ゲノムの構造ならびにメチル化領域の解明による疾病関連遺伝子の同定

文献情報

文献番号
199900347A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノムの構造ならびにメチル化領域の解明による疾病関連遺伝子の同定
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
関谷 剛男(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 大木操(国立がんセンター研究所)
  • 横田淳(国立がんセンター研究所)
  • 牛島俊和(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
90,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子異常を原因とするヒト疾患の理解、診療に有用な情報を得ることは、健康科学の緊急かつ最重要の課題である。ヒトゲノムプロジェクトによる各染色体の全塩基配列決定が進行しているが、既知の疾病原因遺伝子、あるいは、疾病関連遺伝子の数はまだまだ限られ、種々の技術で検出されるゲノム上の異常部位に該当する候補遺伝子を見いだすことは、依然として難しい状況にある。本研究は疾病関連遺伝子の同定を二つの方向から行うことを目的とする。第一はゲノム異常を検出した染色体領域について、物理的地図の情報を基盤に該当する疾病関連遺伝子の単離、同定、第二は疾患のエピジェネティックな原因として、遺伝子発現の異常をもたらすゲノム上のCpGアイランドのメチル化の異常を示す遺伝子の同定を行うことである。
研究方法
独自に開発したDNA解析技術を駆使し、また、新技術の開発を行うことにより、以下の解析を分担、実施した。
(1)肺非小細胞がんDNAの染色体欠失領域解析で、11q23にその存在が示唆されたがん抑制遺伝子を、該当領域を含むYACクローン等の導入によるヒトがん細胞組織培養株のヌードマウスでの造腫瘍能の抑制を指標に突き止める。(2)AP-PCRフィンガープリンティングでヒトがんDNAを解析し、検出した異常DNA断片をプローブとして、ラジエーションハイブリッド解析を行い、疾病関連遺伝子を同定する。また、DNAマーカーのPCR解析、FISH法、パルスフィールド電気泳動法による染色体解析で異常を検出する。(3)染色体転座t(9;11) (q21;q23)を持つ精神発達遅滞症患者の培養細胞株JHGP56を対象に、転座部位周辺に原因候補遺伝子を探索する。(4)胃粘膜細胞の分化異常である腸上皮化生におけるDNAメチル化異常を、ヒト胃手術材料に関しMS-RDA法で検索する。(5)メチル化DNA断片をアフィニティーカラムクロマトグラフィーで分画、クローン化したのち、CpGアイランド由来のDNA断片を同定するために開発したSPM法を用いて該当DNA断片を検出し、インプリンティングによるメチル化や、がんで特異的にメチル化されているCpGアイランドを持つ遺伝子を網羅的に単離する。
手術検体は、臨床検査時、治療方針決定のための病理学的検索時に採取された組織の残りを使用する。検体はコード化され、DNA解析の結果が患者に不利益とならないように配慮する。新たに検体の採取が必要な場合には、被験者に説明してその同意を得る。胚細胞突然変異の解析が必要な症例に関しては、施設倫理委員会で研究計画の承認を受け、被験者に対する説明を行いその同意を得る。
結果と考察
(1)ヒト肺非小細胞がんにの11q23欠失領域に対応するDNAを持つYACクローン中の1個が、ヒト肺がん細胞株への導入でこの細胞の造腫瘍能を抑制し、がん抑制遺伝子の存在を示唆した。含まれるDNAを断片化したYACクローンの抑制活性を指標に、存在領域を狭め、候補遺伝子IGSF4/ TSLC1遺伝子を同定し、そのcDNAが造腫瘍能抑制活性を示すことを明らかにした。(2)AP-PCRフィンガープリント法で検出した異常DNA断片をプローブとした、ラジエーションハイブリッド解析により、肺がんにおける10q24-q25領域の欠失、縦隔繊維肉腫におけるMDM2遺伝子の増幅、神経膠芽腫におけるサイクリンD3遺伝子の増幅を見いだした。また、マーカーDNAのPCR解析で、肺がん細胞株における染色体9p21領域の両相同染色体完全欠失部位として、p16がん抑制遺伝子を含む部位のほかに、3メガ塩基対近位側にも欠失部位を見いだし、別のがん抑制遺伝子の存在を明らかにした。さらに、FISHおよびパルスフィールド電気泳動解析で、急性骨髄性白血病細胞株Kausmi-3で染色体7q35に位置するT cell receptoer-beta遺伝子のV-beta領域が3q26部位のEvi1遺伝子の上流で融合していることを明らかにし、この遺伝子の活性化に関与していることを明らかにした。