文献情報
文献番号
199900342A
報告書区分
総括
研究課題名
筋ジストロフィーに対する遺伝子治療に関する基礎的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
武田 伸一(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
- 山元 弘(大阪大学大学院)
- 埜中征哉(国立精神・神経センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
X染色体連鎖性劣性の遺伝形式をとり、重症の遺伝病であるDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)は、発症頻度が高いが、母体の卵細胞における突然変異が多いため、遺伝相談が必ずしも有効ではない。患者家族団体からの強い要請がある他、社会的にも遺伝子治療の実現が待ち望まれている。しかし、DMD の欠損蛋白ジストロフィンは膜関連細胞骨格蛋白であり、DMD で障害されている骨格筋および心筋は非分裂細胞から構成されている。従って、本疾患に対する遺伝子治療では、全身的に遺伝子を導入し、特定の組織まで遺伝子を誘導して導入産物を発現させ、しかも細胞内の構造の一部に取り込ませるか、或いは内在性の遺伝子発現を誘導する必要が出てくる。この治療は、非分裂細胞から成る神経組織に遺伝子を発現させることが必要な、中枢神経系の変性疾患に対する遺伝子治療のモデルとなりうる。
先天的に欠損している分子を遺伝子治療法によって生体内に発現させた場合、宿主の免疫系はそれを異物とみなし排除する方向に働く。遺伝子治療法は免疫学的反応を制御する方法が確立されてはじめて有効な治療法として定着する。そこで欠損遺伝子として_-ガラクトシダーゼ遺伝子や蛋白抗原を、また免疫反応を制御する因子としてサイトカイン遺伝子や免疫制御DNAを選び、免疫応答への効果を検討した。
筋ジストロフィーに対して遺伝子治療法を中心とする新たな治療法を開発するためには、モデル動物の研究を欠かすことができない。現在、mdx マウスが用いられているが、小型で横隔膜以外は進行性が目立たないために、治療モデルとしては限界がある。また、新たな治療のアイデアを得るためには、ジストロフィン複合体に含まれる分子について、遺伝子ターゲティングマウスを作製し、その病態を明らかにすることが、新たな着想に結びつくものと考えられる。
先天的に欠損している分子を遺伝子治療法によって生体内に発現させた場合、宿主の免疫系はそれを異物とみなし排除する方向に働く。遺伝子治療法は免疫学的反応を制御する方法が確立されてはじめて有効な治療法として定着する。そこで欠損遺伝子として_-ガラクトシダーゼ遺伝子や蛋白抗原を、また免疫反応を制御する因子としてサイトカイン遺伝子や免疫制御DNAを選び、免疫応答への効果を検討した。
筋ジストロフィーに対して遺伝子治療法を中心とする新たな治療法を開発するためには、モデル動物の研究を欠かすことができない。現在、mdx マウスが用いられているが、小型で横隔膜以外は進行性が目立たないために、治療モデルとしては限界がある。また、新たな治療のアイデアを得るためには、ジストロフィン複合体に含まれる分子について、遺伝子ターゲティングマウスを作製し、その病態を明らかにすることが、新たな着想に結びつくものと考えられる。
研究方法
1. 骨格筋への遺伝子導入法の確立(武田)
(1) ピッツバーグ大学の Dr.Xiao のグループとの共同研究により、lacZ遺伝子を組み込んだアデノ随伴ウイルス (AAV) ベクターを作製し、C57BL/10マウス(B10)、mdx マウス(mdx)、ミニ・ジストロフィンtransgenicマウス (CVBA) 前脛骨筋への導入を行ない、経時的な解析を行った。
(2) lacZ遺伝子を発現するアデノウイルスベクターAxCALacZ を新生児期 mdx の前脛骨筋に導入し、免疫組織染色にて浸潤細胞の検討を行った。次に、免疫抑制剤FK506、抗CD4抗体の前処置後に、AxCALacZを導入し、ユートロフィン発現増強の有無を検討した。更に、マウスのユートロフィン遺伝子について、5'RACE法を用いて未知の転写産物の有無を検討した。
2. 外来性遺伝子導入に対する免疫学的寛容の誘導(山元)
(1) 免疫応答を制御するとされるDNA(ISS)配列の効果を調べるために、蛋白抗原 (CriJ) を ISS と共にマウスに投与し、抗体価を計測した。
