ヒト疾患関連遺伝子単離のための動物ゲノム解析に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900346A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト疾患関連遺伝子単離のための動物ゲノム解析に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
木南 凌(新潟大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 木南 凌(新潟大学医学部)
  • 中釜 斉(国立がんセンター研究所)
  • 米川 博通(東京都臨床医学総合研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疾患原因遺伝子の解析による病態の解明や診断法の開発は現在ヒトゲノム解析に負うところが大きい。しかし、モデル動物を用いた解析系も同時に重要である。本研究では単一因子性の聴覚障害を示すjs、ns変異、および複数因子が関与するがんを対象に動物ゲノム解析により原因遺伝子の探索、早期診断法の開発を行う。(1)劣性突然変異js、nsマウスはヒトの非症候群性の常染色体劣性難聴(DNFB)のモデルである。約2,000人に1人の頻度で出現するヒト聴覚障害新生児は難聴と共に深刻な言語障害を伴う。出生後早期の遺伝子診断が可能になれば、聴覚障害を持つ可能性のある新生児を対象に重点的な発音訓練を施すことにより、言語障害を軽減化することが可能となるはずである。(2)発がん関連遺伝子を探索したヒトゲノム解析は多大な貢献をもたらしてきたが、解析対象家系が現在限界に近づきつつある。そこで、今後は動物モデルの利用系が重要と考えられる。本研究ではリンパ腫感受性を示すBALB/cマウスを用い、染色体11、12、16番上の未知のがん抑制遺伝子の単離を行う。また、大腸がん感受性・抵抗性を示すF344およびBUFラットを利用し、発がん感受性遺伝子座を連鎖解析する。すなわち、ゲノム解析法による感受性遺伝子(群)の単離を目指す。これらの研究により疾患の遺伝的予防法の開発が期待される。
研究方法
①聴覚障害マウスの診断:生後三週齢で異常な頭部の上下運動、金属音への反応欠如がみられ、これにより診断する。形態学的には内耳の有毛細胞に異常所見がみられる。②js候補遺伝子の解析:通常の分子生物学的手法を用いた。③がん抑制遺伝子候補の検索と同定:先ず始めにLOH解析を行い、目的とする疾患関連遺伝子の存在する染色体領域を特定する。次に、YAC・BACなどを用い物理地図の作成を行い、その地図を用いて詳細なマッピングを行う。すなわち、100kbから200kbの範囲に限定する。塩基配列決定により、領域内に存在する候補遺伝子を検索する。最後に、変異をもつ遺伝子の同定を行う。そのための手段として通常の分子生物学的手法を用いた。④大腸癌感受性座のタイピング:戻し交配ラットにヘテロサイクリックアミン(PhIP)を400ppm投与し、異常腺窩(ACF)の誘発を観察する。遺伝子連鎖解析には、解析ソフトMapManager QTL ver 3.0b を用いる。
(倫理面への配慮) 実験動物の適切な取り扱い要綱に準拠し研究する。動物遺伝子からヒト疾患原因遺伝子に到達した場合、各施設の倫理委員会に審査検討をしていただく。
結果と考察
①js候補遺伝子の単離: js座をカバーする連結BACクローン群の解析からjs変異の有力候補、キネシン様遺伝子(DAK:Deafness Associated Kinesin)が発見された。このjs遺伝子については、DAK遺伝子を含むBAC全長のシークエンシングを行うことにより、cDNAおよびその遺伝子領域の解析を完了させた。DAK遺伝子は全長約35kbで、18個のエキソンから成り立ち、907個のアミノ酸をコードする。In situ ハイブリダイゼーションとDAK特異的抗体による免疫組織化学の結果、DAKは発生初期には耳胞に、成体になっては有毛細胞に強く、しかもミオシン7a蛋白と共発現していることが判明した。一方、ヒト染色体17q24-25領域に存在するヒトDAKは908個のアミノ酸からなることが分かった。最近、DAK遺伝子座近傍に優性形質のnon-syndromicな聴覚障害を持つ家系の存在が明らかとなった。DAK遺伝子とこの聴覚障害原因遺伝子座との関連性を、米国研究者と共同で検討している。
②ns候補遺伝子のマッピング: 新しい難聴モデルマウス・nsが得られたので、その交配と遺伝解析を行った。その結果、nsの原因遺伝子座を第10番染色体上のD10Mit59座とD10Mit258座の間、約2.67cM領域に限定し、同時に物理地図を作製した。この領域はヒト染色体座10q22に対応するが、まだヒト難聴がこの領域にあるとの報告はない。
