DNA修復異常遺伝病の分子機構の解明に関する研究

文献情報

文献番号
199900336A
報告書区分
総括
研究課題名
DNA修復異常遺伝病の分子機構の解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
林 真(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 祖父尼俊雄(オリンパス光学工業染色体研究所)
  • 古市泰宏(エイジーン研究所)
  • 榎本武美(東北大学)
  • 高嶋幸男(国立精神・神経センタ-武蔵病院臨床検査部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
65,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、末梢血管拡張性アタキシア、コケイン症候群、ウェルナー症候群、あるいはブルーム症候群などの遺伝的疾患の原因遺伝子が明らかにされ、いずれもDNA修復関連酵素遺伝子の異常に起因する事が判明した。これらの疾患では、神経症状、老化促進、免疫異常、早期のがん化を伴い、患者由来の細胞は染色体異常を伴うのを共通の特徴とする。ブルーム症候群とウェルナー症候群では、RecQタイプのヘリカーゼが構成するファミリー遺伝子のうちRecQ2または RecQ3に変異が認められている。ヒトの細胞にはこれら以外にも3つのRecQ、すなわちQ1、 Q4、 Q5が存在する。本研究ではこれらRecQファミリー遺伝子の変異に基づく異常を染色体の変異を中心に解析し、遺伝的不安定性および染色体異常誘発の分子機構を解明するとともに、遺伝子変異による病態を神経疾患および、熟年期以降に頻発する諸種の老年病に焦点を当てて解析を行う。さらに、それらの患者の遺伝子診断、免疫診断の手法を確立するとともに、その治療法の開発を行うことを目的とする。
研究方法
RecQ4とRecQ5についてはゲノムの不安定化とガン多発を伴いできれば早老症をも伴うような遺伝病の患者細胞を取得し、この二つの遺伝子に異常がないかどうか調べた。RecQ1、BLM、WRN、RecQ4および RecQ5の5種類の抗体を用い各種細胞の形質転換の前後細胞分裂周期などで発現がどう変化するかをイムノブロット法にて解析した。目的とする遺伝子のなかに薬剤耐性遺伝子を組み込んだベクターを構築し、相同組み換えにより目的の遺伝子を破壊することでWRNとBLMのノックアウト細胞およびRecQ1ノックアウトマウスを作製した。また昨年度作製したWRNのノックアウトマウスの性質を調べた。
酵母でSCEを測定する系を導入し、SGS1遺伝子破壊株およびSGS1にブルーム症候群の患者で見いだされた変異と同じ変異を導入した株を作製し、そのSCEの頻度を測定した。また、SGS1遺伝子破壊株に部位特異的変異や欠失変異をいれたSGS1遺伝子を導入し、SGS1の機能ドメインの解析を行った。さらに、SGS1遺伝子と他の遺伝子の二重破壊株を作製して遺伝学的解析を行った。
在胎9週から50歳の各年齢剖検ヒト組織36例を対象とし、中枢神経として小脳と橋および各臓器について発達に伴う発現の変化を検討した坑Bloomペプチドモノクロナ-ル抗体(1314-1333aa東北大学薬理学部遺伝子薬学教室益子高先生より供与)にてパラフィン包埋切片を免疫ペルオキシダ-ゼ染色(biotin- streptavidin法)し免疫組織化学的に検討した
EBVでトランスフォームしたWRN患者由来(7株)BLM患者由来(3株)および健常人由来(6株)B-リンパ球細胞株をエイジーン研究所と米国コリエル医学研究所より入手した。細胞毒性小核誘発性に関してはトポイソメラーゼ阻害剤であるカンプトテシン(CAM)とエトポシド(ETO)およびアルキル化剤の4NQODNA架橋形成剤であるマイトマイシンC(MMC)を用いて検討した。細胞を48時間処理しその間の細胞の相対増殖率を細胞毒性の指標とし、処理後アクリジンオレンジ法により小核の誘発性を検討した。細胞の核型は細胞継代中適宜、定法に従い染色体標本を作製し、スペクトラムカリオタイプ法(SKY)を用いて解析した。
結果と考察
ヒトの5つのRecQヘリカーゼであるRecQ1、BLM、WRN、RecQ4、RecQ5のうちRecQ4がロスムンド・トムソン症の原因遺伝子(RTS)であることが判明した。またこのうち3つのヘリカーゼ、BLM、WRN、RTSは細胞のトランスフォーメイションや分裂と関連して発現が増加することが明らかになりDNAの複製時に重要な役割を果たしていることが示唆された。一方、RecQ5は休止期の細部でも強く発現しており細胞のトランスフォーメイションや細胞分裂で増加しないので他の役割、例えば転写などに関与している可能性が考えられた。WRNおよびRecQ1をノックアウトしたマウスは顕著な老化現象を示さなかった。