(2) 細胞性免疫を抑制するサイトカイン、IL4、IL10、並びに IL12p40 鎖 cDNA の発現プラスミドを、ISS 配列を含まないベクターとするため、ampR 遺伝子の代わりに tet R として組み替えた。
(3) 筋前駆細胞を特異的に認識する抗体を作成するために、マウス筋芽細胞C2/4 細胞株をラットに免疫して細胞融合し、C2/4 反応性でかつマウス正常細胞に反応しないモノクロナル抗体を選んだ。
3. 筋ジストロフィー治療モデル動物の開発 (埜中、武田)
(1) 筋ジストロフィー犬について、実験動物中央研究所及びCSKリサーチパークと協力して、我が国に筋ジストロフィー犬コロニーを設立するための準備を行った。
(2) _1-syntrophin ノックアウトマウスについて、_1-syntrophin と分子間連関するとされる機能分子の発現について、骨格筋、中枢神経系を中心に組織学的、生化学的に詳細に検討した。
(3) laminin _2 chain ノックアウトマウスの骨格筋に生ずる筋変性について、形態学的な検討を行った。
(1) ピッツバーグ大学の Dr.Xiao のグループとの共同研究により、lacZ遺伝子を組み込んだアデノ随伴ウイルス (AAV) ベクターを作製し、C57BL/10マウス(B10)、mdx マウス(mdx)、ミニ・ジストロフィンtransgenicマウス (CVBA) 前脛骨筋への導入を行ない、経時的な解析を行った。
(2) lacZ遺伝子を発現するアデノウイルスベクターAxCALacZ を新生児期 mdx の前脛骨筋に導入し、免疫組織染色にて浸潤細胞の検討を行った。次に、免疫抑制剤FK506、抗CD4抗体の前処置後に、AxCALacZを導入し、ユートロフィン発現増強の有無を検討した。更に、マウスのユートロフィン遺伝子について、5'RACE法を用いて未知の転写産物の有無を検討した。
2. 外来性遺伝子導入に対する免疫学的寛容の誘導(山元)
(1) 免疫応答を制御するとされるDNA(ISS)配列の効果を調べるために、蛋白抗原 (CriJ) を ISS と共にマウスに投与し、抗体価を計測した。
(2) 細胞性免疫を抑制するサイトカイン、IL4、IL10、並びに IL12p40 鎖 cDNA の発現プラスミドを、ISS 配列を含まないベクターとするため、ampR 遺伝子の代わりに tet R として組み替えた。
(3) 筋前駆細胞を特異的に認識する抗体を作成するために、マウス筋芽細胞C2/4 細胞株をラットに免疫して細胞融合し、C2/4 反応性でかつマウス正常細胞に反応しないモノクロナル抗体を選んだ。
3. 筋ジストロフィー治療モデル動物の開発 (埜中、武田)
(1) 筋ジストロフィー犬について、実験動物中央研究所及びCSKリサーチパークと協力して、我が国に筋ジストロフィー犬コロニーを設立するための準備を行った。
(2) _1-syntrophin ノックアウトマウスについて、_1-syntrophin と分子間連関するとされる機能分子の発現について、骨格筋、中枢神経系を中心に組織学的、生化学的に詳細に検討した。
(3) laminin _2 chain ノックアウトマウスの骨格筋に生ずる筋変性について、形態学的な検討を行った。
結果と考察
1.骨格筋への遺伝子導入法の確立
(1)B10骨格筋へのAAVベクターの導入では時間経過と共に_-gal陽性線維が増加し高い発現が維持されるのに対し、mdxでは導入遺伝子の導入1, 2週後の発現はB10に比べ低く、しかも、4週後に急速に低下した。ミニ・ジストロフィン遺伝子の発現により表現型の改善が見られる CVBAに対して遺伝子導入を行った結果、導入1, 2週後ではB10と同レベルの高い発現効率が得られたのに対し、導入4, 8週後になるとmdxと同様に _-galの発現が急速に減少した。
(2)新生児mdxの前脛骨筋にアデノウイルスベクターAxCALacZを導入し、ユートロフィンの発現増強を見い出した。免疫組織染色法を用いてユートロフィンの発現部位を検討したところ、CD4細胞、CD8細胞、マクロファージの浸潤が認められた。そこで、免疫抑制剤FK506、抗CD4抗体の投与をしたmdxにアデノウイルスベクター導入を行ったところ、ユートロフィンの発現増強が抑制されたことから、ユートロフィンの発現増強はアデノウイルスベクターの遺伝子産物に対する免疫反応が原因と考えられた。
(3)骨格筋におけるユートロフィン転写産物を5'RACE法にて検討したところ、既報のものとは異なる5' 端をもつ、2つの転写産物を見い出した。そのうちの一つは1999年12月にイギリスのグループから報告されたものと同一であったが、他の一つは全く未知の塩基配列を示していた。
