老化、癌化におけるDNA修復の役割に関する研究

文献情報

文献番号
199900348A
報告書区分
総括
研究課題名
老化、癌化におけるDNA修復の役割に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
田中 亀代次(大阪大学細胞生体工学センター)
研究分担者(所属機関)
  • 北村幸彦(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 畠中寛(大阪大学蛋白質研究所)
  • 堀尾武(関西医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
色素性乾皮症(xeroderma pigmentosum; XP)は、ヌクレオチド除去修復(nucleotide excision repair; NER)機構に異常を持つヒト遺伝疾患で、日光紫外線 (UV) による高頻度皮膚癌発生と、種々の精神神経症状を臨床的特徴とする。XPにはAからG群(XP-A - XP-G)とバリアント (XP-V) の8つの遺伝的相補性群が存在し、XPA(A群XP)、XPB、XPC、XPD、XPF、XPG、XPV遺伝子が既にクローニングされ、NERの分子機構の解明が急速に進展している。一方、NERは転写機構と密接な関連を持ち、転写鎖上のDNA損傷は非転写鎖上のそれよりも早く修復される機構が存在し、「転写と共役したヌクレオチド除去修復」 (transcrition-coupled NER; TC-NER) と呼ばれる。転写鎖以外の損傷はゆっくりと修復され、「ゲノム全体の修復」(global genome NER; GG-NER)と呼ばれる。コケイン症候群(Cockayne syndrome; CS)は、悪液質性瘰痩、知能低下、種々の早期老化徴候などを示すヒト遺伝疾患である。CS細胞はUVに高感受性を示し、TC-NER機構が選択的に欠損していることが解っている。CSにはAとB群の2つの遺伝的相補性群 (CS-AとCS-B) が存在し、CSA (A群CS) 、CSB遺伝子が既にクローニングされている。他方、XP-CではTC-NER機構は正常だが、GG-NER機構が特異的に欠損している。本研究では、1)我々が発見した新規蛋白質で、XPA、CSA、CSB、RNA polymerase IIと結合し、TC-NERと転写機構に関与するXAB2 (XPA-binding protein 2) の機能の解明を進め、TC-NERの分子機構およびその異常による分子病態の解明を研究目的とした。また、2)XPA欠損マウスやCSB欠損マウスを用いて、UVによる高頻度皮膚発癌の分子機構の解明、神経学的異常の分子病態の解析をもう一つの研究目的とした。
研究方法
1)酵母Two Hybrid Systemを用いた、XPA蛋白質と結合する新規蛋白質XAB2の遺伝子クローニングは、pGBT9-XPA をbaitにして、pGADGH-HeLa cDNA library をスクリーニングすることにより行った。2)XAB2とCSA、CSBの免疫共沈降実験には、heamagglutinin (HA)-tagを持つCSAあるいはCSB cDNAを発現させたCS-AおよびCS-B細胞を用いた。これらの細胞抽出液を抗HA抗体で免疫沈降し、その沈降物中にXAB2が含まれるかを、抗XAB2抗体を用いたウエスタンブロット法で確かめた。XAB2とRNA polymerase IIとの免疫共沈降では、RNA polymerase II最大サブユニットに対するモノクローナル抗体を用いた。3)XAB2蛋白質の機能解析は、抗XAB2血清を生きた正常ヒト線維芽細胞の細胞質にマイクロインジェクションし、24時間後に紫外線照射し、不定期DNA合成や紫外線照射後のRNA合成の回復に影響があるか否かをオートラジオグラフィー法を用いて行った。4)XPA欠損マウスの紫外線照射により発生した皮膚癌より皮膚癌細胞株5つを樹立し、それらのDNA修復能や細胞周期チェックポイント能の解析を行った。
5)XPA欠損マウス皮膚発癌に関与する遺伝子の同定は、吉川らのRLGS解析法(Biochem. Biophys. Res. Comm., 196, 1566-1572, 1993)により行った。6)XPA/CSB欠損マウスの神経学的解析には、生後8日と14日齢のXPA/CSB欠損マウス脳を摘出し、4%パラホルムアルデヒド溶液で固定した後、厚さ10μmの切片を作成した。これらをNissle染色、抗カルビンデイン染色により解析した。アポトーシス細胞はTUNEL法により検出した。細胞増殖能はマウス腹腔内BrdUラベリングを行った後、抗BrdU抗体を用いて染色を行った。7)XPA欠損マウスにおける紫外線照射後のプロスタグランジン測定はenzyme immunoassayで行い、プロスタグランジン合成酵素との関連は、COX-1、COX-2、cytosolic phospholipase A2遺伝子の発現をRT-PCR法で解析することにより行った。8)倫理面での配慮:本研究で使用するヒト細胞は細胞バンク等より入手したが、これらの細胞は、診断と研究のために使用するというinformed consentのもとで生検されたものであり、本研究で使用することに倫理的問題はない。