③リンパ腫抑制遺伝子の単離:(1)Ikaros遺伝子の同定:11番染色体上の高頻度LOH領域近傍にマップされている候補遺伝子の検索を行い、Ikaros遺伝子を見い出した。この遺伝子の破壊マウス2種類の内1種類はリンパ腫を発症しやすいとの報告がある。そこで、205例のF1リンパ腫を対象に、両者の関連性を検討した。その結果、Ikaros遺伝子はLOHピークの中に存在し、9例にホモ欠失を検出することができた。一方、変異解析ではジンクフィンガードメインと活性化ドメインに塩基置換3例、フレームシフト変異6例を検出した。これらの結果から、放射線誘発マウス胸腺リンパ腫の形成においてIkaros遺伝子はがん抑制遺伝子として機能するということが強く示唆された。
(2)Rit1遺伝子の単離:12番染色体上の高頻度LOH領域(Tlsr4)のピークはD12Mit53座と D12Mit279座の間2.9cM(約4.5Mb)に存在する。更にTlsr4領域を限定するため、YAC・BACを用いてこの間をカバーする物理地図を作成した。BACクローンより新たに多型マーカーを作製し、詳細なLOH解析を施行したところ、Tlsr4は35kb領域内に存在することが判明した。そこで、Tlsr4領域を中心にBACクローン(180kb)のランダム配列決定を行い、得られた配列について逐次ホモロジーサーチ、エクソン予想を行った。得られたデータを総合した結果、一つの有力候補遺伝子の存在が示唆された。その想定エクソンはTlsr4領域近傍に存在し、しかもそのアミノ酸配列中にはIkaros類似の6つのジンクフィンガーモチーフがコードされていた。そこで、この遺伝子のcDNAを単離し配列を決定したところ、884アミノ酸からなる新規遺伝子であることが分かった。Ikaros遺伝子と同様に変異の検索を行うと、11例にホモ欠失を、2例にマイクロ欠損を、4例に塩基置換を検出することができた。これらの結果から、本遺伝子はがん抑制遺伝子として働くと考えられ、Rit1 (radiation-Induced tumor suppressor 1)と名付けた。Rit1蛋白はその構造特性からIkaros同様転写因子としての活性をもつと考えられるが、その確認実験を行う必要がある。
ヒトのRit1遺伝子およびIkaros遺伝子の配列をもとに、ヒトのがんでの関与の検討を始めている(共同研究)。対象は卵巣がん、膀胱がん、神経芽腫、T細胞白血病などである。
④ラット大腸がん感受性/抵抗性遺伝子座の同定:(1)加熱した魚肉食品中に含まれる発がん物質PhIPをラットに投与することにより誘発されるACF数を量的形質として、発がん感受性遺伝子の連鎖解析を行った。(F344xACI)F1xACI戻し交配ラット(1群170匹、2群120匹)を用いて、それぞれ独立した連鎖解析を行った結果、いずれの群においてもラット第16染色体のD16Rat40~D16Rat60間の約8 cMにF344系統の有する感受性遺伝子をマップできた (Lod値は5.2)。当該領域を有するコンジェニック(N5)ラットを作製し、そのACF誘発性の検討でも有意差を認めた(P<0.01)。以上の結果から、F344型の感受性遺伝子が第16染色体上の当該領域に存在することが証明された。
さらに、最終的に作成した700頭のN2ラットを用いて、第16染色体上の各遺伝子座におけるアレルタイプとACF誘発性の関連性について検討した。その結果、D16Wox7~D16Rat60間の約5cMのintervalに23頭中20頭のN2ラットがF344由来のアレルをヘテロで有していることが判り、D16Rat40~D16Rat60 (8cM)間の本領域に感受性遺伝子が存在する可能性が強く示唆された。(2)(BUFxACI) F1xBUF戻し交配ラット202頭のうち、ACF誘発数が1個以下と低感受性を示した35頭と、7個以上の高感受性を示した34頭を用いた暫定的なゲノムワイドの連鎖解析の結果、第6、第9および第11染色体の3カ所に抵抗性遺伝子座をマップした(ロッド値は3.0前後)。
ポジショナルクローニングに向けて、感受性抵・抗性遺伝子座を含むコンジェニックラットを完成させ、領域を1cM以下にまで狭める必要がある。
結論
①js聴覚障害関連遺伝子・DACキネシン遺伝子が単離された。対応するヒトDAKcDNAの全塩基配列を決定した。②リンパ腫発症に関与する2種類のがん抑制遺伝子候補が単離された。一つは第11染色体上の既知の遺伝子・Ikarosであり、もう一つは第12染色体上の新規の遺伝子・Rit1である。どちらの遺伝子もジンクフィンガーモチーフをもつ蛋白をコードする。③ラット大腸発がん感受性遺伝子座を第16染色体D16Rat40とD16Rat60の間約8cMの範囲に特定し、がん感受性遺伝子単離のための基礎が完成した。

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