病理組織に発現する疾病関連遺伝子の包括的解析

文献情報

文献番号
199900340A
報告書区分
総括
研究課題名
病理組織に発現する疾病関連遺伝子の包括的解析
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
広橋 説雄(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 野口雅之(筑波大学基礎医学系)
  • 佐々木博己(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
85,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、疾病の原因となる或いは病態や予後を決定する疾病遺伝子を捉え、遺伝子レベルでの診断に基づく治療法の選択を可能にするために、疾病遺伝子発現データベースを蓄積することを目的とする。この目的を達成するために、組織切片上のマイクロダイセクション法と発現遺伝子の包括的解析法の両者を改良し効率化する。これにより、疾病遺伝子発現データベースの蓄積を加速させ疾病遺伝子を同定すると同時に、病理診断を客観化し医療の質の向上に役立てることを目指す。
研究方法
1.レーザー・キャプチャー・マイクロダイセクション法を用いた遺伝子解析:病変部位特異的にがん細胞をLCM法により選択的に採取し、そこから抽出したRNAを鋳型にdifferential display法を行うことでサンプルについての詳細な定性解析と再現性の検討を行った。大腸がんにおけるmethyltransferaseの発現を例に、RT-PCR法にて検討した。RNAの抽出・調整法の比較検討を行った。さらにLCMのレーザー径を従来の30μmから7.5μmおよび15μmへと変更し、条件の検討を行った。2.肝がんの転移性により発現が異なる遺伝子群の同定:転移、浸潤能に差があると思われる肝細胞がん細胞株を用い、Differential Display法を用いて発現に差のある遺伝子断片を同定した。臨床検体の腫瘍部と非腫瘍部よりRNAを抽出し、cDNAを作成した。各clone毎にreal time quantitative PCRで検討した。発現にある種の傾向が認められたcloneについては、さらに長い塩基配列情報を得て、遺伝子学的解析を進めた。3.肺がん・肝がんの発生、進展過程で発現が変化する遺伝子群の同定:肺がんに於いては正常2例、非浸潤がん3例、浸潤がん2例、肝がんに於いては異なる悪性度を示す3症例の各がん部及び非がん部より抽出したRNAを用いた。2と同様に、遺伝子断片の同定、臨床パネルを用いた検討を行った。4.in situ ハイブリダイゼーションを用いた発現プロファイリング:発現頻度の異なる遺伝子を大規模EST発現解析(SAGE法)データを利用して選び出し、これらを用いて検出感度の検定を行った。各種固定・各種包埋条件のヒト組織標本サンプルに対して最適条件の検討を行った。また多検体プローブの効率的作製のための基礎検討として、鋳型となるプラスミドライブラリーの作製法と、プローブの効率的な精製についての検討を行った。5.cDNAチップ技術導入の基礎的検討: PCRを介した微量RNAからの不死化プローブの作製、短鎖DNAの固定化技術の開発を行った。
結果と考察
1.レーザー・キャプチャー・マイクロダイセクション法を用いた遺伝子解析:LCMによって標的とする細胞を選択的に採取し、調整したRNAサンプルは遺伝子発現解析にたえうるレベルにあることが示された。一方RNAの定性的解析では解析可能なレベルの結果が得られはするものの、一部再現性に問題が有ることが明らかになった。最大の問題点は術後病理標本自体の質と、OCT compoundへの包埋作業に有ることが確認された。レーザー径の変更を行った結果、散在しているがん細胞などの分離選択も効率よく行えるようになった。LCMを用いて約100 個程度細胞を採取しmethyltransferase の発現をRT-PCR法にて検討したところ腫瘍組織では正常組織の約4倍程度に増加していることが示された。LCM法による解析の過程で、oncogeneのc-metが、間質の筋線維芽細胞に発現していることを見いだし、その意義につき検討した。2.肝がんの転移性により発現が異なる遺伝子群の同定:84 cloneについて塩基配列を決定すると共に、定量的RT-PCRで検討した。臨床検体のパネルを用いた評価では、腫瘍部で発現が高い5 clone、非腫瘍部で発現が高
