精神科医療における行動制限の最小化に関する研究 -精神障害者の行動制限と人権確保のあり方-(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900276A
報告書区分
総括
研究課題名
精神科医療における行動制限の最小化に関する研究 -精神障害者の行動制限と人権確保のあり方-(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
浅井 邦彦(医療法人静和会浅井病院院長)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
精神障害者の行動制限は、医療と保護のためにやむを得ず行う場合がある。しかしその対応には精神障害者の人権の確保の側面からは、行動制限の適応や方法などに関して慎重な考え方が求められる。平成12年4月より施行される改正精神保健福祉法では、病院内での行動制限に加えて、患者の「移送」中の行動制限のあり方および人権の確保の問題が生じて来る。
精神障害者の行動制限の中でも、特に隔離および拘束については、精神保健指定医の診察に基づいた指示によっておこなわれることとされているが、これらの行動制限が適切に行われると同時に不必要に長期化しないようにするには如何にすべきかについての検討が求められている。精神科病床を有する全国の病院を対象に、隔離・拘束の実態調査を実施して我が国の精神科病院における行動制限の実状を明らかにし、行動制限の最小化へ向けての指針(ガイドライン);「精神科病床における隔離および身体拘束の指針」を作成する。調査結果と指針を全国の精神科病院に配布し、各病院でマニュアル等を作成する際の参考に供することを目的として本研究を行う。
研究方法
本研究では、精神科病床を有する全国の病院(1,548病院)における行動制限(隔離および拘束)実態調査(平成11年6月30日現在)を行動制限の最小化を行うための方策を考える視点から実施した。アンケートは病院調査票(A票)、病棟調査票(B票)、行動制限を受けている患者調査票(C票)の3種類の調査用紙を用いて行った。1,090病院から回答を得た(回答率70.4%)、コンピュータに入力し集計を行った。
結果と考察
回答を得た1,090病院(246,616床)で行動制限患者数は10,055人(対病床比率は4.1%)であった。内訳は隔離5,388人、身体拘束4,412人、隔離拘束255人である。病院区分毎の行動制限数を対病床比率でみると、公立病院7.6%、国立病院・国立療養所6.0%、総合病院4.6%、民間病院3.8%であった。疾病による行動制限の違いをみると、痴呆性疾患は身体拘束が多く(90%)、その目的は安全確保(車椅子からの転落防止)が多い。一方、分裂病などの精神疾患では、隔離70%と身体拘束30%であり、その理由は精神症状と安全確保であると言える。また、医療行為遂行のための身体拘束は疾患にかかわらず2割程度でみられた。
行動制限の中断は、「痴呆性疾患」で7割以上、「分裂病・その他の疾患」で6割以上において行われている。一方、1カ月以上行動制限が行われている重度の患者群もおり、検討を行った。また、車椅子での転落防止のために身体拘束が「痴呆性疾患」では4割を占めていた。
行動制限にかかわる医療関係者の意見、行動制限の判断に関する考え方、行動制限の最小化に関する意見などについて、アンケート結果のまとめを行った。
研究班では、調査結果について十分な討論を行い、「精神科病床における隔離および身体拘束の指針」の作成を行った。これは「精神科医療における行動制限の最小化に関する研究」班として1年目のまとめでもある。
「精神科病床における隔離および身体拘束の指針」(概要)
1.医療行為としての隔離および身体拘束の定義
(1) 隔離とは、保護室、個室、あるいは多床室に患者1名を入室させて施錠することによる行動の制限である。患者2名以上を入室させて施錠することは危険であるため行なうべきではない。
(2) 身体拘束とは、医療的な配慮がなされた拘束用具により体幹や四肢の一部あるいは全部を種々の程度に拘束する行動の制限である。
2.隔離の目的
(1)刺激を遮断して静穏で保護的な環境を提供することにより症状を緩和すること。
(2)他害の危険を回避すること。
(3)自殺あるいは自傷の危険を回避すること。
(4)他の患者との人間関係が著しく損なわれないように保護すること。
(5)自傷他害に至るほど攻撃性は強くないが興奮性が顕著である患者をほごすること。
(6)身体合併症を有する患者の検査および治療を遂行すること。
3.身体拘束の目的
(1)以下に該当する場合の他害の危険を回避すること
①突発した興奮や暴力的な行動が、脳器質性疾患に起因している可能性が否定できない場合
②身体合併症を有する患者に身体への安全性を考慮して選択された薬物の種類あるいは量が鎮静に不十分な場合
③患者の体格や興奮の程度を考慮して、隔離のみでは医療者が患者に接近できないため迅速かつ十分な医療行為を行うことが困難な場合
(2)以下に該当する場合の自殺あるいは自傷の危険を回避すること
①突発した興奮や暴力的な行動が、脳器質性疾患に起因している可能性が否定できない場合
②身体合併症を有する患者に身体への安全性を考慮して選択された薬物の種類あるいは量が鎮静に不十分な場合
③患者の体格や興奮の程度を考慮して、隔離のみでは医療者が患者に接近できないため迅速かつ十分な医療行為を行うことが困難な場合
(3)せん妄など種々の意識障害の状態にある患者の危険な行動を防止すること
4.隔離および身体拘束を実施する際の最小化への留意点
隔離および身体拘束の実施にあたっては、代替方法がないこと、および必要最小限となるように行なわれることが基本原則である。また隔離・身体拘束解除の判断は、人権の制限とは逆の行為であることから、不要になった場合には遅滞なく解除されるべきである。
5.病院内審査機関の設置
個々の症例に対する隔離および身体拘束の適応の妥当性ならびに実施期間の妥当性などについて、各々の病棟で定期的に検討される必要がある。さらに、副院長などを委員長(病院管理者を除く)とする審査機関を病院内に設置して、隔離および身体拘束が1ヶ月を越える場合はその必要性と妥当性について検討する。隔離および身体拘束が1ヶ月以内であっても、必要に応じて審査機関により同様の検討を行う。審査機関は、将来的には可能な限り病院外の有識者を委員に加えることが望ましい。この際、任命された病院外委員は、自らが当該患者を治療、看護、あるいは介護する立場を想定して隔離および身体拘束の妥当性に対する判断を行うものとする。2年目の研究課題は、研究協力者の病院で「病院内審査機関」を設置・運用し、検討を加えて、指針を作成したい。
結論
本研究により、我が国の精神科病院における行動制限の実情と問題点を明らかにすることが出来た。調査結果に基づいて「精神科病床における隔離および身体拘束の指針」を作成した。これらを参考に全国の精神科病床を有する病院でマニュアルなどを作成し行動制限の最小化と患者の人権確保に向けての努力をしてほしい。

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