腎細胞がんに対する免疫遺伝子治療―IV期腎細胞がん患者を対象とするGM-CSF遺伝子導入自己複製能喪失自家腫瘍細胞接種に関する臨床研究

文献情報

文献番号
199900358A
報告書区分
総括
研究課題名
腎細胞がんに対する免疫遺伝子治療―IV期腎細胞がん患者を対象とするGM-CSF遺伝子導入自己複製能喪失自家腫瘍細胞接種に関する臨床研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
谷 憲三朗(東京大学医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 浅野 茂隆(東京大学医科学研究所)
  • 奥村 康(順天堂大学)
  • 藤目 真(順天堂大学)
  • 赤座 英之(筑波大学)
  • 濱田 洋文(癌研究会・癌化学療法センター)
  • 佐藤 典治(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
他臓器への転移、浸潤を認めるIV期進行腎細胞がん(腎癌)患者に対しては、既存のいずれの療法も無効で、殆どの患者は2年以内に死亡するため、新たな治療法の開発が強く望まれる。これ迄の臨床研究結果から、腎癌に対する免疫療法の有効性が示唆されている。特に放射線照射GM-CSF遺伝子導入腫瘍細胞(GVAX)による抗腫瘍免疫誘導効果はマウス前臨床試験のみならず、米国などでの腎癌、メラノーマ、前立腺癌、肺癌の各患者に対する臨床研究においても明らかにされつつある。本遺伝子治療臨床研究では以上の知見を基に、患者の抗腫瘍免疫力をより強化し臨床的効果も期待する目的で、最適化した放射線照射・GM-CSF遺伝子導入自家腎癌細胞量の皮内接種の可能性ならびに安全性の評価、患者体内に誘導された抗腫瘍免疫誘導効果、さらには画像診断技術を用いた腫瘍縮小効果の評価を併せて行う。また本臨床プロトコールの実施に加えて、固形腫瘍に対する新たな免疫遺伝子治療法の開発研究をマウス腫瘍モデルを用いて行うとともに、新規遺伝子のクローン化と遺伝子導入法の開発も行う。
研究方法
99年度は東京大学医科学研究所附属病院において3症例に対して遺伝子治療を実施したことに加え、いくつかの基礎研究も併せ行った。
(1) 第IV期腎癌患者への免疫遺伝子治療の実施ならびにその臨床的・免疫学的検討:病名告知の為されたIV期腎癌患者に対し、本臨床研究プロトコールの内容を十分に説明し、その内容を理解できた患者の中で同意書に署名をした患者5人について臨床研究を行う。この際に、レトロウイルスベクターを用いたGM-CSF遺伝子導入自家腎癌細胞の作製を含めた本遺伝子治療臨床研究の円滑な実施の可能性を確認すると共に、患者に出現する副作用の有無、臨床的効果の評価を免疫学的ならびに画像診断を中心にした臨床検査結果から判断する。
(2) 腎癌免疫遺伝子治療患者等の末梢血単クローン増生Tリンパ球の抗腫瘍免疫能の検討:免疫遺伝子治療を受けた患者の末梢血や組織中のリンパ球を用いRT-PCR法によるTCR Vβレパートア解析を行う。
(3)腎癌特異的細胞傷害性Tリンパ球(CTL)クローンの樹立:腎細胞癌 に対してさらに有効な免疫療法を開発することを目的に、遺伝子治療を受けた腎癌患者の免疫学的解析を行い、臨床的に有効な症例については自己腎癌細胞に対するCTLクローンの樹立を行う。さらにCTL養子免疫療法のみを施行された例でも同様に検討する。さらにこれらの免疫療法の治療モデル系としてSCIDマウスを用いたヒト腎癌細胞移植系の開発を併せて行う。
(4) CD70 (CD27リガンド) 遺伝子導入腫瘍細胞を用いた遺伝子治療前臨床研究: DBA/2マウス由来肥満細胞腫P815にマウスCD70遺伝子を導入し CD70/P815細胞を作製する。このCD70/P815細胞をBALB/cヌードマウスに尾静注し、その生存率ならびに肺転移、肝転移数を親株のP815尾静注群と比較する。その際、抗CD70抗体やアシアロGM1抗体投与の影響を同時に検討し、in vitroではCD27刺激によるNK細胞の増殖、IFN-γ産生能、細胞傷害活性能を測定する。
(5)免疫遺伝子治療用新規アデノウイルスベクターの開発:アデノウイルスのキャプシド蛋白に標的化ペプチドを組み込み、特定の細胞に感染効率の高い「標的化ウイルスベクター」を効率的に作製する方法を開発すると共に、インテグリンを標的とした Adv-F/RGD ウイルスを作成する。