BLMに対する酵母の相同遺伝子(SGS1)の機能ドメインの解析によりBLMの機能ドメインに関する情報を得ることができた。また遺伝学的解析からSGS1はMEC1の下流RAD51の上流で機能していることが明らかになった。トリDT40細胞を用いた解析によりブルーム症候群の細胞で上昇しているSCEのかなりの部分がRad51を介する相同組換えにより生じていることが初めて明らかになった。WRNに関連する解析ではWRNが実際にSUMO-1化されることが証明された。今後はこのSUMO-1化がWRNの局在やWRNがもつDNAヘリカーゼ活性ヌクレアーゼ活性にどのような影響を与えるかを解析する必要がある。一方、two-hybrid systemで相互作用することが示唆されたWIP1が実際にWRN結合することが明らかになり、また核内の局在も一致することがわかった。さらに、WRNとWIP1の機能的関連が明らかになりyWIP1の破壊がsgs1(yWRN)の表現型を抑制したことからWIPはWRNの上流で機能している可能性が示唆された。
BLM遺伝子蛋白は臓器においては臨床像と一致する部位(精細管膵胸腺)、および腺管上皮に発現していた。中枢神経系では部位特異的発現があり、発達の段階により発現が異なっていた。胸腺ではHassal小体にBLMの発現が認められた。ブルーム症候群で認められる分泌型IgMおよびIgAの低値B細胞により強い細胞性免疫の低下は免疫系における遺伝子可変性に、BLM機能障害によるDNA修復の異常が関与するためと推察された。
これまでウェルナー症候群の患者由来細胞は、カンプトテシンや4NQOに対して高い感受性を示すと報告されてきたが、今回の結果はこれら現象を再現することはできなかった。ヒト細胞は極めて多様であり個体差に基づく他の因子の影響が強く出るため差が現れにくいものと考えられた。一方、BLM患者由来細胞では高い自然小核頻度と、化学物質に対する感受性を示した。WRN細胞の核型をSKY法によって検討したところ7株中4株に非クローナルな染色体転座や部分欠失が観察された。非クローナルな転座は細胞培養中に起きた変異であり、WRN細胞は染色体構造が不安定性であるため容易に染色体異常を引き起こし転座のような安定型の染色体の構造異常が蓄積するためと考えられた。
結論
この研究班で新たにクローニングされた2種類のRecQ DNA/RNA ヘリカーゼの遺伝子(RecQ4とRecQ5)のうち、RecQ4はRothmund-Thomsonの原因遺伝子であることが解明された。これらはそれぞれ組織で固有の発現パターンを示し、それぞれ異なる役割を果たしていることが示唆された。RecQ3遺伝子のノックアウトマウスは、必ずしもウエルナー症候群患者に見られるような顕著な早老現象を示さなかった。また、RecQ1のノックアウトマウスも顕著な症状は示していない。
酵母SGS1遺伝子破壊株の解析により、真核細胞のRecQがMEC1の下流、RAD51の上流で機能していること、即ち、Mec1からきたシグナルを受け取り、Rad51が関与する組換え修復系に至る経路が明らかとなった。このことからBLM欠損によるSCEおよびtargeted integration頻度の上昇のメカニズムが明らかとなった。また、WRNはSUNO-1化されること、WRNと相互作用するタンパク質として見つかったWIP1のWRNとの結合様式が明らかとなり、WRNタンパクの機能が解明されつつある。
ヒトにおけるBLMの発現は、精巣、胸腺および腺上皮に認められた。発達的側面では、胎生中~後期に各臓器に出現し乳幼児期に増強した。中枢神経でも、弱いながら発現がみられた。これらのことは細胞脆弱性やDNA修復に関連していると考えられる。
WRN細胞が健常人由来細胞と比較して、化学物質に対する細胞毒性や、小核誘発性に対して特に感受性を示す知見は得られなかった。一方、核型は培養によって激しく変化することから、WRNの遺伝的不安知性は、わずかな染色体の構造的不安定性に関連していることが示唆された。また、BLM細胞は高い小核誘発性を示したことから、BLMとは異なるタイプの遺伝的不安定性と予想された。

公開日・更新日

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