介助者の身体的負担を指標とした移乗介助方法及び移乗介助機器の定量的評価に関する研究

文献情報

文献番号
199900256A
報告書区分
総括
研究課題名
介助者の身体的負担を指標とした移乗介助方法及び移乗介助機器の定量的評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
井上 剛伸(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎信寿(慶應義塾大学理工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
障害者プランに示される障害者の社会参加において、重度肢体不自由者に対する介助者の役割は非常に重要である。たとえば、電動車いす等で自立移動を行うためには、ベッドから電動車いすへの移乗が必要である。すなわち、自立した移動を確保するための移乗介助は、非常に重要なファクターとなる。しかし、この移乗介助は介助者にたいして、身体的負担を強いるものであり、介助者の腰痛は大きな問題となっている。さらに、高齢化が進む中で、介助者のマンパワー不足も叫ばれており、腰痛等で介助が継続できなくなることは、貴重な人的資源の損失でもある。
そこで本研究では、このように介助者への負担が大きい移乗介助に着目し、各種移乗介助方法における介助者の身体的負担を定量的に評価することを目的とする。昨年度は、介助動作の現状を把握するためのアンケート調査を実施した。その結果、リハビリテーション病院の看護婦及び理学療法士では腰痛経験者が非常に多く、介助方法としては看護婦は二人介助をする場合が多いが、理学療法士ではほとんどが一人介助の方法を行っていることがわかった。また、基本的な介助動作に対する計測・分析システムの構築を行い、一人介助の方法について腰部の負担を計測した結果、体幹の角度が腰部負担に大きく影響することが分かった。
今年度は、昨年度データ数の少なかった理学療法士に対する、介助方法のアンケート調査を行うとともに、日常的な介助動作の負担の評価および介助機器を使用したときの介助者の負担の評価を行った。
研究方法
1.介助動作の現状把握
全国37カ所のリハビリテーション病院に勤務する理学療法士319名に対して、郵送によりアンケート調査を実施した。調査項目は、腰痛に関する事項、移乗介助に関する事項、移乗介助機器に関する事項とした。
2.介助者の腰椎挙動の長時間計測
胸部と骨盤部の屈曲角、側屈角、回旋角を計測するために、3つのポテンシオメータを組み込んだ長時間腰椎挙動計測システムを構築した。それを用いて、在宅介助の経験がある主婦を被験者として、30分間の擬似的な介助動作および90分間の日常家事動作を計測した。その結果から姿勢のヒストグラムを求めた。
3.移乗介助機器使用時の介助者負担の計測
床走行式リフトを使用するときの介助者の腰部にかかる負担を計測した。計測はバイコンシステム及び床反力計を用いて行い、剛体リンクモデルを介して、腰部にかかるモーメントを計算した。
4.起立補助機器使用時の介助負担の計測
昨年度開発した介助動作計測・解析手法を用いて、起立移動補助機器を使用して移乗介助を行う際の腰部負担を計測した。介助動作はかつぎ上げ型と抱き上げ型とした。
結果と考察
1.介助動作の現状把握
146名から回答が得られた。その結果、79%が腰痛経験があることがわかった。原因としては、移乗介助、訓練等、業務に関するものが多く挙げられた。しかし、腰痛で病院に受診したことがあるものは、38.3%にすぎず、また何らかの腰痛対策をしているものも52%とほぼ半数であった。
移乗介助については、1日1回から5回行うものが65.8%であった。介助方法は一人介助の方法ではピボット・アンド・ターンがもっとも多く、二人介助では体幹と脚を一人ずつもって移乗させる方法がもっとも多かった。
介助用リフトの使用は一度も使用しないものは87.7%であった。
2.介助者の腰椎挙動の長時間計測
得られた屈曲角のデータから、介助動作では日常動作に比べて、大きい前屈姿勢で動作する時間が長いことが分かった。20°以上前屈する回数をみると、介助動作は日常動作の6倍の数に及んだ。また、回旋角のデータから、介助動作では右への回旋姿勢が多く見られ、偏りがあることが分かった。
3.移乗介助機器使用時の介助者負担の計測
