神経芽細胞腫スクリ-ニングの評価

文献情報

文献番号
199900291A
報告書区分
総括
研究課題名
神経芽細胞腫スクリ-ニングの評価
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
久繁 哲徳(徳島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国においては,神経芽細胞腫(以下,NB)スクリ-ニングが,諸外国に先駆けて1984年に全国的な規模で導入された。しかしながら,その有効性については十分な評価は実施されていない。そのため,国際的に有効性に関する問題点が指摘されており,グロ-バル・スタンダ-ドとなる評価枠組みに基づき検討を行うことが緊急に求められている。そこで,比較的質が高く実行可能な研究設計を十分に考慮して,わが国におけるNBスクリ-ニングの有効性の評価を実施した。
研究方法
NBスクリ-ニングの効果の評価を行った。研究設計としては,短期間で実施可能な,後ろ向きコホ-ト研究を用い,評価指標としては,中間的指標であるNB発生率,および最終的健康結果であるNBの死亡率を用いた。コホ-トの設定には,全国25道府県の出生全小児とした。コホ-ト設定期間は,HPLC法が導入された時点から1997年までとした。全てのコホ-ト構成員は,生後6ケ月を観察開始起点として累積し,動的コホ-トとして構成した。なお,追跡期間は14年間とした。このデ-タに基づき,スクリ-ニング受診群および非受診群について,それぞれ観察起点(生後6ケ月)からのNB累積死亡率および発生率を算出して比較検討を行った。なお,NB死亡率と発生率の分母としては,それぞれの動的コホ-トの人・年(person years)を用いた。統計学的な解析として,それぞれの指標の点推定値と95%信頼区間を求めた。また,受診群と非受診群との比較においては,相対危険(relative risk)(ハザ-ド比)を指標とし,その点推定値と95%信頼区間を求めた。
結果と考察
1) NB死亡率のスクリ-ニング受診別比較: NB死亡率(10万人・年対)は,受診群で0.246,未受診群で0.450であった。死亡率の分母となる総人・年は,受診群で1950万,未受診群で330万であった。受診群の死亡率の相対危険(95%信頼区間)は0.547(0.306-0.976)であった。 2) NB死亡の相対危険の年齢別比較: 受診群の死亡率の相対危険は,1歳未満で0.324,1-4歳で0.567,5-7歳で0.593と,いずれも1を下回っていたが有意差は認められなかった。 4) NB死亡の相対危険の地域別比較: 受診群の死亡率の相対危険は,計算不能な3地域を除き,0.32から0.79の範囲であった。 5) NB発生の相対危険の年齡別病期別比較: 早期NB(I,II,IVs)の発生率の受診群の相対危険(95%CI)は,1歳未満で9.564(4.75-19.24)と極めて高く,1-4歳で0.646と低下した。進行期NB(III,IV)の発生率の受診群の相対危険(95%CI)は,1歳未満で1.756と高く,1-4歳で0.399(0.297-0.620),5-7歳で0.415と,いずれも1を下回っていた。さらに,IV期の発生率では,受診群の相対危険(95%CI)は,1歳未満で0.834,1-4歳で0.342(0.203-0.623),5-7歳で0.623と,いずれも1を下回っていた。 6) NB発生の相対危険の地域別比較: 進行期NBの1-4歳での発生率は,計算不能な1地域および他の1地域を除き,いずれも1を下回り,0.03から0.45の範囲にあった。 現在までのNBスクリ-ニングの効果評価については,とくに研究設計および評価指標に問題があり,スクリ-ニングの効果を十分に立証する根拠に乏しいことが指摘されていた。しかしながら,既存情報の批判的吟味は,必ずしも十分に行なわれておらず,実現可能性の高い評価方法は明確に提案されていない。 今回,比較的強力な研究設計である,後ろ向きコホ-ト研究により,NBスクリ-ニング(HPLC法)によるNB死亡率の減少が示された。スクリ-ニング受診者の死亡の相対危険は,未受診者に比べて0.547であり,その95%信頼区間も1を下回っていた。また,発生率についても,スクリ-ニングによる早期発見により早期NBの1歳未満での有意な増加が認められるとともに,進行期NBの1-4歳での有意な減少が認められた。 これらの結果は,わが国の過去のHPLC検査を用いた研究による推定とよく対応して
