ヒトゲノム解析法にもとづく難治性疾患原因遺伝子の解明

文献情報

文献番号
199900349A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトゲノム解析法にもとづく難治性疾患原因遺伝子の解明
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
中村 祐輔(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター)
研究分担者(所属機関)
  • 能勢眞人(愛媛大学)
  • 新川詔夫(長崎大学)
  • 田野保雄(大阪大学)
  • 二瓶宏(東京女子医科大学)
  • 福嶋義光(信州大学)
  • 山本一彦(東京大学)
  • 天野 殖(京都大学医療技術短期大学)
  • 名川弘一(東京大学)
  • 白澤専二(九州大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
150,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成11年度の目標・目的:中村(東大)は後縦靭帯骨化症についてはttwマウスにリン酸を高濃度に含む食餌を与え生ずる、急速な全身の靭帯・軟骨などの骨化のプロセスに関与する遺伝子をスクリーニングして骨化に関与する遺伝子群の単離と病態との関連の解明を目指す。アトピー性皮膚炎モデルを利用してアレルギー性皮膚炎のクローニングを目指す。中村・名川(東大)は潰瘍性大腸炎・クローン病の候補遺伝子は患者とコントロール群においてMUC3タンパクのアミノ酸の繰り返しの数が違い、それによって蛋白の構造に変化を来すことが発症と関連すると推測されているので、この遺伝子構造の違いについて詳細に検討を加える。また、複数の遺伝子が関与していると推測されるため、連鎖解析により他の遺伝子の局在を明らかにする。田野(阪大)は、膠様滴状角膜変性症についての遺伝子異常を明らかにし、モデルマウスの樹立と病態解明を行い、モデルが樹立されれば点眼薬を用いた遺伝子治療などの可能性について検討する。天野(滋賀医大)はラットモデルを用いて側頭葉てんかん、能勢(愛媛大医)はマウスモデルを用いて血管炎症候群の疾患原因遺伝子の染色体部位を限局化しており、その領域内に存在する遺伝子の単離と遺伝子異常の検索を行う。白澤(九大医)はGraves病、新川(長崎大医)は常染色体優性の白内障、発作性運動誘発性コレオアテトーシスの原因遺伝子の限局化を目指す。二瓶(東京女子医)はIgA腎症の症例について多型性マーカーによるアソシエーション解析をすすめ、原因遺伝子の染色体局在を明らかにする。
研究方法
結果と考察
(1)中村は後縦靭帯骨化症モデルマウスttwの原因遺伝子がヌクレオチドピロフォスファターゼ(NPPS) (軟部組織の骨代謝に関係する酵素)遺伝子であることを明らかにした。本年度は、このttwマウスの食餌中のリン酸量を増大すると急速に(3ー4週間で)全身の軟骨・靭帯の骨化の進展することを利用し、骨化過程で遺伝子発現が大きく変化する5種類の遺伝子を同定した。また、NOAマウスを利用した連鎖解析から、マウス皮膚炎発症に関与する主要遺伝子が第14染色体上に存在することを明らかにした。さらに、この部位位に存在している遺伝子情報をもとに、候補遺伝子アプローチ法を試み、細胞死に関与する遺伝子の一つのエクソンがジーンコンバージョンによって他の遺伝子のエクソンに置き換えられていることが原因となっていることを突き止めた。おそらく、この遺伝子変異によってマウスマスト細胞の寿命が延長することが、異常なアレルギー反応の原因となっていると考察された。
(2)名川は、42組のクローン病同胞発症例解析を行い、第7・8・10・12染色体上の領域において感受性遺伝子との連鎖を示す結果を得た。これらのうち第8染色体上の領域との連鎖は白人におけるクローン病解析研究では確認されておらず、日本人においてのみ重要な役割を果たす感受性遺伝子が存在する可能性が示唆された。第7、10、12染色体上の領域は現在までの欧米での報告と一致し、人種を越えて、これらの染色体に感受性遺伝子の存在することが確定的となった。
(3)田野らは、日本人近親婚家系における膠様滴状角膜変性症患者を対象としてホモ接合性マッピングを行い、この疾患の原因遺伝子座を第1番染色体短腕に限定し、また、認められた連鎖不平衡の解析によりさらにごく狭い領域に限局化することに成功した。続いて、この領域のゲノムコンティグを作成し、その全塩基配列を決定し、その情報をもとに幾つかの候補遺伝子を単離した。そのうちの一つ、消化管腫瘍関連抗原をコードするM1S1遺伝子において患者に特有な3つのナンセンス変異及び1つのフレームシフト変異を同定した。日本人患者すべてがこれらの変異のホモ接合体もしくは複合ヘテロ接合体であった。また、正常日本人対象100人においてはこれらの変異を認めなかった。この結果より我々はM1S1が膠様滴状角膜変性症の原因遺伝子であるとの結論に達した。
