ゲノムインプリンティングがかかわる疾患ならびにゲノム解析

文献情報

文献番号
199900351A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノムインプリンティングがかかわる疾患ならびにゲノム解析
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
向井 常博(佐賀医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 佐々木裕之(国立遺伝学研究所)
  • 陣野吉広(琉球大学医学部附属沖縄・アジア医学研究センター)
  • 石野史敏(東京工業大学遺伝子実験施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ゲノムインプリンティングは非メンデル遺伝を示す現象として新しく発見された遺伝現象である。その破綻により、発育障害や過成長を来す疾患、神経病、糖尿病のほか、種々の腫瘍、また、未同定の疾患が発症する。これらの疾患は一部その責任遺伝子も特定されつつあるが、まだ未解明の部分がほとんどである。ここではゲノムインプリンティングが関与するヒト疾患に関する研究を行う。そのために1)ゲノム解析法を利用してインプリンティング領域のヒト 11P15.5 とそれに対応する当該領域のマウスゲノムの解析を行い、Beckwith-Wiedemann 症候群の本態にせまると共に、インプリンティングのドメインレベルでの理解ならびに疾患モデル動物の作成を含む機能解析を行う。2)インプリンティングにかかわる遺伝子は未同定のものが多いので、班員により開発された体系的スクリーニング法を利用して全染色体領域を視野に入れて新規遺伝子の単離を行う。そしてその中から疾患原因遺伝子を体系的に探索する。3)インシュリン依存性糖尿病は多因子病であるが、その原因の一つとして内在性レトロウィルスの可能性について遺伝学的に検証する。
研究方法
BAC クローンのショットガンシークエンスのため、超音波処理したDNA をショ糖密度勾配超遠心法で分離し、2 kbのDNA断片を回収した。その断片をクローニングしてPCR増幅を行い、シークエンスに用いた。ヒト-マウス間の塩基配列比較により同定されたH19遺伝子下流領域の保存配列は、Igf2-LacZレポーター遺伝子と接続してトランスジェニックマウスに導入し、エンハンサー活性をもつかどうか調べた。 Silver-Russell 症候群に関しては血液におけるPEG1/MEST遺伝子の発現量とインプリンティング状態を調べた。Wilms腫瘍に関してPEG8遺伝子の発現量の解析を定量的 PCR 法を用いておこなった。グリオーマに関してPEG3遺伝子の発現量の定量を行った。IDDMK1,2-22遺伝子スーパー抗原領域の変異解析としてIDDMK1,2-22遺伝子下流の配列を利用してPCRを行い、ENV N末を含むDNA断片を増幅しクローニングした。  
結果と考察
研究1. Beckwith-Wiedemann 症候群に関連する領域の構造と機能:Wilms腫瘍に関連する遺伝子解析を行った。新規遺伝子SMS-4を分離し、Wilms腫瘍での発現を観察したところ、47%の例で発現が消失していた。さらに、IFG2の発現との関連で解析したところ、すべての例で、IGF2のインプリンティングの消去が観察された。一方ゲノム解析であるが、マウス第7染色体F4/F5領域から単離したYAC、BAC、コスミドクローンを物理地図に沿って整列化し、およそ1Mbの領域を完全にカバーした。さらに整列化したBACクローンを用いて、向井研究室、佐々木研究室及び榊研究室(東大医科研・理研GSC)と共同でショットガン法で塩基配列の決定を行った。すでに全BACクローンのショットガンシークエンスを終え、現在ギャップを閉じる作業に入っている。次いで、既にシークエンスが報告されているヒトとマウスKVLQT1 間のハープロット解析を行ったところ、KVLQT1のイントロン約160 kbにわたってマウス、ヒト間で高いホモロジーが観察された。ホモロジーが高い理由として考えられるのは、BWSには低頻度ながら染色体転座があり、しかもその転座がKvlqt1内に局在していることと関係があると思われる。おそらく、この遺伝子内にはマウスーヒト間で保存されている遺伝子ないしはエレメントがあり、それが転座により破壊されることによりBWSの発症に影響を与える調節機構が維持されなくなるからであろうと推測される。この領域の解析で新たに3つ
の遺伝子を明らかにした。それらは、Lit1(Kvlqt1-AS) 遺伝子、 Tssc4 遺伝子、Mtr1 遺伝子である。Lit1遺伝子はKvlqt1のアンチセンスRNAであり、60 kbに及ぶ父性発現の転写体であることが分かった。Lit1の発生分化において父性発現と母性メチレーションであることがわかった。Tssc4 遺伝子はmRNAのサイズは1.7 kb で3つのエクソンよりなり、318個のアミノ酸をコードしていることが予測された。腎臓と肺に最も発現おり、インプリンティングは受けていなかった。Mtr1 遺伝子は24個のエクソンがあり、 ORF は3,474 bp でアミノ酸は1,158 であった。この蛋白は7回膜貫通ドメインをC端側にもつポリペプチドであった。発現は胎児組織で検出され、3.8-4.1 kbであった。