(6) mRNA連続解析システムによるGM-CSF遺伝子導入腫瘍細胞の増殖抑制機構の解析:野生株WEHI/3B(W3)細胞をマウス皮下に接種後、その腫瘍増生のためにマウスは死に至るが、GM-CSF産生W3細胞を接種した場合腫瘍増殖は10日目を境に退縮し完全に拒絶される。一方、ヌードマウスではGM-CSF産生細胞による抗腫瘍活性は認められない。GM-CSF産生W3細胞を接種後、約10日目の腫瘍切除組織内に抗腫瘍活性が最も強く現れていることを想定しSerial Analysis of Gene Expression(SAGE)法を用いた腫瘍内発現遺伝子解析を行い、上記3種類のマウス系からそれぞれ11baseから成るTag配列を30,000個づつクローニングした。このTag配列情報をもとに腫瘍拒絶に深く関与する遺伝子を同定する。
(7) 泌尿器科癌とLewis血液型抗原の関連性についての検討:1992年~1999年の間に順天堂大附属病院で治療を受けた膀胱癌患者で赤血球のLewis式血液型が調べられており、初発時表在性で膀胱が温存されその後の再発の有無について確認できた150例を対象とした。Lewis式血液型は、赤血球表面のLewis抗原を血清学的に判定した。また一部の症例については、Lewis式血液型の決定に関与する Le transferase 遺伝子の 59 番目、508 番目、1067 番目の塩基に起こる点突然変異の有無についても検討した。
結果と考察
結果;(1) 第IV期腎癌患者への免疫遺伝子治療の実施ならびにその臨床的・免疫学的検討:現在まで第IV期腎癌患者3例に対してGM-CSF遺伝子導入腎癌細胞の接種を行い、うち2例の患者に対しては規定の接種が終了しており、1例では現在(平成12年4月10日段階)4回の接種を終了している。いずれの患者においても問題となる副作用は発生しておらず、特に第2例目の患者では明らかな患者自家腎癌細胞に対するCTL活性をもつリンパ球を患者末梢血中に検出できている。また第1例目の患者では10回の接種後にIL-2を併用したところ、主腫瘍病変の30%の縮小を観察した。現在この縮小化に際しての免疫学的背景も含め検討中である。
(2) 腎癌遺伝子治療患者末梢血中のT細胞レパートア解析:第1例目において経過中に退縮した腕部ならびに肺転移巣、退縮しなかった肺転移巣組織を比較した結果、Vb10, Vb17, Vb21 TCR T細胞が退縮腫瘍により多く浸潤してきている傾向を認めた。更にVb10, Vb17 TCRのCDR3 LOOP領域の解析を行った結果、Vb10 TCR T細胞が腫瘍拒絶過程に共通するCDR3 LOOP領域を有することが明らかになった。また第2例目においても患者末梢血中でオリゴクローン性Tリンパ球を検出している。
(3)腎癌特異的細胞傷害性Tリンパ球(CTL)クローンの樹立:腎癌遺伝子治療もしくはCTL療法を受けた患者の末梢血Tリンパ球よりCTLクローンの樹立を行っている。特に CTL養子免疫を施行し臨床的に病巣の50%以上の縮小効果が得られた症例で検討した結果、CTL投与後4週の時点では投与前に比べ末梢血からのCTL誘導能が有意に増強する傾向を認めた。さらに誘導されたCTLの 抗腫瘍活性及びCTLのT細胞レセプターを解析したところ一定のT細胞レセプターを使用するCTLクローンが高い傷害活性を有する傾向が得られた。また手術切除標本より樹立したヒト腎癌細胞株をSCIDマウスの皮下に接種したところ腫瘍を形成し早期に担癌マウスが腫瘍死した。腫瘍死したマウスには明らかな転移は認めなかった。(4) CD70 (CD27リガンド) 遺伝子導入腫瘍細胞を用いた遺伝子治療前臨床研究:CD70/P815細胞をBALB/cヌードマウスに尾静注したところ、親株P815と比較して有意な生存日数の延長と肺転移、肝転移数の減少がみられ、この抗転移効果は抗CD70抗体およびアシアロGM1抗体の投与により解除された。NK細胞は恒常的にCD27を発現しており、抗CD27抗体存在下では Fc受容体を発現しているP815 細胞に対しても、CD70/P815細胞に対しても細胞傷害活性を示さなかった。しかし、IL-2存在下CD27刺激で3日間培養後のNK細胞は有意な細胞傷害活性の増強を示した。この細胞傷害活性の増強効果はIFN-γ中和抗体により打ち消された。
(5)免疫遺伝子治療用新規アデノウイルスベクターの開発:ファイバー変異型アデノウイルスを用いて新たな腫瘍標的化法を開発し、細胞側の受容体分子との吸着を担うファイバーに20個のリジンを付加したF/K20変異型を作製し、ヒト悪性神経膠腫細胞に対して従来型よりも数十倍高い遺伝子導入効率が得られた。さらに悪性黒色腫に対して特異的に強い細胞傷害活性を有するファイバー変異型の作成に成功した。
