糖鎖合成酵素遺伝子群の生体機能と治療応用に関する研究

文献情報

文献番号
199900333A
報告書区分
総括
研究課題名
糖鎖合成酵素遺伝子群の生体機能と治療応用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
齋藤 政樹(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 古川鋼一(名古屋大学医学部)
  • 成松 久(創価大学生命科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
代謝的及び生体機能上重要な新しい糖鎖遺伝子の探索とともに、本研究者らが世界に先駆けて遺伝子クローニングに成功した複数の「糖鎖遺伝子」について、ゲノム構造、染色体局在及び転写・翻訳調節機構の解析、糖鎖複合体産物の機能解析を行う。さらに、他疾患遺伝子との相関関係、遺伝子操作に基づく糖鎖改変細胞及び改変動物の作成などを実施し、生体内機能、とくに血液・免疫系や神経系等での表現型変異とメカニズム、細胞増殖・分化シグナルの糖鎖による制御機構を解明すると共に、様々な「がん」の増殖・進展、血液リンパ系疾患、神経疾患、皮膚・アレルギー疾患など、に対する糖鎖遺伝子導入・欠失療法の基礎的検討を行い、特異的プロモーターを利用した遺伝子治療・診断へ向けた応用開拓を行う。
研究方法
ヒト染色体DNAのBACライブラリーをスクリーニングし、ヒトGM3合成シアル酸転移酵素の遺伝子ゲノム全長を含むゲノミッククローンを単離し、エクソン・イントロン構造の解明と転写開始点の決定を行い、FISH法により染色体上の位置を確認した。シス領域の特定を行い、ルシフェラーゼ発現を指標として転写活性を測定、個々のシスエレメントの有効性の評価を開始した。マウスでは5'-RACE法で最上流エクソンのみが異なる3種類の転写物を明らかにし、ノーザンブロット解析で組織及び種特異性を解析した。マウス最上流エクソンを含む5'端側ゲノム領域の構造解析を行い、ラット及びサルGM3合成酵素cDNAをクローニングしヒト及びマウス遺伝子と比較検討した。発現酵素は、C末端をMyc-tag標識したConstructでWestern blot解析した。N結合型糖鎖結合可能部位に突然変異を入れ、野生型と糖鎖欠損型酵素の酵素活性・動態を比較し、シアリルモチーフL中の特異的なHis177残基の変異体を作製し酵素活性・動態を比較した。糖鎖自動合成器作製への応用、酵素蛋白の立体構造解析並びに特異的抗体作成のため、GM3合成酵素並びにGD3合成酵素について、GST融合酵素蛋白及びMBP融合酵素蛋白を、可溶化型酵素として大腸菌に発現させるvector構築を行った。GM3合成酵素欠損マウス作出のためのターゲッチングベクターの構築を行いES細胞への導入を開始した。ネオラクト系ガングリオシド合成経路のキーエンザイム、アミノトリアオシルセラミド合成酵素のヒトcDNAクローニングを開始した。GM2/GD2合成酵素、GD3合成酵素遺伝子のノックアウトマウスにつき、神経系の病理学的変化を経時的に検討した。舌下神経切断モデルを用いて神経再生とニューロン死抑制作用につき解析した。メラノーマ細胞におけるGD3発現を、GD3合成酵素遺伝子のアンチセンスcDNA導入により抑制した。肺癌細胞におけるGD2発現をGM2/GD2合成酵素遺伝子導入でリモデリングし、それらの役割を明らかにした。メラノーマにおけるGD3合成酵素遺伝子の段階的欠損クローンを用いたルシフェラーゼ測定によりプロモーター領域を同定した。ケラタン硫酸より調整したポリラクトサミン鎖の還元末端を蛍光ラベルしてアクセプター基質とし、各酵素は動物由来培養細胞、或いはバキュロウイルス・ベクターにより発現してリコンビナント酵素とし、Fuc-TIXを含む6種類のα1,3Fuc-T, β3Gal-T5を含む5種類のβ3Gal-Tの基質特異性を解析した。Fuc-TIX-KOマウスを定法通り作成した。β3Gal-T5のゲノムをクローニングし、上流域をルシフェラーゼ遺伝子と組み替え、プロモーター活性を測定した。CDX遺伝子をクローニングしこれをβ3Gal-T5転写活性測定の実験に用いた。
結果と考察
(1)ヒトGM3合成シアル酸転移酵素のゲノム全長を含むゲノミッククローンを単離し、エクソン・
