小児の発がん感受性におけるATM遺伝子異常の役割に関する研究

文献情報

文献番号
199900341A
報告書区分
総括
研究課題名
小児の発がん感受性におけるATM遺伝子異常の役割に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
水谷 修紀(国立小児医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 恒松由紀子(国立小児病院)
  • 石岡千加史(東北大学加齢医学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Ataxia telangiectasia患者数は10万人にひとりとされ、その保因者は欧米の報告によると人口の1%とされている。我々は昨年度、保因者体細胞がゲノムの不安定性を示すことを明らかにした。一方小児がんの発生には遺伝的要因が関与している可能性が高く、ゲノムの不安定性要因を遺伝的背景として抱えている可能性が高い。小児期に悪性腫瘍を生じる遺伝的素因としてAtaxia telangiectasia責任遺伝子(ATM)異常が関与しているかいなかを明らかにする。この最終目的に向けてATM異常の簡便な検出法を開発し、これを用いて種々の小児がん患者の正常体細胞を解析し、疑わしいものについては核酸配列の決定によりATM異常の関与の有無を確定する。また、小児がん診断上の倫理的諸問題に関する基礎的調査研究を平行して行う。
研究方法
DNAダメージに対する反応性の解析
昨年度の方法に準じて作成した患者由来細胞株を樹立し、これを用いて5 Gyの放射線を照射し、照射後30分における細胞抽出液をもちいてSer15リン産化p53蛋白量について特異抗体を用いたウエスタンブロット法により解析した。同様に抗Ser20リン酸化p53抗体(国立がんセンター、田矢博士より供与)をもちいてSer20リン酸化p53をウエスタンブロット法により解析した。Chk2によるCdc25Cのリン酸化能については抗Chk2抗体による免疫沈降物を用い、リンコンビナントCdc25Cを基質として32pの取り込み反応で定量した。
核酸配列の決定
疑わしいサンプルについてはcDNAをもちいてATM遺伝子の全配列を直接決定した。cDNA上変異が認められた場合はゲノムDNAについてその領域の核酸配列を決定した。さらに細胞株でこれらの異常が確認できたものについては、新鮮凍結検体において変異の有無を確認した。
酵母によるATM遺伝子異常検出法の確立
ATM cDNAの翻訳領域全長を6個のDNA断片に分割し、個々の分画における変異の有無をアッセイするためのRT-PCR条件を設定した。これら6断片をストップコドン(SC )assay用ベクターpCI-HA(URA3)-2のURA3 cDNAの5'側に翻訳フレームを一致させて挿入したプラスミドを構築した。
聞き取り調査
小児がんと診断された子どもで、1999年12月現在に国立小児病院の血液病棟の乳児室に入院していた6人の患者の父母、および外来通院中の2家系のLi-Fraumeni症候群の本人と家族(母親)の計14人に、一時間の面接を行った。面接の前には質問紙をあらかじめ渡し、面接の許可を得て、父母には別個に同一の面接者が(腫瘍科医師)面接した。患者の診断名は2名のダウン症候群に合併した白血病の患者、2名の急性リンパ性白血病患者、1名の均衡型染色体点座による(父親がキャリアー)先天異常(溶血性貧血を合併)そして、一人の先天異常と腎芽腫の合併症で全員0才から2才の乳児であって、すでに、診断から一ヶ月以上を経た患者である。本調査では、聞き取られた具体的内容を列記して、内容を記述し考察する方法をとった。
サンプル採取における倫理審査
用いた患者検体はならびにコントロール検体は国立小児病院、昭和大学付属病院、東海大学医学部の各倫理委員会の審査で承諾を得たのち用いた。
結果と考察
国立小児病院の血液腫瘍科(医長:恒松由記子博士)において検査の承諾の得られた小児白血病18例、ホジキン病3例の患者から末梢血液を入手し、全例からEBウイルスによる株化細胞を樹立した。これらを用いてATM蛋白の発現量をウエスタンブロットにより解析した結果ホジキン病の全例、白血病の3例においてATM蛋白の発現量の低下を認めた。今年度はこのうちホジキン病に焦点を絞ることにして、ホジキン病由来B細胞株をもちいて放射線照射後のp53Ser15, Ser20 のリン酸化能をそれぞれの特異抗体をもちいてウエスタンブロット法により解析した。その結果3例のすべてにおいてp53のSer15, Ser20のリン酸化の低下を認めた。