各タスク中のピークモーメントを求めたところ、ベッド上でのスリング取り付け動作と車いす上でのスリング取り外し動作において、昨年度計測した一人介助による方法よりも、大きいモーメントがかかっていた。また、回旋方向のピークモーメントではリフトを移動するタスクで大きな値を示した。これら3つのタスクは筋電データでも、大きな値を示していた。
また、各タスクにおける腰部モーメントの要因を検討したところ、体幹の傾斜による上体重量が主に寄与するもの、手等による作業力が主に寄与するもの、上記2つの要因が同程度に寄与するものの3種類にカテゴライズすることができた。
4.起立補助機器使用時の介助負担の計測
介助者にかかる総荷重は、いずれの条件においても約30Nの荷重の減少が見られた。腰部のかかるモーメントを求めた結果、かつぎ上げ型では補助機器使用によるモーメントの減少が見られたが、かかえ上げ型ではその減少は見られなかった。
5. 療法士の腰痛と介助動作
昨年の結果同様、理学療法士についても腰痛経験のあるものは非常に多いことが明らかになった。その原因としては、理学療法士の業務に関係することを挙げたものが多く、移乗介助や訓練動作が腰部へ大きな負担となっていることが明らかになった。
移乗介助の方法は、一人介助と二人介助を状況により使い分けていることが、結果より伺えた。しかし、リフトに関してはほとんど使用されておらず、昨年度の看護婦の結果よりも低い使用率となった。自由記述の項目等より、使い勝手の良い機器の開発に対する要望も見られ、新しい発想での機器開発の重要性が指摘された。
6.日常介助動作の特徴と改善指針
介助動作時では日常生活時と比較して、平均的な前屈角度が大きく、かつ、その時間も長い。さらに非対称な回旋運動が多くなっている。これらはいずれも多大の腰部筋負担を強いるものである。このため、腰椎負担の軽減には動作の改善と共にベッド高さの調節や、要介助者の向きなど、介助環境への配慮も必要であることがわかる。
7.介助機器使用時の介助者負担
床走行式リフト使用時の介助者負担の計測より、スリング取り付け、スリング取り外しタスクにおける介助者の腰部への負担は、非常に大きいことが明らかになった。したがって、現状のリフトでは被介助者を持ち上げることについては介助者の負担は軽減するが、それに付帯するスリングに関するタスクでは介助者の負担は大きいものと考えられる。また、床走行式リフトを被介助者とともに移動する動作も、負担が大きいことが明らかになった。この点に関しても、機器開発の立場から再考する必要があると考えられる。
立ち上がり補助機器を利用した介助動作の計測では、介助の方法により効果が見られる場合と見られない場合があることが明らかになった。機器の効果を考える場合、使用される際の動作の特徴を十分考慮する必要があると考えられる。
8.介助動作の評価指標
昨年度および本年度の研究より、介助動作の評価を行うにあたり、介助者の腰部にかかるモーメントを指標とすることは有効であることが示された。立ち上がり補助機器の評価結果では、介助者にかかる荷重は方法によらず軽減するにも関わらず、腰部モーメントは方法により違いが見られた。このことからも、腰部モーメントを指標とすることの有意性が示されている。
また、腰部モーメントを発生する要因として、体幹の傾斜角が主なものとして挙げられた。床走行式リフトの評価からもその要因によるモーメントが非常に大きいことが示されている。介助動作において姿勢を注意することは必要であると考えられる。但し、腰部モーメントは姿勢のみから発生するものでは無く、その他の要因についても注意する必要はある。
結論
昨年度実施した介助方法に関する調査及び移乗介助動作計測・分析システムの開発をさらに発展させ、理学療法士の移乗介助方法に関する調査、日常介助動作の腰椎挙動の計測および移乗介助機器使用時の介助者負担の計測を行った。理学療法士でも腰痛経験者は非常に多く、移乗方法では一人介助と二人介助を併用して行っていることが分かった。日常介助動作では、日常生活動作に比べて前屈姿勢が多く、左右で非対称な動作が多いことが明らかになった。床走行リフトの評価では、スリング取り付けおよびスリング取り外し、リフトの移動で、介助者の腰部に大きな負荷がかかっていることが分かった。さらに起立補助器を使用した移乗介助動作では、介助方法により効果が表れるものと表れないものがあることが分かった。以上の検討を通して、移乗介助方法の評価指標として腰部モーメントが有効であることが示唆された。今後は、これらの結果に基づいた移乗介助補助器具の開発に発展させていく予定である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-