(6) mRNA連続解析システムによるGM-CSF遺伝子導入腫瘍細胞の増殖抑制機構の解析:腫瘍拒絶の系から共通して20倍以上発現増強される遺伝子を9種類同定できた。GenBankによると既知遺伝子が1種類と未知遺伝子が8種類あり、50倍以上も発現増幅される遺伝子が2種類含まれていた。
(7) 泌尿器科癌とLewis血液型抗原の関連性についての検討:表在性膀胱癌は多発・再発しやすいことが知られている。本研究において、膀胱癌患者のLewis式血液型と膀胱内再発との間に関連があるか否かを検討した。膀胱内再発率は、 Le(a+b-) vs Le(a-b+) p=0.0685で両群間で有意な差を認めた。またBCG膀胱腔内注入療法後の再発率もLe(a+b-) vs Le(a-b+) p=0.0935で両群間に有意な差を認めた。本研究においてLewis式血液型間での再発率の差を認めたことは、再発における糖鎖抗原の関与を示唆するものであった。
結論
結論と考察;腎癌に対するGM-CSF遺伝子を用いた免疫遺伝子治療を実施した3例におけるこれまでの臨床ならびに免疫学的検討結果より、本遺伝子治療法は安全に患者に対して実施できると共に、患者体内に同定可能な腫瘍特異的免疫反応の誘導を観察できている。第1例目においては特にGM-CSF遺伝子治療の併用療法としてのIL-2全身投与の意義について示唆に富む結果が得られ、今後の免疫遺伝子治療の開発に向けて重要な結果と考えられた。さらに本療法の抗腫瘍免疫効果に寄与できる分子の同定ならびにその特異的遺伝子導入法についての研究成果も上げることができた。また本研究では、本遺伝子治療症例ならびに、遺伝子治療の適応とならず従来からのCTL療法を受けた患者よりCTLクローンの樹立を試みており、現在候補T細胞クローンを得ている。GM-CSF遺伝子治療やCTL養子免疫治療などの癌特異的免疫療法については、現在のところ臨床応用例は限られているが、既存の免疫療法では観察されない免疫反応が惹起されていることを示唆する所見が得られた。今後のさらなる検討が必要である。今後これらのクローンT細胞を用いてそれらが認識する腫瘍抗原を同定し、同抗原分子遺伝子を用いての免疫遺伝子治療の開発は、低コストの遺伝子治療を目指す上で極めて重要であると考えられ、さらに研究を継続していく必要がある。
今後のより効果的な遺伝子治療法開発を目指す上で、GM-CSF以外の遺伝子を用いた複合的遺伝子治療法を導入することも将来的には重要である。本年度の研究では免疫遺伝子治療共刺激分子CD70遺伝子の導入を試みたところ、NK細胞を介しての抗腫瘍免疫誘導の可能性が示唆された。これはまた、少なくともCD70を発現するウイルス感染細胞や腫瘍細胞に対するNK細胞の自然免疫監視機構の一つの機序とも考えられた。
さらに高度に目的とした細胞の標的化が可能なアデノウイルスベクター系の開発を目的に、本年度作成したインテグリン分子を標的とした Adv-F/RGD ベクターは、従来型アデノウイルスベクターに比べて数十倍高い遺伝子導入効率が得られ、臨床への応用が期待された。今後、メラノーマの治療などへの実用化を目指して準備を進め、より効率的かつ低コストの免疫遺伝子治療法の開発を行って行きたい。
SAGE法を用いた解析研究では、新規腫瘍拒絶エフェクター分子をとらえることが可能であるものと考えられ、これまでにマウス腫瘍細胞系で同定されたGM-CSF遺伝子治療のエフェクター分子のcDNA分子全長のクローン化を行うと共に、これら分子の発現を免疫学的に検索し、その新規遺伝子治療への応用の可能性を探っていくことが必要であると考えられた。
また泌尿器腫瘍に対する新たな免疫遺伝子治療法開発を念頭に、表在性膀胱癌患者のLewis式血液型と膀胱内再発との間の関連性を検討したところ、両者間の関連性が示された。今後本分子ペプチド遺伝子を用いた遺伝子治療法の開発も可能であるものと考えられた。
以上の様に、本年度の研究成果は現在実施中のGM-CSF遺伝子を用いた免疫遺伝子治療法を継続して実施することへの意味を示すと共に、その将来的な展望を示すものと考えられた。さらに本臨床研究に付随した基礎研究は今後の新規免疫遺伝子治療法開発に向けて多くの示唆を与えてくれるものであった。これらの方法の複合的利用により、より効果的で副作用の少ない新規免疫遺伝子治療の開発が可能になるものと期待される。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-