インプリンティングを証明することはできなかった。マウスH19領域約40kbの塩基配列を決定してヒトの配列と比較したところ、遺伝子外に合計10箇所の進化的に保存された領域が見つかった。そこで断片をトランスジェニックマウスに導入して検討したところ、5つがエンハンサー競合にかかわる可能性のある新しい組織特異的エンハンサーであることが分かった。この結果は、種間の塩基配列比較が制御領域を同定するのに非常に有効であることを実証している。H19遺伝子の上流にあるDMR領域のヒト-マウス間の塩基配列を比較したところ、この領域内には進化的に保存されたおよそ40bpの配列が存在することが分かった。そしてこの配列に結合する蛋白質因子の存在が確認された。2. 新規DNAメチルトランスフェラーゼの解析:  新たなDNAメチルトランスフェラーゼに対する抗体を作成し、マウスの組織、とくに各発生段階における雌雄の生殖巣における蛋白質の局在を調べた。RT-PCR法によりmRNAの存在についても検討した結果、新規のDNAメチルトランスフェラーゼが特定の時期の生殖細胞に存在することを確認することができた。この新規DNAメチルトランスフェラーゼは、発生初期や生殖系列での発現が高く、インプリンティングで重要な働きをしている可能性がある。3. 新規のインプリンティング遺伝子と疾患解析: Peg1/Mest ノックアウトマウスは変異を父親から受け継いだ場合、出生前後の成長不良を引き起こす。これはヒトSilver -Russell 症候群 (SRS)と酷似した表現型である。そこで、日本人の 孤発性患者についてPEG1/MEST 遺伝子の変異、欠損を調査したところ、コーディングフレーム内の変異は発見できなかった。プロモーターからの転写にも異常がないことを確認した。PEG8 遺伝子はWilms 腫瘍において父性発現インプリンティング遺伝子である PEG8 は周辺正常組織と比べ10-100倍の高発現を示した。 しかし、ヒト PEG8 遺伝子を導入したトランスジェニックマウスにはいずれも発生の異常、ガンの発生は見られなかった。これまで、Wilms 腫瘍の発症の原因として IGF2 遺伝子のインプリンティングの解除説が提出されているが、今回の解析から Wilms 腫瘍ではそれ以外の原因による遺伝子の高発現が起きていることを明らかに出来た。グリオーマ細胞株や患者のグリオーマ組織においてPEG3 遺伝子の発現が有意に低下していることが確認された。一方、グリオーマ細胞株にヒト PEG3 cDNA の導入を行ったところ、軟寒天培地でのコロニー形成能、ヌードマウスでの腫瘍形成能が失われた。PEG3 遺伝子のマップされる染色体19番長腕のLOH はグリオーマにおいてのみ見られるものであり、この領域に特異的なガン抑制遺伝子の存在が示唆されている部位である。一方、ヒトSMS-4は母親由来遺伝子が発現するインプリンティング遺伝子であるが、Wilms腫瘍では発現が消失していた。4. インシュリン依存性糖尿病と内在性レトロウイルス: 内在性レトロウイルスHERV-K遺伝子の発現解析により、肺、胎盤、精巣で4種の発現が検出された。末血リンパ球ではその中の、グループ II および III のほかにIDDMK1,2-22の発現が認められた。1型糖尿病の一原因として提示されたIDDMK1,2-22が末血リンパ球で検出されたことは、そのスーパー抗原活性にはクラスII MHCの発現が必要であることを考えた時、意義あることのように思われる。患者
におけるIDDMK1,2-22遺伝子の直接解析を行ったところ、スーパー抗原コード領域の変異検索で2つの変異が見い出された。1つはチロシンからシステインへの、もう一つはストップコドンからトリプトファンへのアミノ酸置換を生じる。これらがIDDMと関連するのか、さらに症例を増やし、また一般集団での出現頻度と比較することによって相関性の有無を検討していく予定である。
結論
マウス第7染色体バンドF4/F5領域のインプリンティング領域を完全にクローン化し、得られたBACクローンを用いてシークエンスを行った。その結果、Kvlqt1遺伝子のイントロンのホモロジーがマウスーヒト間で高く保存されていることがわかった。また得られた情報を用いて疾患関連遺伝子や制御配列の検索を開始し、5つの新規エンハンサーと5つのDNA結合蛋白質の結合配列を同定した。マウスを用いたインプリンティング遺伝子の体系的な分離から得られたヒトにおける3つのゲノムインプリンティング型遺伝子疾患の原因候補遺伝子を解析し、PEG1/MEST 遺伝子が Silver-Russell 症候群、PEG3 遺伝子がオリゴデンドログリオーマの発症に、PEG8 遺伝子がWilms 腫瘍の発症のそれぞれ原因候補遺伝子として有望であることを明らかにした。新規遺伝子SMS-4も Wilms 腫瘍の発症に関与していた。胎盤、肺、精巣および末血リンパ球におけるHERV-K遺伝子のRT-PCRに基づく発現解析で末血リンパ球にIDDMK1,2-22の発現を確認したほか、5種のHERV-K遺伝子の発現が検出された。IDDMK1,2-22と1型糖尿病の関わりについて、52例の患者でIDDMK1,2-22スーパー抗原コード領域の変異検索を行い、2種の変異を見い出した。

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