三重大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
65,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子治療の実用化と一層の進展に向けての最重要課題の一つは、遺伝子導入技術の根幹をなす現行のウイルスベクター法やリポソーム法が抱える安全性面や機能面での限界を克服し、それぞれの特徴を最大限生かした新たな技術を開発することである。本研究はわが国独自の独創的で、より安全性の高い次世代遺伝子治療薬の開発に資する技術基盤の確立及び安全性評価技術の開発に関する研究を先導的に行い、もって将来の我が国における遺伝子治療の実用化、治療対象の拡大を促進し、保健医療の向上に貢献することを目的とする。
研究方法
遺伝子治療薬の安全性確保を始め有用性をより一層高めるためには、ウイルスベクター法の問題点である(1)ヒトに対する病原性、(2)細胞毒性、(3)抗原性、(4)導入遺伝子の数や大きさに関する制限や、レトロウイルス法の問題点である(5)非分裂細胞への導入不能、(6)宿主染色体への遺伝子導入による有害作用などを極力回避しながら、(7)標的細胞特異性、(8)導入遺伝子の核への移行能、(9)導入遺伝子の安定性、(10)導入遺伝子の高発現や安定発現、発現調節などの機能付加・機能増強を図る必要がある。本研究では(1)~(6)の問題点を克服できる可能性のある高機能で安全性の高い膜融合リポソームの開発と評価や(7)~(10)の機能を付加、強化する技術の開発を並行して行い、適宜、これらの成果を組合せ、新たなハイブリッド型ベクターを構築するための基盤とする。また、現存する遺伝子治療用ベクターの中では遺伝子導入効率が最も優れたベクターであるアデノウイルスベクターの問題点を克服する技術開発を行う。
結果と考察
1)次世代ハイブリッドベクター開発基盤研究:リポソームに不活化センダイウイルスの膜融合能を付与した効率的な遺伝子導入系としての膜融合リポソーム(FL)開発を進めた。病原性ウイルスの混入を抑えながら活性と安全性を保つ条件を決定し、一段と高度な安全性と高機能性を確保した調製法を開発した。また、FLの遺伝子導入特性を検討し、カチオニックリポソームのリポフェクチンと比較して、短時間での遺伝子導入、高い遺伝子発現効率、低い細胞傷害性および血清存在下でも遺伝子導入が可能といった特徴を有することを明らかにした。特にin vivoの細胞への直接の遺伝子導入においてカチオニックリポソームと比較して顕著な遺伝子発現効率を示し、遺伝子治療に有用であると考えられた。さらに、新規ハイブリッドベクターとしてVSV(Vesicular stomatitis virus)を利用したVSV-リポソームの開発を行った。VSV-リポソームはヒト赤血球を溶血させず、ラット新鮮血漿中でも安定であること、リポソームと比べて効率よく蛋白質、プラスミドDNAを細胞に導入できることから遺伝子導入ベクターとしての有用性を示唆した。2)FLの遺伝子治療応用研究:FLを遺伝子治療用ベクターとして応用した場合の安全性、有効性を評価した。まず、ヒトTNF-α遺伝子を封入したFLを担癌マウスの腫瘍支配動脈内に投与し、投与部位の血管および腫瘍部位にTNF-αの発現が観察されること、腫瘍の増殖は顕著に抑制されることを示した。これはFLの特性によりTNF-α遺伝子が腫瘍組織上流の血管内皮細胞や腫瘍血管内皮細胞に極めて速やかに導入され、遺伝子発現により分泌されるTNF-αによって抗腫瘍効果が得られたことを示しており、固形癌に対する in vivo 遺伝子治療において全く新しい方法論を提示できたものと考えられた。また、Degenerin(変異Naイオンチャンネル)遺伝子をCarcinoembryonic antigenプロモーターによりガン細胞特異的に発現するよう設計し、
