造血幹細胞を用いる遺伝子治療技術の開発:遺伝子導入細胞の選択的増幅法に関する研究

文献情報

文献番号
199900344A
報告書区分
総括
研究課題名
造血幹細胞を用いる遺伝子治療技術の開発:遺伝子導入細胞の選択的増幅法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 護(株式会社ディナベック研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 久米 晃啓(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子治療の臨床効果を大幅に向上させる技術の開発をおこなう。具体的には遺伝子が導入された細胞を安全かつ容易な方法を用い、選択的に増殖させることにより治療効果を向上させるというものである。特に自己複製能と多分化能を有する造血幹細胞はこれまで様々な方法では、遺伝子導入効率が低く、その解決法が開発されつつあるが、治療効果が期待できるほど十分な遺伝子導入効率の向上には至っていない。われわれのアプローチである遺伝子導入細胞を選択的に増幅することは、結果として遺伝子導入効率を上げることと同等の効果をもたらすことになる。この造血幹細胞をターゲットとして選択的に増幅する遺伝子を「選択的増幅遺伝子」と名付けて、その開発をおこなっている。
研究方法
(1)mpl型選択的増幅遺伝子の開発:幹細胞/前駆細胞の増幅、分化に関与していることが最近明らかになっている巨核球刺激因子(TPO)受容体、c-mplの受容体のアイソフォームc-mplpの全長とエストロゲン受容体のエストロゲン結合部位(HBD)と融合させたキメラ分子、c-m plERの遺伝子を作製してきた。本年度はTPOとの反応性を削除する目的で、c-mplの細胞外領域に変異を入れた、6種類の変異体とG-CSFの反応性を削除したG-CSF受容体、ΔGCRの細胞膜外領域をmplの細胞膜外領域と置換した、ΔGCRmplERを作製した。これらをレトロウィルスベクターに搭載して、Ba/F3細胞株に導入、エストロゲン、TPO刺激による増殖昂進をMTS法にて検討した。(2)タモキシフェン特異的選択的増幅遺伝子:マウスエストロゲン受容体のGly525→Arg変異体(G525R変異体;タモキシフェン受容体)は合成ステロイドであるタモキシフェンに選択的に結合し、生理的濃度のエストロゲンには殆ど結合しない。そこで、この遺伝子を用いてGCRER、ΔGCRERのHBDをタモキシフェン結合ドメインに置き換えた融合タンパク質、(GCRTmR、ΔGCRTmR)遺伝子を構築した。さらに2遺伝子発現系としてバイシストロニックタイプにてレポーター遺伝子EGFPを搭載し、マウス骨髄細胞に導入し、種々の刺激下でコロニーアッセイを行いリガンド特異的な分化増幅を検討した。エストロゲン、およびタモキシフェンが増殖に及ぼす影響をXTT法にて検討した。(3)顆粒球分化に関わるシグナル伝達分子群の解析:昨年度開発したΔFGCRERはΔGCRERにくらべ、分化の刺激が減弱され、増殖優位に働くことを見いだした。そこで、この分子機構を知るためにマウス骨髄系前駆細胞株32Dを用い、ΔFGCRER、ΔGCRERを導入し、エストロゲンで刺激した際のJak1、Jak2、Stat3、Stat5の挙動を解析した。(4)カニクイザル造血幹細胞への遺伝子導入と自家移植系の確立:カニクイザルから骨髄血採取CD34陽性細胞選択、レトロウィルスを用いて、ΔFGCRER、ΔFGCRTmR遺伝子を導入し、エストロゲン、タモキシフェン存在下でコロニーアッセイを行った。さらに霊長類における遺伝子導入骨髄細胞の自家移植系を確立するため、骨髄血採取CD34陽性細胞選択後、EGFP遺伝子、ΔFGCRERを導入し、全身放射線照射(10Gy)輸注、ICU管理等を行った後、遺伝子導入効率等の解析を行った。