2.外来性遺伝子導入に対する免疫学的寛容の誘導
(1)正常マウス筋肉内での lac-Z 遺伝子発現は、2週目で減弱する傾向が認められたが、IL10 もしくは IL12p40 鎖遺伝子発現ベクターを投与した時、_-gal 発現量は高値を示した。サイトカイン遺伝子発現ベクターの投与は、_-gal 発現を持続させる働きを有していたが、その有効期間が短いことが判った。ベクター中の ampR 遺伝子の中に存在する CpG(ISS) 配列が、サイトカイン機能と拮抗的に Th1 型免疫応答を増強していると考えられたので ampR 遺伝子の代わりに薬剤耐性遺伝子を tet R としたベクターを構築し、それに IL10 もしくは IL12p40 鎖遺伝子を組み替えたベクターを構築した。
(2)IL10、IL12p40 鎖遺伝子を組み込んだ新規発現ベクターを、マウス前脛骨筋内に投与し、同時に投与した外来性抗原(OVA)に対する抗体産生能について、検討を始めた。
(3)モノクロナル抗体を10種以上得た。クロン#155は、正常筋組織の一部の細胞、CTX処理後の後期(72 時間以降)の一部の細胞に、クロン#27-1は、正常筋組織の一部の細胞、および CTX 処理後の初期(24 時間以前)の一部の細胞に、クロン#157は、CTX 処理後の初期から中期(24-48 時間頃)の一部の細胞に反応性を示した。
3.筋ジストロフィー治療モデル動物の開発
(1)キャリア犬とビーグル犬の交配を進めた結果、F2世代の雄5頭のうち2頭がCXMD、雌3頭のうち1頭がキャリア犬と診断された。CXMDの内の1頭は娩出直後から無呼吸状態で、蘇生後も呼吸異常が続き、生後4時間で死亡した。
(2)Aquaporin-4は、本来_1-syntrophinの発現している骨格筋筋鞘及びAstrocyteのendfeetから欠損していた。本来 _1-syntrophinの発現していない肺、腎、胃上皮では、Aquaporin-4の発現は保たれていたことから、Aquaporin-4を膜にアンカーするための分子機構が複雑であることが明らかになった。
(3)laminin _2 chainノックアウトマウスの骨格筋では、生後9日から11日にかけて、筋形質膜の透過性の亢進が起こり、その結果として筋変性を生ずる。13日から、筋変性に引き続いて、筋再生を生ずるが、筋再生過程にある多くの細胞でアポトーシスを生じ、その結果として筋再生が途上で頓挫する。
(1)B10骨格筋へのAAVベクターの導入では時間経過と共に_-gal陽性線維が増加し高い発現が維持されるのに対し、mdxでは導入遺伝子の導入1, 2週後の発現はB10に比べ低く、しかも、4週後に急速に低下した。ミニ・ジストロフィン遺伝子の発現により表現型の改善が見られる CVBAに対して遺伝子導入を行った結果、導入1, 2週後ではB10と同レベルの高い発現効率が得られたのに対し、導入4, 8週後になるとmdxと同様に _-galの発現が急速に減少した。
(2)新生児mdxの前脛骨筋にアデノウイルスベクターAxCALacZを導入し、ユートロフィンの発現増強を見い出した。免疫組織染色法を用いてユートロフィンの発現部位を検討したところ、CD4細胞、CD8細胞、マクロファージの浸潤が認められた。そこで、免疫抑制剤FK506、抗CD4抗体の投与をしたmdxにアデノウイルスベクター導入を行ったところ、ユートロフィンの発現増強が抑制されたことから、ユートロフィンの発現増強はアデノウイルスベクターの遺伝子産物に対する免疫反応が原因と考えられた。
(3)骨格筋におけるユートロフィン転写産物を5'RACE法にて検討したところ、既報のものとは異なる5' 端をもつ、2つの転写産物を見い出した。そのうちの一つは1999年12月にイギリスのグループから報告されたものと同一であったが、他の一つは全く未知の塩基配列を示していた。
2.外来性遺伝子導入に対する免疫学的寛容の誘導
(1)正常マウス筋肉内での lac-Z 遺伝子発現は、2週目で減弱する傾向が認められたが、IL10 もしくは IL12p40 鎖遺伝子発現ベクターを投与した時、_-gal 発現量は高値を示した。サイトカイン遺伝子発現ベクターの投与は、_-gal 発現を持続させる働きを有していたが、その有効期間が短いことが判った。ベクター中の ampR 遺伝子の中に存在する CpG(ISS) 配列が、サイトカイン機能と拮抗的に Th1 型免疫応答を増強していると考えられたので ampR 遺伝子の代わりに薬剤耐性遺伝子を tet R としたベクターを構築し、それに IL10 もしくは IL12p40 鎖遺伝子を組み替えたベクターを構築した。