い7 cloneで、腫瘍部、非腫瘍部で、明瞭な違いが認められその内訳は、既知;5 clone, EST ; 7 cloneであった。clone141は、orphan G protein-coupled receptorの一種であることが判明し、約半数の症例で腫瘍部で高発現を示し、特に女性でその傾向が強かった。clone21は、全長と推測されるcloneを得たが、novel geneであり、門脈浸潤陽性症例、肝内転移陽性症例、低分化症例で腫瘍部の発現が有意に低下する傾向を示した。3.肺がん・肝がんの発生、進展過程で発現が変化する遺伝子群の同定:肝がんに於いては、50 cloneについて、塩基配列を決定した後、その内、40 cloneに関して肝細胞がん30症例における発現を定量的RT-PCRにて検索した。未知の遺伝子としては、ESTを含む22 cloneを得た。4回膜貫通型の蛋白tetraspanが、肉眼型が多結節癒合型を示す腫瘍にて発現上昇を示すことを見出した。肺がんに於いては、上記三者間で発現の差を示す116 clone を得た。うち23 clone は既知の遺伝子、93 clone は ESTないし未知の遺伝子であった。既知遺伝子の中では、ERMファミリーのradixinが肺腺がんで低下すること等を明らかにした。4.in situ ハイブリダイゼーションを用いた発現プロファイリング:発現感度の点では、組織を未固定で凍結し、クリオスタットを用いて切片を作製したサンプルのものが最も良く、この系では発現頻度が0.05%程度の遺伝子も十分検出できた。鋳型となるプラスミドライブラリーとしてはプローブとして適当なサイズ分布をもち、遺伝子上の部位として偏りのないライブラリーの作製が可能なことが示された。さらにプローブ精製において、プレートフィルターを利用したカラム精製が応用可能なことが示された。今後は、部域特異的に発現の変化する遺伝子をより効率良く解析するために、サブトラクションなどを行った遺伝子ライブラリーをプローブ作製の鋳型として用いることを試みる。5.cDNAチップ技術導入の基礎的検討:本年は微量RNA(100ng)の3'mRNA断片にT7RNAポリメラーセのプロモーター配列を付加し、PCRで増幅する方法を開発した。このPCR産物を鋳型とすればT7RNAポリメラーセによって随時cRNAを合成することが可能である(RNAプローブの不死化)。発現量比については、約500の遺伝子を含むcDNAチップで検討した結果、約7割以上の遺伝子が保持されかつ全体的に高感度になっていることを確認した(特許申請中)。今後は、1-10ng(100-1000 cellsから回収される)程度の微量RNAからの作製法をさらに開発する。ポリカルボジイミド樹脂をコートしたグラスへの、短鎖cDNA(100-300bp)の固定化率は90%以上と高く、高感度なチップの作製が可能であることを示した。
結論
本研究は、疾病の原因となる或いは病態や予後を決定する疾病遺伝子を捉え、遺伝子レベルでの診断に基づく治療法の選択を可能にするために、疾病遺伝子発現データベースを蓄積することを目的とする。本年度は、レーザー・キャプチャー・マイクロダイセクション法を用いた遺伝子発現解析、肝がんの転移性により発現が異なる遺伝子群の同定、肺がん・肝がんの発生、進展過程で発現が変化する遺伝子群の同定、in situ ハイブリダイゼーションを用いた発現プロファイリング解析のための検討、cDNAチップ技術導入の基礎的検討を行った。今後は、マイクロダイセクションされた微量RNAを対象に、サブトラクションなどを行った遺伝子ライブラリーを作製し、発現に差のある遺伝子についてさらにin situハイブリダイゼーションによる情報も加え、各症例の病理所見、臨床経過と対応させた疾病遺伝子発現データベースを作成する。

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