新しい発生工学技術の開発による研究基盤高度化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900350A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい発生工学技術の開発による研究基盤高度化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
笹岡 俊邦(国立精神・神経センター 神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 鍋島 陽一(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトゲノムプロジェクトの推進や遺伝性疾患の原因遺伝子の探求により、遺伝子の特定のアミノ酸配列が病態の理解に重要であることが明らかになってきた。また多くの遺伝子は複数の場面で重要な機能をもっており、特定アミノ酸配列の変異と遺伝子機能の関連及び疾患の成り立ちの解明を進めるには、動物個体の個別の場面で、対象分子のアミノ酸置換を導入できる新たな発生工学技術の開発が必要である。我々はこれらの問題点を解決するため「目的とする組織や発生段階で、対象分子にアミノ酸の変異・部分欠損・部分増幅を導入する新たなシステム」の開発をおこなっており、現在の発生工学技術をさらに一歩進めて、「疾患の理解、遺伝子の機能の理解に最もふさわしいモデル動物を作成する技術を開発」し、研究基盤の高度化に貢献することを目指している。
研究方法
我々は、NMDA受容体のCaイオン透過性を調節するアミノ酸の置換を、特定細胞において導入することを目的として、これまでに新たな実験システムを開発し、アミノ酸置換マウス作成に成功した。本年度は、アミノ酸置換導入様式の解析、NMDA受容体機能の電気生理学的解析、ならびに特定時期に誘導的に変異を導入するシステムの開発、精神・神経疾患関連分子のアミノ酸置換マウス作成への応用をおこなった。
(1) 特定アミノ酸の変異・部分欠損・部分増幅を導入する方法の開発: NMDA受容体epsilon1サブユニット遺伝子のCaイオン透過性に関わるアミノ酸をコードする正常配列エクソンと変異配列エクソンを並列に配置し、正常エクソンの両側にloxP配列を導入し、2つのエクソン間のイントロンを人工的に改変した相同組換えベクターを構築し、マウス胚幹(ES)細胞を用いた相同組換えにより、ベクターを組み込んだマウス個体(NMDA/loxPマウス)を作成した。この状態では、絶えず正常配列エクソンのみを選択させることが可能であるが、正常配列エクソンを欠失させると変異配列エクソンが利用され、転写産物に変異が導入される。正常配列エクソンを欠失させる方法としてCre-loxPシステムを利用する。
(2) 特定細胞におけるアミノ酸置換の導入: Nestinプロモーターの発現調節により神経細胞でCreを発現するトランスジェニックマウス(Creマウス)とNMDA/loxPマウスを掛け合わせ、NMDA/loxP-Creマウスを得て、神経細胞特異的にNMDA受容体のアミノ酸置換を導入した。また、小脳特異的あるいは、ドーパミン神経特異的にアミノ酸置換を誘導するため、小脳特異的あるいは、ドーパミン神経特異的にCre recombinaseを発現するトランスジェニックマウスを用意している。
(3) 電気生理実験によるNMDA受容体の機能解析: 真鍋俊也教授(神戸大学医学部)の指導を得て、スライスパッチクランプ法及び細胞外電位記録法を用いて海馬CA1領域の錐体細胞におけるNMDA受容体機能の変化と神経可塑性を解析した。
(4) 特定時期に誘導的に変異を導入するシステムの開発 : マウスの発達の目的の時期に薬物投与などにより、誘導的にCre recombinaseを発現させ、Cre-loxPによる変異の導入をおこなうため、タモキシフェンをリガンドとするタモキシフェン受容体のシステムを用いてトランスジェニックマウスを作成し、特定時期における変異誘導系を作成している。
(5) 精神疾患・神経疾患の病態モデルマウス作成への応用: 我々の開発した新しいアミノ酸置換法をGABA受容体とドーパミン受容体に応用し、分子の機能ドメインにアミノ酸置換を導入する変異マウスの作成をすすめている。
(倫理面への配慮)本研究のすべての動物実験はマウス個体を対象とし実験実施場所が定める「動物実験に関する倫理指針」にもとづき行われた。
結果と考察