結果と考察
研究結果及び考察=1)新規蛋白質XAB2は、色素性乾皮症A群(XPA)、コケイン症候群A、B群(CSA、CSB)蛋白質、RNA polymerase IIとも結合し、転写と共役したヌクレオチド除去修復機構に関与する可能性を示唆した。2)XAB2蛋白質は蛋白質複合体を形成する。XAB2複合体の精製を行い、少なくとも10個以上の蛋白質がXAB2複合体に含まれ、それらのアミノ酸配列を決定し、当該遺伝子を同定した。3)マウスXAB2遺伝子の構造を明かにした後、XAB2遺伝子のノックアウトは胎児致死をもたらすことを明かにした。4)コケイン症候群と類似の症状を示すcerebro-oculo-facio-skeletal (COFS) 症候群患者細胞よりXAB2cDNAを増幅し、direct sequencingしたが、変異は見つからなかった。5)XPA遺伝子を欠損させたマウスにできた皮膚癌より、5つの皮膚癌細胞株を樹立した。これらの皮膚癌細胞株は、UV照射後の細胞周期チェックポイント機構、ミスマッチ修復活性が低下していることを見つけた。ついで、XPA/MSH2ダブル欠損マウスを作成することにより、ミスマッチ修復蛋白質がUV照射後の細胞周期チェックポイント機構及び細胞死に関与していることを確認した。6)RLGS (restriction landmark genomic scanning) 法により、XPA欠損マウスのUV皮膚発癌に関与する遺伝子をスクリーニングし、Dermo-1遺伝子が皮膚癌細胞で高発現しているのに対し、正常皮膚上皮では発現が認められなかった。7)大腸菌リボソームの小サブユニット蛋白質をコードする遺伝子(rpsL遺伝子)を導入したトランスジェニックマウスとXPA欠損マウスを交配し、紫外線照射後のXPA欠損マウス皮膚上皮におけるrpsL遺伝子上の突然変異を調べた。その結果、非常に低線量の紫外線照射でもXPA欠損マウスでは紫外線照射に特異的な変異が導入されることを明かにした。8)XPA或はCSB単独欠損マウスは特に著明な神経学的異常をしめさないのに対して、XPA/CSBダブル欠損マウスは生後3~4週で死に、小脳外顆粒層においてneuroblastの減少及びアポトーシスの亢進、Purkinje細胞の形成異常が認められた。このことは、XPA或はCSB蛋白質は、ヌクレオチド除去修復能以外に重要な相補的機能を持つことを示唆する。9)XPA欠損マウスでは紫外線照射により細胞性免疫能とNK細胞能が著明に抑制され、これらの免疫学的障害にprostaglandin E2が関与することを示した。10)以上の結果は、世界中の多くの研究室がその解明を競っているTC-NER機構のみならず、新規の生命現象の解明に貢献する可能性を持つ。他方、XPA欠損マウスにおけるUV皮膚発癌の解析において、ミスマッチ修復蛋白質がUV誘発細胞周期チェックポイント、Dermo1遺伝子がそのupregulationによるアポトーシス抑制機構に関与していることを示唆した。これらは、UV皮膚発癌の機構解明に貢献する可能性を持つ。また、XPA欠損マウスにおける紫外線炎症と免疫抑制の著明な増強には紫外線によるCOX-2発現の誘導に伴うプロスタグランジンE2産生の促進が関与することが強く示唆された。そして、XPA/CSB欠損マウスにおける神経学的解析の結
果は、色素性乾皮症やコケイン症候群の患者で見られる神経症状が、神経系の発達過程における形態形成に異常が生じた結果引き起こされている可能性を示すものである。これまで考えられてきた「長期的な DNA 傷害の蓄積が早期老化を促進し、神経細胞の損傷および細胞死をともなう神経症状の引き金になる」という仮説に対して一石を投じる重要な知見である。
結論
我々が発見した新規蛋白質で、XPA、CSA、CSB、RNA polymerase IIと結合し、TC-NERと転写機構に関与するXAB2 の機能の解明を進めた。また、XPA欠損マウスを用いて、UVによる高頻度皮膚発癌の分子機構を解析した。

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