胎生期に起因する身体および知的発達障害の診断基準と防止に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900259A
報告書区分
総括
研究課題名
胎生期に起因する身体および知的発達障害の診断基準と防止に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
田中 晴美(国立精神・神経センター 神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 塩田浩平(京都大学医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
胎生期に起因する母体の環境要因にもとづく子供の障害は、その因果関係が解明されれば防止の手段の呈示も可能である。本研究は環境因子として酒、タバコをとりあげ、その単独および複合による子供の身体および知的発達障害の診断基準を確立し、障害防止への貢献を目的とした。このため、日本における疫学的調査に基づく検討とともに、ヒト胚子集団とその臨床データとの対比解析を行った。またヒトで検討できない障害の発生機序や防止に関しては、適当な動物モデルを作成して結果の外挿を行った。
研究方法
1)胎児性(アルコール、タバコ)症候群の診断基準:昨年報告した方法にもとづく診断基準につき、国内、外で発表を行い、評価の確認をした。さらに複合の概念を加えて、身体および知的発達障害に影響する要因をまとめた。 2)一FAS児の20年間:家系調査の一環として、私達が1才から観察している、日本における典型的な胎児性アルコール症候群児の20年間をモデルとして示し、障害保健福祉のあり方につき提言した。 3)マウスに継続投与をしたニコチンの子宮内への影響:出生前からニコチン水(50ppm)を投与された平均週齢34週と44週の雌マウスを同様に出生前からニコチン投与の雄マウスと交配させその子宮内の状態を妊娠10日、13日、17日に帝切により観察した。水投与以外は同一条件のものを対照とした。 4)ヒト胚子集団における検討:京都大学医学研究科附属先天異常解析センターにおけるヒト胚子標本のデータとその母親に関する臨床データを資料とした。ヒト胚子の発生および子宮内生存に及ぼす妊婦の喫煙、飲酒の影響を解析した。
結果と考察
1)FAS、FAE、FTS、FTEに関する診断基準や概念については、私達のまとめが現在国際的にも一番理解しやすいとの評価を得ている。しかし現実には、母体要因の重複が多く存在し、これらにもとづく子供の異常が問題とされる。中枢神経系(CNS)の異常の存在する割合について、診断基準とは別に母親の飲酒量と喫煙の有無を組み合わせた検討を行うと、CNSの異常は、非喫煙、喫煙群ともに飲酒量が多いと高率となり、また飲酒量が同程度の場合には喫煙群の方が高率であった。したがってこれら母体要因の分析を加えて診断基準を確立することが今後の課題である。 2)家系調査実施中に、1978~9年に出会った日本における典型的なFAS児の20年後の現状を観察する機会を得た。慢性アルコール症の母親から出生して、1才半で1人歩きは可能となったが言葉の発達は遅れ、有意語は幼児期後半に認められた。保育園および小学校、中学校の義務教育を終了して、現在里親の管理、監督の下に単純な工場労働により生活費を得ている。成人に達した現在も診断基準の3項目は存在しており、このうち一番問題として残っているものは、知的障害であった。 欧米でも成人に達したFAS児の所見が散見されるが、今回の私達の日本におけるFAS児の20年間は貴重なデータであり、その異常の中核はCNSの異常で知的発達障害と明言しうる。このような知的障害を中核とした、他の人との社会的協調性は比較的保たれている障害者の日常の生活において必要な、"人材"と"場"との確保の体制が今後の課題と考える。 3)継続的ニコチン投与による胎生毒性において、胎芽・胎児期の妊娠の維持および生存への影響に関しては、ニコチン投与より水投与の方が好ましく、特に水投与の比較的若い雌における生存条件が最適であった。したがって長期のニコチン投与は子宮内生存に対し悪影響を及ぼし、出生時に子供の存在しない状態が高率といえた。 妊娠初期の胚子の異常としては、奇形などの発生異常と子宮内死亡が存
在する。飲酒、喫煙のヒト胚子への影響と比較のために行った、ニコチンのマウス子宮内への影響の結果からは、生涯投与のニコチンは子宮内の胚子の喪失と関連することがわかった。 4)ヒト胚子の発生および子宮内生存への影響について、奇形発生のリスクの増加は、妊娠初期における喫煙、飲酒の共存および、両者の量の増加と関連するという点が明らかとなった。 タバコを吸う妊婦からの子供における自然流産の増加はよく知られているが、これに飲酒が加わるとさらに奇形や流産の増加が問題となるといえる。異常胚子の流産による淘汰の実態の検討も今後の課題であり、少子化の時代には社会的にも問題となると考えている。 5)本研究では胎生期に起因する障害の防止も一つのテーマであり、飲酒あるいは喫煙によって生涯問題となるものはCNSの異常である。CNSの異常は、妊娠のきわめて初期のみでなく末期の影響も関与している。したがって異常の防止のためには、子供を望んだ時には飲酒を中止、また妊娠中であっても直ちに中止あるいは軽減を、一方喫煙に関しては妊娠以前から授乳期を通してタバコを吸わないこと、可能な限り減量することであろう。また動物モデルの知見から外挿される点は、個々の事例ごとに、抗酸化剤や亜鉛などの投与を行うことによって、飲酒や喫煙によって生じた妊娠母体の栄養状態のアンバランスを是正することも障害軽減の一助となりうる。
結論
1)妊娠中の飲酒あるいは喫煙にもとづく子供の異常の診断基準としては、私達が昨年まとめた不全型を含めた概念が、現在一番理解されやすいものと評価されている。母体の各種環境要因の相互作用が今後の課題となる。 2)日本における典型的なFAS児の20年間の追跡結果から、成人になっても診断基準の3項目は明らかであり、中核の問題となる所見は知的発達障害であった。かかる子供の障害保健福祉に必要な条件として"人材"と"場"の体制づくりを提案した。 3)マウスにおける長期投与のニコチンによる胎生毒性、およびヒト胚子の発生および子宮内生存に及ぼす飲酒や喫煙の影響の検討から明らかになった点は、喫煙と飲酒の共存は初期胚の異常発生にもとづく自然流産による淘汰の増加に関連するという点であった。 4)妊娠中の飲酒あるいは喫煙にもとづく子供の障害の最大の問題はCNSの異常であり、この防止のためには、妊娠中の禁酒および妊娠以前からの禁煙であり、妊娠以後であっても可能な限りの減量である。またこれらの物質によって引き起こされる母体の栄養状態のアンバランスの是正も一助とはなりうる。

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