(1)アミノ酸の変異や、部分欠損、部分増幅を導入する方法の開発: RNAスプライシングの機構とCre recombinase-loxP組換えシステムを応用して、我々独自のアミノ酸配列変換のシステムを開発した。本方法により作成したNMDA受容体epsilon1サブユニット改変(NMDA/loxP)マウスはCreの作用する前は、ホモ接合体であっても、成長・繁殖は野生型と変わらず、運動異常などを示さなかった。NMDA/loxPマウス脳のmRNAを調べたところ、NMDA受容体epsilon1サブユニットの正常配列エクソンが発現していた。 Nestinプロモーターにより神経細胞にCre recombinaseが発現するトランスジェニックマウス(Creマウス)と掛け合わせ、NMDA/loxP-Creマウスを作成し、マウスの各臓器における変異導入の様式をサザンブロット、PCR法により調べたところ、脳及び脊髄で組換えが起こっていた。脳の各部位での組換えを調べると効率の差はあるが、神経細胞で広く組換えが起っていることが明らかとなった。さらに、NMDA受容体epsilon1遺伝子mRNAを調べたところ、変異配列が利用されており、アミノ酸置換が示唆された。このNMDA/loxP-Creマウスは、ほぼ全例が生後2週頃から発育不全と運動機能異常を示し、NMDA受容体にCaイオン透過性を上昇させるアミノ酸置換による神経細胞活動性異常が示唆された。NMDA/loxP-Creマウスの脳の光顕レベルでの形態学的観察では、明らかな構造変化は見られなかった。また、小脳特異的にCre recombinaseを発現するマウス、ドーパミン神経特異的にCre recombinaseを発現するマウスを用意しており、それぞれNMDA/loxPマウスとの掛け合わせにより特定細胞でのアミノ酸置換を行い、特定場面での機能変化を解析する。
(2) 電気生理実験によるNMDA受容体の機能解析: マウス脳スライスパッチクランプ実験により、海馬CA1領域の錐体細胞のNMDA受容体の機能を解析したところ、NMDA受容体の機能の中核である、MgブロックによるCaイオン透過性の調節機構が変換されていた。また細胞外電位記録法による実験では、神経可塑性の指標として解析される長期増強現象(LTP)においても変化が見られた。本システムによる変異導入が成功していることが示された。我々のNMDA/lox-Creマウスによって、個体における解析が可能となった。NMDA受容体機能の中核であるMgブロックの解除によるCaイオンの過剰な流入は、神経細胞死の初期過程の機構と考えられており、病態の理解に有用である。また、LTP現象の機構を理解するうえでも、NMDA受容体のアミノ酸置換によるMgブロック機能の解除とCaイオンの流入による効果を解析することは重要な知見をもたらす。
(3) 精神疾患・神経疾患の病態モデルマウス作成への応用: 「てんかん」の病態を理解すること及び治療法開発に有用な基礎データを得ることにふさわしいモデルマウスを作成するため、我々の開発した新しいシステムをGABA受容体に応用し、機能変換を導入するマウスを作成している。
「パーキンソン病」のモデルマウスを作成する目的で、中脳黒質ドーパミン神経特異的に変異を導入できるマウスを作成する。Cre recombinaseを発現させるため、チロシン水酸化酵素遺伝子プロモーターを用いてCre recombinase発現ベクターを構築し、6系統のトランスジェニックマウスを作成した。次いでこのマウスとCre recombinaseの機能をアッセイするレポ-ターマウスの掛け合わせをおこない、Cre recombinaseの発現細胞の同定をおこなっている。 あわせて、我々のシステムを用いて黒質-線条体神経回路の神経伝達の機能分子である、ドーパミン受容体の機能変換マウスの作成をおこなっている。
(4)今後の展望: これまでに完成させた新しい発生工学システムは、対象分子の特定のアミノ酸置換を特定場面で導入することに有用である。さらに今後は、ヒト疾患の原因遺伝子の解析で明らかになってきた、一つの遺伝子座に見られる多数の変異を効率的にマウス個体に導入し、遺伝子の変異と表現型の関連を解析することのできる発生工学システムの開発へ発展させてゆきたい。
結論
個体を実験の場とした遺伝子機能解析方法として、並びに疾患モデルマウスの作成法としてマウス発生工学技術は、近年急速に発展した。本研究では、現在の発生工学技術の問題点にブレイクスルーをはかるため、マウス個体の「目的とする組織や発生段階で、対象分子にアミノ酸の変異・部分欠損・部分増幅を導入する新たなシステム」を開発した。本システムを用いて目的の細胞でNMDA受容体の特定機能を変えるアミノ酸置換を導入したマウスが得られ、対象分子の機能変化をマウス個体で詳細に解析することが可能となった。さらに、このシステムは精神疾患および神経疾患の病態理解にふさわしい新たなモデルマウスの作成に応用可能で、研究基盤の高度化に貢献できるものである。

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