(4)新川は、連鎖解析およびFISH法によって5種の未知遺伝病座の染色体局在を決定した。発作性運動誘発性コレオアテトーシス(PKC)座は16p11.2-q12.1、先天性後極性白内障座は20p12-q12、Engelmann病(ED)座は19q13.1- q13.3、先天盲座を10q21、Sotos症候群座を5q35にマップした。
(5)能勢は、血管炎、腎炎、関節炎、唾液腺炎など、複雑な病像を発症する膠原病のモデルマウスMRL/lprのゲノム解析を通じて、以下の膠原病感受性遺伝子座の特性を明らかにした。(あ)相加性・階層性・臓器特異性:各病像の感受性遺伝子座は、それぞれ互いに異なる複数の遺伝子座群に支配されてた。(い)候補遺伝子の多型とその機能的差異:腎炎の候補遺伝子のひとつとしてオステオポンティン (OPN/Eta-1)を、腎炎および血管炎が共有する候補遺伝子としてCD72を得た。これらは機能的差異を生じ得る遺伝子多型を有し、合成したOPN蛋白多型間で、培養系でのB 細胞の分化活性化能に顕著な差を認めた。
(6)山本は、慢性関節リウマチの関連・原因候補遺伝子50種類について、SNPのスクリーニングを行い、約600塩基に一つの割り合いでSNPが存在することを示した。分布頻度はcoding 領域1に対し、non-coding 領域2程度であった。これらのSNPを利用してアソシエーション解析を行った結果、サイトカイン遺伝子のひとつのSNPが強い相関を示し、この遺伝子が慢性関節リウマチの発症に関与する可能性を示した。
(7)天野は、遺伝性てんかんラット(IER)にみられる白内障、てんかん発作、海馬微少神経形成異常の責任遺伝子座の染色体マッピングを行った。白内障遺伝子は第8番染色体並びに 第15番染色体上に、微少形成異常遺伝子は第8番色体上にマッピングされた。
(8)白澤は、自己免疫性甲状腺疾患(Auto- immune Thyroid Disease: AITD)感受性遺伝子座を同定するために、Graves病(GD)、橋本病(HT)の罹患同胞対(ASP)102家系102組(GD-GD、68組;GD-HT、19組;HT-HT、15組)を収集し、約400個のDNAマーカーを用いた全ゲノムスキャンを行った。サイトカイン等の免疫関連遺伝子が多数存在する5q31領域のD5436でMultipoint Lod Score(MLS)が3.04を示した。これ以外では、染色体1、5、8、9、10、12、14、15、22番の合計12個の領域でMLSが1以上を示した。さらに、8番染色体では、HTのASP15組においてMLSが2.25-2.40を示した。これらの結果により、AITDに複数の共通の遺伝子が存在すること、およびGD、HTそれぞれに特異的な遺伝子が関与することが示唆された。
(9)二瓶は、慢性腎不全の原因疾患として最も頻度が高い IgA 腎症に焦点をあて、その発症要因、増悪因子および背景にある遺伝子的要因を検索するため、メサンギウム細胞の増殖性と関連のありそうな p27Kip1 遺伝子多型との関連性を検討したが、有意な結果は見い出せなかった。
(10)福嶋は、ヒトゲノム解析研究における細胞バンクの設立に向け,細胞株樹立率を向上させるための技術開発,インフォームドコンセントおよび臨床医・研究者間のルール作りを行い,この方法にしたがって,ヒトゲノム解析に有用な約1000例の細胞株を樹立・保存した。特に疾患に関連した染色体均衡型構造異常症例の細胞株は重要であり,いくつかの疾患において構造異常の切断点の情報からポジショナルクローニングが行われた。
結論
ttwマウスに対するリン酸負荷により急速におこる異所性骨化と長管骨の骨粗鬆症様の変化の病態解析を通して、5つの新規遺伝子を同定したことにより、異所性骨化のみならず、骨粗鬆症の発症に関与する仕組みが明らかとなり、後縦靭帯骨化症などの異所性骨化の症状進行を抑制する薬剤・食餌などを検討することが可能となる。膠様滴状角膜変性症については、動物モデルの作製により、それらを利用した病態解析や点眼薬による(遺伝子治療等も含めた)治療法の開発を進めることができるものと期待される。アレルギー性皮膚炎や自己免疫性甲状腺疾患については発症の手がかりとなる要因が明らかとなったため、発症の仕組みの解明が進むものと期待される。

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