(3)精神発達遅滞患者培養細胞株JHGP56におけるt(9;11)(q21;q23に)転座で、11q23.3に位置するMLL遺伝子の近辺1メガ塩基対領域には転座点をまたぐ遺伝子はなく、染色体9q21側に1.5メガ塩基対の欠失が起こっていることを明らかにした。この領域には、ショウジョウバエの神経発達、体節形成期に機能する転写因子の遺伝子に対応するヒト遺伝子が存在することを突き止めた。(4)MS-RDA法による胃腺管DNAの解析で、正常では胃底腺でメチル化、幽門腺で脱メチル化されているDNAが、胃底腺での腸上皮化生の発生に伴い、脱メチル化されるDNA断片を7個、影響されないDNA断片を6個、正常の胃底腺ならびに幽門腺ではメチル化されているが、腸上皮化生の発生で脱メチル化されるDNA断片を4個、無作為にメチル化されるもの1個の合計18個のDNA断片を得た。胃底腺での腸上皮化生で脱メチル化されるDNA断片の1個は、interrin遺伝子の一つのイントロン1に由来し、この遺伝子の異常発現との関連を明らかにした。また、bHLH型転写因子のイントロン2に由来するDNA断片は、正常幽門腺での脱メチル化が、腸上皮化生の発生でメチル化され、発現が上昇することを見いだした。(5)肺非小細胞がんで高度にメチル化されているDNA断片をメチル化DNA結合カラムクロマトグラフィーで分画し、DNAライブラリー作成した。含まれるクローンをSPM解析し、種々のがん関連遺伝子、インプリンティング遺伝子のCpGアイランドに由来するDNA断片を多数単離した。その結果、肺がん細胞では、インプリント遺伝子に由来するメチル化CpGアイランドが800個、がん化に伴いメチル化されるアイランドが100個存在することを明らかにした。
D. 考察
ヘテロ接合性消失の解析ではがん抑制遺伝子の存在領域を示唆できるが、遺伝子単離が可能な領域までに絞り込むことができない。DNA断片の持つ生物学的活性を指標に該当する候補遺伝子を単離できたことは、多数の未同定がん抑制遺伝子の単離を可能にすると考える。 
AP-PCRフィンガープリント法とラジエーションハイブリッド解析との組み合わせで、ゲノム上の無作為位置の異常を簡便に同定でき、標的となる遺伝子を設定することなしに、既知あるいは未知の異常遺伝子を特定できる。ゲノム上の遺伝子配列決定の進行に応じて、迅速なろ異常遺伝子の同定が可能になるアプローチと考える。
対象とした精神発達遅滞症における染色体転座では、それに付随した染色体領域の欠失が発症に関係していると考えられ、この領域に候補遺伝子として中枢神経系発生期の細胞の分化を決定づけるDNA非結合性転写因子の遺伝子が含まれることは示唆に富んでいる。
腸上非化生化に伴い、細胞間あるいは細胞外基質からの情報伝達に関与するintegrin遺伝子の一つで異常なDNA脱メチル化による発現上昇がみられたこと、また、bHLH型の転写因子遺伝子のイントロンのCpGアイランドにおけるメチル化が発現促進的に作用することを見いだしたことは、複数の遺伝子異常の集積が考えられる腸上非化生でDNAのメチル化異常が関与することを示唆する。
アフィニティークロマトグラフィーと新たに開発したCpGアイランド単離技術の組み合わせで、がんにおいてメチル化されているCpGアイランドの網羅的な単離が可能となったことは、塩基配列変化を伴なわない遺伝子異常の解明につながる。この高度にメチル化されたCpGアイランドを持つ遺伝子の網羅的な単離は、本プロジェクト独自の成果であり、これら遺伝子の全てを単離、同定することは日本の成果となると考えられ、国際的な貢献が極めて大きいと考える。
結論
染色体欠失領域に対応するDNAを含むクローンをヒトがん細胞株へ導入し、ヌードマウスで腫瘍を作れなくなることを指標にがん抑制遺伝子を単離できることを示した。AP-PCRフィンガープリント解析で検出した異常DNA断片をプローブとして、ラジエーションハイブリッドパネル解析を行うことにより、標的遺伝子を設定しないで既知、未知を問わずに異常遺伝子を検出できることを示した。t(9;11)(q21;q23)転座を持つ精神発達遅滞患者の細胞で、神経発生、体節形成期に細胞の分化決定を制御する転写抑制因子をコードすると考えられる遺伝子を含む9q21転座部位周辺の1.5 メガ塩基対領域の欠失を明らかにした。胃粘膜における腸上皮化生化に、DNAメチル化の変化によるintegrin遺伝子の一つ、また、bHLH型の転写因子遺伝子の発現変化が関連することを明らかにした。高度にメチル化されたDNA断片をMBDカラムクロマトグラフィーで網羅的に集めてライブラリーを作成し、CpGアイランドに由来する断片を単離するために開発したSPM法で解析することにより、肺組織でメチル化されているCpGアイランドが800個、細胞がん化に伴い特異的にメチル化さるCpGアイランドが100個存在することを明らかにし、その多くを単離した。

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