イントロン構造の解明と転写開始点の決定を行い、染色体上の位置(2p11.1)を確認した。マウス遺伝子の染色体上の位置は6Cであった。ルシフェラーゼ発現を指標として転写活性を測定、5'上流域の個々のシスエレメントの有効性評価を開始した。マウスでは5'-RACE法で最上流エクソンのみが異なる3種類の転写物(L型、B1型、B2型)が明らかになり、ノーザンブロット解析で組織及び種特異性のmRNA発現が明らかになった。5'端側ゲノム領域の構造解析で、5'端よりB1、B2、Lの順にコード領域が並列していることが判明した。ラット及びサルGM3合成酵素の単離ホモローグにもヒト及びマウスで見られたアミノ酸置換(D→H)が確認され、哺乳類でこのアミノ酸置換の重要性が示唆された。発現酵素のC末端をMyc-tag標識したConstructでWestern blot解析した。N結合型糖鎖結合可能部位に突然変異を入れ、野生型と糖鎖欠損型酵素の酵素活性・動態を比較し、シアリルモチーフL中の特異的なHis177残基の変異体を作製し、酵素活性・動態を比較したが、明確な結論に至っていない。GM3合成酵素並びにGD3合成酵素について、可溶化型酵素として大腸菌に発現させるvectorの構築に部分的に成功した。GM3合成酵素欠損マウス作出のためのターゲッチングベクターの構築を行い、ES細胞への導入を開始した。悪性度の高いメラノーマ培養細胞に、GD3合成酵素cDNAを組み込んだsense及びantisense vectorを導入、antisense vector導入株の一部に、GD3産生能低下と増殖能低下を認めた。ネオラクト系ガングリオシド生合成経路のキーエンザイム、アミノトリアオシルセラミド合成酵素のヒトcDNAクローニングを開始した。(2)複合型ガングリオシドを欠くGM2/GD2合成酵素遺伝子ノックアウトマウスでは坐骨神経、後根神経節、脊髄後角に顕著な変性を認めた。またアストログリアの増生と突起の肥大化が認められた。舌下神経切断後の神経再生度が著しく低下していた。GD3合成酵素遺伝子ノックアウトマウスでは野生型の60%程度に低下した。GD3発現を抑制されたメラノーマ株MeWoでは増殖速度の低下が見られたが、肺小細胞癌の多くではGD2の発現を認め、抗GD2抗体を加えると増殖抑制が認められた。新規糖転移酵素遺伝子として、GM3合成酵素、シアリルパラグロボシド合成酵素遺伝子などのシアル酸転移酵素に加えて、GD1α合成酵素、GD1α/GT1aα/GQ1bα合成酵素などαシリーズガングリオシドのマウス合成酵素遺伝子をクローニングした。GD3合成酵素遺伝子の転写開始点を、キャップcDNA法により同定した。その上流480~790bpにメラノーマに特異的なプロモーター領域を同定した。(3)Fuc-TIXは、既知の5種類のα1,3Fuc-Tとはきわめて異なった基質特異性を発揮し、ポリラクトサミン鎖の非還元末端に効率よくFucを転移した。胃癌におけるFuc-TIX発現量は正常部分と比べて激減していた。Fuc-TIXはシアリルルイスX(sLex)の合成活性はなく、sLex合成に拮抗することで、癌化によるsLex抗原の発現量増大の一つの要因として、Fuc-TIX発現量の減少が考えられた。作成したFuc-TIX-KOマウスは外見上何の変化もなく出生した。Fuc-TIX(-/-)の初期胚はSSEA-1を消失していた。発生時の神経、成人マウスの胃粘膜、腎臓からはLex (SSEA-1)抗原が消失した。in vivoにおける真のLex合成酵素がFuc-TIXであることが証明できた。β3Gal-T5のプロモーター領域を同定し、CDXの結合するコンセンサス配列を見出した。その配列に点変異を入れることにより、プロモーター活性は消失した。 
結論
中性の骨格スフィンゴ糖脂質ラクトシルセラミドが最初にシアリル化を受けて生じる「ガングリオシド代謝」の基点物質であり、様々な生物機能を有する「ガングリオシドGM3」を最終的に合成するシアル酸転移酵素について、その遺伝子ゲノム構造をヒト及びマウスで、ほぼ解明し、その発現制御機構を解析している。このII型膜糖蛋白酵素を、選別した発現ベクターをある種の大腸菌コンピテント細胞に導入することによって、融合タンパク質として可溶型活性酵素に変換・産生することに成功し、その特異的抗体の産生にも成功しつつある。本酵素欠損マウ
ス産生のためのベクター構築にもほぼ成功したので、それ程遠くない時期に、ガングリオシドGM3並びにその合成酵素の生物機能が遺伝子レベルで明らかになり、その発現を調節することによって、細胞の悪性化をはじめとする病的状態を制御できる可能性が期待できる。複合型ガングリオシド、特にa系列ガングリオシド糖鎖の神経維持と再生における重要性が示された。またメラノーマや肺癌においてGD3やGD2が増殖亢進に働いており、それらを標的とする治療法開発の可能性が示唆された。Fuc-TIXは、既知の酵素とはきわめて特異性を異にする酵素であり、Lexを合成する。初期胚、神経、胃、腎臓、白血球におけるLex合成を担っている。β3Gal-T5はCDXにより転写調節されており、腸管発生に重要な役割を果たしていることが示唆された。CA19-9合成酵素であるβ3Gal-T5は、癌抗原合成酵素というよりはむしろ腸管の分化マーカーであることが判明した。

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