(2)IL10、IL12p40 鎖遺伝子を組み込んだ新規発現ベクターを、マウス前脛骨筋内に投与し、同時に投与した外来性抗原(OVA)に対する抗体産生能について、検討を始めた。
(3)モノクロナル抗体を10種以上得た。クロン#155は、正常筋組織の一部の細胞、CTX処理後の後期(72 時間以降)の一部の細胞に、クロン#27-1は、正常筋組織の一部の細胞、および CTX 処理後の初期(24 時間以前)の一部の細胞に、クロン#157は、CTX 処理後の初期から中期(24-48 時間頃)の一部の細胞に反応性を示した。
3.筋ジストロフィー治療モデル動物の開発
(1)キャリア犬とビーグル犬の交配を進めた結果、F2世代の雄5頭のうち2頭がCXMD、雌3頭のうち1頭がキャリア犬と診断された。CXMDの内の1頭は娩出直後から無呼吸状態で、蘇生後も呼吸異常が続き、生後4時間で死亡した。
(2)Aquaporin-4は、本来_1-syntrophinの発現している骨格筋筋鞘及びAstrocyteのendfeetから欠損していた。本来 _1-syntrophinの発現していない肺、腎、胃上皮では、Aquaporin-4の発現は保たれていたことから、Aquaporin-4を膜にアンカーするための分子機構が複雑であることが明らかになった。
(3)laminin _2 chainノックアウトマウスの骨格筋では、生後9日から11日にかけて、筋形質膜の透過性の亢進が起こり、その結果として筋変性を生ずる。13日から、筋変性に引き続いて、筋再生を生ずるが、筋再生過程にある多くの細胞でアポトーシスを生じ、その結果として筋再生が途上で頓挫する。
結論
1. AAVベクターを用いた骨格筋に対する遺伝子導入を行う過程で、ジストロフィン及びその下流に位置する分子が発現効率に関わることを見い出した。
2. アデノウイルスベクターを用いた遺伝子導入によって骨格筋の筋鞘に生ずるユートロフィンの発現増強は、導入遺伝子産物に対する免疫反応によることを明らかにした。
3. ユートロフィン遺伝子について、従来の報告とは異なる5'端を持つ新たな転写産物を見い出した。
4. 細胞性免疫を強く抑制するサイトカイン cDNA を投与すると、抗体産生の抑制に伴って導入遺伝子発現の増強が認められたが持続期間は短かった。この原因の一つにサイトカイン用ベクター中の ISS 配列がサイトカイン作用と逆に働いている可能性が考えられた。そこで、ISS 配列を持たないベクターにサイトカイン遺伝子を組み込んだ。
5. C2/4 筋芽細胞反応性の興味あるモノクロナル抗体を得た。
6. 筋ジストロフィー犬の発症犬が得られたが、治療用のモデル動物として確立するためには、検討することも多いことが明らかにされつつある。
7. _1-syntrophin ノックアウトマウスを用いることにより、水チャンネルを構成するAquaporin-4の形質膜への局在にとって、_1-syntrophin が重要であることを始めて明らかにした。
8. laminin _2 chain の完全な欠損により、膜透過性の亢進に引き続いて、筋再生の異常が起こることが明らかにされた。
2. アデノウイルスベクターを用いた遺伝子導入によって骨格筋の筋鞘に生ずるユートロフィンの発現増強は、導入遺伝子産物に対する免疫反応によることを明らかにした。
3. ユートロフィン遺伝子について、従来の報告とは異なる5'端を持つ新たな転写産物を見い出した。
4. 細胞性免疫を強く抑制するサイトカイン cDNA を投与すると、抗体産生の抑制に伴って導入遺伝子発現の増強が認められたが持続期間は短かった。この原因の一つにサイトカイン用ベクター中の ISS 配列がサイトカイン作用と逆に働いている可能性が考えられた。そこで、ISS 配列を持たないベクターにサイトカイン遺伝子を組み込んだ。
5. C2/4 筋芽細胞反応性の興味あるモノクロナル抗体を得た。
6. 筋ジストロフィー犬の発症犬が得られたが、治療用のモデル動物として確立するためには、検討することも多いことが明らかにされつつある。
7. _1-syntrophin ノックアウトマウスを用いることにより、水チャンネルを構成するAquaporin-4の形質膜への局在にとって、_1-syntrophin が重要であることを始めて明らかにした。
8. laminin _2 chain の完全な欠損により、膜透過性の亢進に引き続いて、筋再生の異常が起こることが明らかにされた。
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