FLに封入してヒト胃癌腹膜播種モデルマウスに腹腔内投与し、劇的な治療効果を得た。FLはin situで一度に多くの細胞に遺伝子を導入できるため、殺細胞性の遺伝子産物を癌細胞特異的に発現させることで癌の遺伝子治療が可能となることが示された。さらに術後肝障害阻止を目指して抗血栓性因子トロンボモジュリン遺伝子をFLによりラット肝類洞内皮細胞へ導入し、遺伝子発現とFLの安全性を確認した。3)導入遺伝子を高効率で核内に送達させるための技術基盤に関する研究: 細胞に導入された遺伝子の発現効率を高める鍵の一つである導入遺伝子を高効率で核内に送達させるための技術基盤に関する研究として、細胞膜や核膜を能動的に通過できる活性を持つ、ヒト免疫不全ウイルスTatタンパク質由来のペプチドを表面に発現するTat-ファージを開発した。Tat-ファージは細胞との短時間の接触で遺伝子発現を示し、新規非ウイルスベクターとして機能することを明らかにした。4)ミニ人工染色体の開発に向けた基礎研究:導入遺伝子が宿主染色体に挿入されることによる有害作用を回避し、導入遺伝子を細胞核内の宿主染色体外で高発現、安定発現、発現調節させるための技術基盤としてのミニ人工染色体(独立レプリコン)の開発に必須である基礎研究を行った。まず、人工染色体構築のための必須条件である染色体の安定性を決定する因子の解析を進め、染色体末端のテロメア配列とこれに結合するタンパク質TRF1との相互作用が染色体の安定性を決定していること、DNAに結合しているTRF1の量が十分であれば染色体は高度に安定化されることを明らかにした。 また、染色体外で複製され、持続的遺伝子発現が可能なヒト型エピソーマルベクターの開発を目指してEBウイルスベクターの複製開始領域をヒト染色体複製領域と置換したベクターを構築し、種々の細胞で持続的な遺伝子発現を確認した。5) 細胞質内での遺伝子発現系の確立に関する研究:遺伝子発現効率を高める方策として、細胞質内で導入遺伝子を高効率かつ安定に発現させることが可能な細胞質内遺伝子発現系の確立に関する研究を行った。まず昨年度開発したT7 RNAポリメラーゼとT7プロモーターを用いたT7遺伝子発現系の有用性をin vivoで検討し、in vivoにおいても効率よく遺伝子発現可能であることを示した。また、RNAからRNAを自律複製しつつ細胞質で遺伝情報を発現するRNAレプリコンの開発を検討した。その結果、センダイウイルスのNPタンパク質にRNA依存的なmRNA合成活性と鋳型RNA複製活性があることを見いだし、RNAレプリコンによる細胞質での持続的遺伝子発現系開発の技術基盤を確立した。6)次世代アデノウイルスベクター開発基盤研究:アデノウイルスベクターは現存する遺伝子治療用ベクターの中では遺伝子導入効率の最も優れたベクターであるが、導入遺伝子の数や大きさに関する制限、抗原性、受容体のない細胞には感染できず、感染特異性もないという問題点もあることから、これらを克服していく技術の開発を行った。その結果、複数の外来遺伝子を搭載できるシステムや、任意の外来ペプチドを表現し感染細胞特異性を制御できるファイバーミュータントアデノウイルスベクターシステムの開発のための基盤となるプラスミドの作製に成功した。また、全てのウイルス遺伝子を欠損させたgutlessアデノウイルスベクターの作製に関する技術基盤を確立した。
結論
我が国独自の次世代ハイブリッド型遺伝子治療薬の基盤的要素となる膜融合リポソームの遺伝子導入系としての安全性、有用性、汎用性を立証するとともに、遺伝子を高効率で核内に送達させるための技術基盤、導入遺伝子を細胞核内の宿主染色体外で高発現、安定発現、発現調節させるための技術基盤を確立した。また、細胞質内で遺伝子発現可能な系の構築に関する重要な知見を得た。さらに、安全性が高く、細胞特異性を有する次世代アデノウイルスベクター開発のための技術基盤を確立した。

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