P53のSer20のリン酸化はATM経路においてDNA障害によって活性化されるChk2によるものであることが明らかにされている。そこでChk2の基質であるCdc25Cに対するChk2のリン酸化能を32Pの取り込みを指標として解析した。その結果、Chk2によるCdc25Cのリン酸化能が有意に低下していることが判明した。これらの状況証拠をもとにしてこれらホジキン病の3例のサンプルからRNAを抽出し、cDNAの核酸配列の決定を行った。その結果野生型アレルの他に一例においては4367T→A (Ser1455Arg) 、残りの2例において4949A→G (Asn1650Ser)のヘテロ接合体変異を有することが判明した。このようなミスセンス変異の機能的意義についてはその解釈に慎重であらねばならないが、DNAダメージに対するP53ならびにChk2シグナル経路の部分的な障害を伴っていること、全世界で解析され報告された400例近くの症例の中にはこのような多型を示す例がないこと、また本邦臍帯血DNA98検体を用いた解析においてもこのような変異は見いだされなかったことから、今回の遺伝子変異は疾患感受性を決定するうえで、重要な役割を担っていることが考えられた。以前よりホジキン病は遺伝的要因の関与が示唆されていた。特に一部のものにおいては家族性を示すことが報告され、そのようなものには小児期ホジキンが多いことが注目されていた。今回の我々の発見はこれらの歴史的な疑問に答えを提供するものであるとともに、発がん感受性決定において鍵となる遺伝子の遺伝的多型が重要な研究テーマであることを示す最初の例ではないかと考えられる。
ATM遺伝子異常のスクリーニング法をさらに改善し、遺伝子異常を確定するスクリーニング法の開発は本研究の目的の一つである。このため、SC assay用ベクターpCI-HA(URA3)-2のURA3 cDNAの5'側に翻訳フレームを一致させて挿入したプラスミドをura3変異酵母株に導入・発現した。その結果、各ATM cDNA断片とURA3 cDNAの融合タンパク質を発現し、ウラシル欠損培地上で増殖能を獲得した(Ura+)。これらのベクターのATM配列内の制限酵素部位2ケ所を用いて切断・直線化することにより専用ギャップベクターを作成した。正常ATM細胞からRT-PCRにて増幅した各ATM断片と、各ATM断片に対応した専用ギャップベクターを酵母に導入するとDNA相同組み換えによりATM-URA3融合タンパク質が発現した(Ura+)。一方、変異ATM細胞からRT-PCRにて増幅した各ATM断片の場合、ATM-URA3融合タンパク質が発現せず(Ura-)、正常ATM断片と区別できた。この方法を用いることによりATM遺伝子翻訳領域全長のナンセンスまたはフレームシフト変異を検出しうる可能性が示唆された。このように酵母によるATMのストップコドンアッセイが成功しつつあり、今後臨床への応用が期待される。
治療者は、診断後、患者や親たちに、がんが起って来るしくみ・治療の選択・治療研究についてもわかりやすく十分に説明することが大切なことは言うまでもない。医療倫理のキーワードはこのインフォームドコンセント(I.C.)である。現在このI.C.がある程度ゆきわたってきた。国立小児病院血液科では、90年から本人にもがんを告知して説明している。しかし、今回の調査で親のショックと動揺、悲嘆・不安・怒りなどへのコーピングへの積極的な援助がほとんどなされていないことがわかった。個人ばかりでなく血縁者の未来の病気を予知する遺伝病の遺伝子診断で家族ごと病気の予防ができる時代になろうとしている。このような時代に、上記のような理解、それも自己理解ができることの重要性に心療内科とのリエゾン医療で気づくことが出来た。これからもこのような視点を深めながら、実際の症例を前にして診断時からのカウンセリング、また、遺伝カウンセリングを行ってゆきたい。
結論
ATMシグナル伝達経路の障害を指標としたin vivo機能アッセイやATMストップコドンアッセイの確立に成功し、ATM異常のスクリーニング法として開発することができた。これをもちいて小児期のホジキン病になりやすさの遺伝的背景をなす要因としてATM遺伝子異常が関与することを世界で始めて発見した(投稿中)。
がん、先天異常、遺伝病を持つ両親達は、それぞれの病気が診断されるたびに、多かれ少なかれ、全員がショック、否認、悲しみと怒り、適応、再起の経過をたどるが、動揺のあとに、やがてスピチュアルな治癒力が働き、心の奥底がしなやかになるとともに知的にも発揚し、難解な事項でも吸収してゆくことがわかった。

公開日・更新日

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