結果と考察
(1)mpl型選択的増幅遺伝子の開発: mplER遺伝子を導入したBa/F3細胞は、エストロゲンやTPOに反応して増殖した。これに対し、6種類の変異型mplER遺伝子を導入した細胞では、全てTPOに反応しなかっただけでなく、エストロゲンに対しても増殖性を示さなかった。一方ΔGCRmplER遺伝子を導入した細胞は、期待通り、TPOには反応性を見せず、エストロゲンにのみ反応して増殖した。以上のように、mpl型選択的増幅遺伝子も期待した通りの機能が確認された
ので、今後、GCR型選択的増幅遺伝子と比較をしていく予定である。(2)タモキシフェン特異的選択的増幅遺伝子:ΔFGCRTmR導入マウス骨髄前駆細胞はタモキシフェンに反応して複数のリニエージのコロニーを形成し、エストロゲン刺激には全く反応しなかった。また、バイシストロニックベクターとして、EGFP遺伝子を同時に導入した前駆細胞からタモキシフェン刺激によって出現したコロニーはほぼ100%がEGFPを発現しており、この形のベクターにより治療用遺伝子を発現する血液細胞をタモキシフェン特異的に増幅しうることが示唆された。(3)顆粒球分化に関わるシグナル伝達分子群の解析: 32D細胞をG-CSFで刺激すると、内因性GCRおよびその下流のシグナル伝達分子であるJak1、Jak2、Stat3およびStat5は速やかにチロシン燐酸化された。32D細胞にΔGCRERまたはΔFGCRERを発現させてエストロゲンで刺激した場合は、Jak1、Jak2、Stat5は、どちらの選択的増幅遺伝子を導入した32Dでも燐酸化レベルに明らかな差はなかった。一方、Stat3の活性化には明らかな差があった。即ち、ΔFGCRERをエストロゲンで刺激したときのStat3のチロシン燐酸化レベルは、ΔGCRERを刺激したときに比べて顕著に低下しており、このときStat3と共沈するチロシン燐酸化蛋白質(分子種については未同定)も著明に減少していた。Y703F変異による顆粒球分化シグナルの減弱と、Stat3燐酸化レベルの低下との連関が示唆された。(4)カニクイザル造血幹細胞への遺伝子導入と自家移植系の確立:GCR型選択的増幅遺伝子ΔFGCRERあるいはΔFGCRTmRを導入したカニクイザルの造血系前駆細胞細胞はそれぞれE2あるいはTm刺激によってコロニーを形成した。これによってマウス由来のGCRを用い霊長類造血系細胞を増幅においても機能することが明らかになった。カニクイザル造血幹細胞の自家移植実験においては、移植後に無菌室管理・中心静脈栄養・輸血・抗生剤投与を必要としたが、死亡例なくおおむね安全に行なうことができた。また遺伝子標識したカニクイザル血液細胞の追跡実験については、これまでに移植後最長で9ヶ月間追跡した。経時的骨髄サンプリングにより算定した前駆細胞のプロウイルス陽性率は2-20%であった。選択的増幅遺伝子の前臨床研究では、カニクイザル骨髄前駆細胞に選択的増幅遺伝子を導入して移植したところ、遺伝子導入細胞の頻度を40%前後にまで上昇させ得た。さらにE2を含むペレットの皮下投与によりE2の血中濃度がin vitroで効果のある10-7Mまで上昇しうることを確認したので、体内でのE2刺激による遺伝子導入細胞の選択的増幅効果を確認中である。今後の成果は、ヒトの遺伝子治療技術の確立に直結する重要なステップであり、実用化に向けて大きな期待がもたれる。
結論
GCRに加えてc-mplを用いた選択的増幅遺伝子も加わり、さらにTmRを用いた特異性の高い選択的増幅遺伝子も開発された。一方、カニクイザルの造血幹細胞遺伝子導入、自家移植系を用いin vivoでの評価を開始した。ヒト造血幹細胞遺伝子治療に向けた選択的増幅遺伝子の実用化に向け結果が待たれるところである。

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