わが国における生殖補助医療の実態とその在り方に関する研究

文献情報

文献番号
199900299A
報告書区分
総括
研究課題名
わが国における生殖補助医療の実態とその在り方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
矢内原 巧(昭和大学医学部産科婦人科学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 矢内原巧(昭和大学医学部産科婦人科学教室)
  • 寺尾俊彦(浜松医科大学医学部産婦人科教室)
  • 池ノ上克(宮崎医科大学産婦人科教室)
  • 三浦一陽(東邦大学医学部泌尿器科教室第一講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の生殖補助医療技術の発達は著しく体外受精・胚移植を含め多くの挙児希望者に光明をもたらしている。一方で排卵誘発時の多胎妊娠や卵巣過剰刺激症候群(OHSS)などの問題も顕著となり、さらに減数(胎)手術や配偶子の提供、代理母や借り腹などが行われている。これら生殖医療をめぐる諸問題は今や医学的な問題にとどまらず、社会全体に危惧を与えている。そこで本研究では不妊患者の実態から不妊治療の安全性、副作用の発生機序および予防、双胎妊娠の管理、および男性不妊の実態について検討した。
研究方法
①生殖補助医療技術に対する医師及び国民の意識に関する研究(以下「意識調査」):国民および患者、医師6,000人に対する生殖補助医療技術の全国調査をもとに、患者の生殖補助医療技術に対する意識、家庭観、ジェンダーなどを検討した。②OHSS発症の予測とvascular endothelial growth factor(VEGF)との関連:平成10年度にVEGFがOHSS発症に関与していることを報告した。そこで平成11年度は、排卵障害症例のhCG投与直前のVEGF値を含む諸因子を変数として多変量解析およびを判別分析を行いOHSS発症の予測を検討した。③非配偶者間人工授精(AID)により挙児に至った男性不妊患者の意識調査(以下「AID調査」):AIDにより最近5年間に児を得た夫婦の男性配偶者(190例)に対しアンケート調査を行い、心理的影響を検討した。④卵管鏡下卵管形成法(FT)の妊娠予後に関する検討: FTの効果を妊娠例における卵管病態やその原因、さらに治療後の期間などの諸条件との関連性を分析した。卵管末梢部病変に対しては経頸管FT (TCFT)を実施後、腹腔鏡下に卵管采からカテーテルを伸長させる経卵管采 FT (TFFT)を実施した。⑤患者から見た不妊治療の在り方に関する研究:不妊ホットライン3年間をまとめ、不妊治療の在り方や高度生殖医療技術の規制の是非などについて検討した。⑥生殖補助医療(ART)の安全性に関する検討:全国の多胎出産資料およびアンケートを分析。排卵誘発時の単一卵胞発育法の開発としてFSH/GnRH pulse法およびFSH/hMG低用量step up法を検討した。 OHSS発症防止として多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)で重症OHSS既往5症例を対象に、Coasting法(FSH/hMG投与中止後、血中estradiol値によりhCG投与を検討する方法)の有用性を検討した。⑦双胎妊娠の管理:分担班の6施設において、平成10年4月以降、妊娠20週未満から登録、管理した双胎症例126組について予防入院群、外来管理群に分け、前方視的研究を行い、予防入院の有用性を膜性別に検討した。⑧男性不妊の実態:前年調査の男性不妊治療実施施設に実態調査を行い、さらに診断や各治療面の内容は全国10の大学病院泌尿器科について調査した。
結果と考察
①意識調査:回収率は国民70.4%、全体で61.8%であった。一般国民、患者は第三者の精子や卵子を用いたARTについては半数以上が条件付で認めてよいと答えたが、自分自身が利用したいと答えた者は数%であった。ほとんどの患者が自分たちの血のつながった子どもが欲しいと答えており、同年代の一般国民に比べて保守的であった。②OHSSとVEGFとの関連:多変量解析によりOHSS発症にはVEGFの因子負荷量が高かった。判別分析よりhCG投与前にOHSS発症予測が100%可能であった。③AID調査: 146人(76.8%)から回答を得た。本治療施行について夫婦以外には相談しなかったとの答えが114例(78%)であった。また2児目を本治療で希望するかとの問いについて、80%が希望した。告知の問題については「絶対にしない」「でき