いた。死亡率では,近年の北海道における前後研究が代表的な報告であり,それによると,スクリ-ニング導入前に対する導入後の死亡比は,0-4歳で0.31,1-4歳で0.17であることが示されている(後者のみ5%の有意差が認められている)。また,発生率についても,上記の前後研究では,1歳未満では7.08に増加し,1-4歳では0.43と減少することが報告されている。 一方,国際的に注目されたカナダの評価では,過去の研究の中では効力の高い,前向きコホ-ト研究(地域別比較)に基づいているが,予後不良の年長児のNBの発生は抑制されず,死亡率も減少しないことが報告された。ただし,カナダではスクリ-ニング検査法として,感度の劣る旧法(TLC)が用いられているが,この検査法を用いた場合,わが国の前後研究でも,発生率および死亡率ともに,効果が認められていない。その意味では,今回の研究はHPLC法を用いたNBスクリ-ニングに関する初めてのコホ-ト研究であり,しかもわが国で実施されている新しい検査法(HPLC)によるスクリ-ニングの効果が示唆されたものと考えられる。 ただし今回の結果については,偏りの関与など,いくつかの問題点が残されており,今後,さらに多角的な検討を行う必要があるものと考えられる。第一は,研究設計がコホ-ト研究である点である。スクリ-ニング評価には,罹患し易さなどの偏りが影響することが知られている。今回問題となるのは,この選択の偏りの危険性である。それを除外するにはRCTを実施する必要がある。ただし,NBについては,その危険要因も十分に把握されておらず,偏りとなるような受診行動は,必ずしも推定できない。また,何らかの撹乱要因が,NBの発生・死亡に影響を与えている可能性がある。RCTは実現が極めて困難であるため,こうした偏りあるいは撹乱の影響を検討するために,スクリ-ニングの受診および未受診に関連する要因について,追跡調査を地域で実施することが求められる。第二は,対象者の追跡の問題である。今回,コホ-トを追跡しているが,追跡の妥当性については検証が困難である。というのも,NB症例については,居住地域が他府県へ移動した場合には,継続した情報が得られないからである。こうした問題は,住民移動の多い地域では影響が強いと考えられる。今回の対象地域は,出生児の半数近くをカバ-しており,こうした追跡からの脱落・移動を一部補正することが可能であった。ただし,これらが,スクリ-ニング受診と関連して偏りとなるかどうかは不明である。しかし,今後,NB症例の追跡率と受診との関連などを検討することが必要と考えられる。第三は,地域間の不均一性の問題である。今回,死亡率と発生率の相対危険を地域別に比較したが,ある程度のバラツキが認められた。その主な要因は,対象規模が小さいことによる偶然の影響と考えられる。一方,一部地域では,比較的総人年が大きいことから,偶然とともにそれ以外の要因も影響していることが推測される。とくに情報の信頼性が問題と考えられ,今後の検討が必要と思われる。
結論
NBスクリ-ニング(HPLC法)の効果を評価した結果,スクリ-ニング受診者のNB死亡の相対危険は,未受診者に比べて0.548と有意な低下が認められた。相対危険の低下はいずれの年齢階層でも共通して認められた。また,NB発生の相対危険は,早期NBでは,早期発見により1歳未満では9.564と有意な増加が認められた。一方,進行期NBでは,相対危険は,早期発見により1歳未満では高くなるが,1-4歳では0.399と有意な低下が認められた。これらの結果は,わが国で実施しているNBスクリ-ニングの効果を示唆している。この結果の頑健性を把握するために,現在,さらに前向きコホ-ト研究による検討を実施している。

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