ればしたくない」が81%であり、告知を積極的に考えている父親は1%であった。今回の調査より少なくとも本治療が出生児との親子関係を特殊なものにしているという傾向は見られなかった。④FTの妊娠予後に関する検討:519の閉塞卵管に対するFTによる卵管疎通性回復成績は、FT治療時には延べで88.6%の成功率を示し、治療後2年以上経過した例では30.3%の例で妊娠が成立した。閉塞部位が左右ともに間質部である場合が、全妊娠の75.0%を占めた。TFFTの治療成績は12例22卵管の治療のなかで、通過性回復成績は卵管ベースで81.8%、患者ベースで91.7%を示し、16.7%の妊娠率を示した。⑤患者から見た不妊治療の在り方に関する研究:3年間に『不妊ホットライン』で受けた3,132件において、「自分自身のこと」56.7%が最多であった。『病院への不満』では、説明用資料の整備、客観的なデータの提示、治療方針と見通しについての説明などが重要であった。⑥ARTの安全性に関する研究:;双胎ほぼ同率、三胎やや上昇、四胎以上は94-95年にピークにその後急速に減少した。このことは96年の減少は減数手術増加によるが、98年の再減少は96年2月の日産婦学会会告「IVF-ETでの移植胚数は3個以内」の成果と推定された。排卵誘発時の単一卵胞発育についてはFSH/GnRH pulse法およびFSH/hMG低用量step up法ともに治療期間、排卵率、妊娠率は従来法と有意差は無く、多発卵胞やOHSSは最少した。PCOSにはFSH/GnRH pulse法が有用であった。OHSS防止ではCoasting法は重症OHSSの発症予防には有用であった。⑦双胎妊娠の管理:膜性診断は重要であり、予防入院の有用性に関しては分娩週数の延長や出生時体重の増加についてはDD双胎で有用であった。Apgar score、人工換気ついてはDD双胎、MD双胎ともに予防入院が有用であった。分娩方法に関しては頭位-頭位では妊娠週数にかかわらず経膣分娩、頭位-非頭位では妊娠34週以降で1500g-2000g以上であれば経膣分娩、そうでなければ帝王切開、先進児が非頭位でならば帝王切開の方針が良いと思われた。⑧男性不妊の実態:全国調査の男性不妊患者は年々増加傾向にあり、病床数の多い病院ほど診療率が高かった。10大学病院の男性不妊患者が24.3%を占め、精巣因子が約8割、ついで精路因子、性機能障害であった。治療面では非ホルモン療法が大多数であり、単・2剤投与の妊娠率が良かった。ホルモン療法ではクエン酸クロミフェンが多く、50mg群で妊娠率が良かった。手術療法では精索静脈瘤に対する内精静脈結紮術が有効であり、精路閉塞や射精障害にはARTに頼る面が多かった。性勃起障害にはクエン酸シルデナフィルが有効であった。10大学におけるART現状ではTESE-ICSIが急増するものと予想された。
結論
①意識調査:不妊治療患者がどうして不妊治療を希望するのか、生まれてくる子どもの権利などをどう考えているかなど、患者に対するカウンセリングをいっそう充実させる必要があると考えられた。②OHSSと VEGFとの関連:OHSSの発症の予測にはVEGFを含む多因子を用いた判別分析は臨床上大変有用である。③AID調査:AIDを選択した夫(婦)が告知問題を含む問題点を現実的に受け止め、また家族関係を損なうことなく健全に処理し、一定の満足を得ていることが明らかになった。④FTの妊娠予後に関する検討:卵管不妊に対してFTは極めて有効な方法である。低侵襲で経済的効果の高いTCFTと無効例に対するTFFTの有用性が妊娠例の評価から裏付けられた。以上より卵管性不妊に対する病因治療としてFTは体外受精に優先して行うべきであり、体外受精の適応をあらためて限定すべきであることを示した。⑤患者から見た不妊治療の在り方に関する研究:不妊治療は単に医療技術の躍進を期待するだけではなく不妊患者の経済的・心理的サポートの重要性、患者を含む国民の意識の理解なくして行ない得ず、社会的かつ倫理的問題とも広く包含している。。⑥ARTの安全性に関する研究:排卵誘発に際して症例選択を慎重に行い、多胎・OHSSのリスク例には投与法の工夫が必要である。①FSH/GnRH pulse法および FSH/hMG低用量step up法は妊娠率で有効性を保ち、副作用を軽減できる。ハイリスク症
例にはFSH/GnRH pulse法が有用である。しかし投与法を工夫しても、平均径14 mm以上の卵胞が5個以上発育した時は、hCG投与はキャンセルされるべきである。Coasting法は、ハイリスク例のOHSS予防に有用である。⑦双胎妊娠の管理:DD双胎、MD双胎ともに、予防入院は児の予後の改善に貢献するものと考えられる。⑧男性不妊の実態:男性不妊患者の病院への受診数は年々増加している。今後、無精子症の精子回収法としてTESEは急増すると予想される。

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