自閉症児・者の不適応行動の評価と療育指導に関する研究

文献情報

文献番号
199900246A
報告書区分
総括
研究課題名
自閉症児・者の不適応行動の評価と療育指導に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
江草 安彦(川崎医療福祉大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎晃資(東海大学医学部精神科)
  • 石井哲夫(白梅学園短期大学)
  • 太田昌孝(東京学芸大学教育学部特殊教育研究施設)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
自閉症診断は、国際疾病分類・第10版(ICD-10)およびアメリカ精神医学会の診断基準(DSM-Ⅳ)の規定で明らかなように、児童精神科の臨床場面では混乱が見られなくなった。しかし、教育・福祉の領域では、自閉症のとらえ方が断片的・操作的に行われていることが多く、専門領域間の不統合と連携の困難さが問題となっている。最近、自閉症の発達精神病理学的検討がすすむに従い、真に学際的なアプローチが不可欠となり、医学・教育・福祉の各領域における学際的・総合的な対策の樹立が急務となってきている。本研究では、上記の目的を達成するために、次の3点について検討を行った。①高機能自閉症の不適応行動の評価と理解:高機能群自閉症およびアスペルガー症候群について、神経心理学・認知心理学の立場から検討し、その精神病理と判定基準を明らかにする。②自閉症の強度行動障害の発症機序の解明とその対応に関する検討:激しい興奮、自傷、乱暴などの強度行動障害の発症機序を解明することは、自閉症状の理解をさらに深めることになる。③先行研究でわれわれが作成した自閉症の判定基準(症状の重症度、知的障害の程度、生活の制限の3軸からなる)の洗練化とフィールド調査:判定基準(案)の妥当性を検証し、関連施設における調査によって有用性を検討する。
研究方法
次の3つのテーマによる研究がなされた。
1.高機能自閉症およびアスペルガー症候群の社会的不適応行動の評価とその治療法の開発に関する研究:①激しい不適応行動を示し、措置入院となった高機能自閉症者の1例の検討から、鑑別が困難である成人の注意欠陥多動性障害の診断学的フォーマットを整理した。②知能検査(WISC-R)を施行した高機能自閉症児・者15名、アスペルガー症候群30名(男子23名、女子7名)について、FIQ、VIQ、PIQ などの枠組みを取り外してWISC-R 知能検査下位項目得点の分布を検討した。なお、幼児期の言語発達遅延の有無、神経学的微細徴候の有無などについても検討した。③横浜市総合リハビリテーションセンターで幼児期よりフォローアップされている症例のうち、1988年生まれ(調査時点で10歳)、調査時点での診断が広汎性発達障害、標準的知能検査によるIQが70以上などの条件を満たす17例(男15例、女2例)について検討した。状態像およびその継時変化についてDSM-Ⅳの診断分類による検討を行った。④「アスペの会」の130名の高機能広汎性発達障害の中で、学校で暴力的噴出を伴う発作的興奮を繰り返していた11名の臨床的特徴を調査し、彼らへの治療的な対応について検討を行った。
2.強度行動障害の発症機序とその治療法に関する研究:実際に行動障害を多発させている、もしくは発症させた経験のある自閉症者本人に対して、その時の心理的および感覚的動向を直接面談しながら聞き込み調査を行った。また、強度行動障害を防ぐためには、親や関係者がどのように子どもを育て、教育、療育していくべきかを検討するために、自閉症協会の会員の中から、子育てに成功した親の事例を集めた。
3.自閉症の判定基準の洗練化とフィールド調査に関する研究:研究協力者が関連している病院・機関などで、比較的機能の高い自閉症あるいは発達障害を中心にして、1施設あたり5人から10人程度について評価を試みた。面接やカルテなどの記載を参考にして、α2.2版を用いて判定を行い、評価尺度にどにような問題があるのか、評価し易さはどうか、わかりにく点がないかなどについての検討をし、判定基準の洗練化を行った。評価者は医師、心理臨床家、指導員および教師であった。
結果と考察
上記の3つのテーマにおける研究結果と考察は以下の通りである。
1.高機能自閉症およびアスペルガー症候群の社会的不適応行動の評価とその治療法の開発に関する研究:①些細なことをきっかけに精神運動興奮状態となり、精神病と誤って診断された例について検討し、人格障害、注意欠陥多動性障害との鑑別に必要な情報の収集方法について、ADHD-RSを参考にして検討した。②WISC-Rの下位項目を検討し、高機能自閉症児・者群では著しいバラツキがみられたが、アスペルガー症候群児・者では極端な高得点または低得点を示すものが比較的少なかった。③高機能自閉症において、幼児期から学童期に至るまでの臨床経過には4つのルートが想定された。学童期に高機能自閉症と診断されるに至るまでの経過は多様であり、学童期の状態像からそれに至る経過を知ることはできず、逆に幼児期の臨床診断がその後の経過を決定しているものともいえない。④激しい暴力的な噴出を繰り返す高機能広汎性発達障害児の11症例は、些細なきっかけで顔色が変わり、あたかも変身するかのように急に激昂して暴れ出すというパターンが見られ、臨床的には3つのタイプに分けられた。
2.強度行動障害の発症機序とその治療法に関する研究:行動障害を呈している時の心理的・感覚的動向について自閉症者本人から聴取し、療育者としての援助技術について検討した。その結果、行動障害を有する自閉症児・者が直面する状況に対して、空間的な印象に引きずり込まれてしまわないように、時系列的な説明を整理して伝えながら、その状況に対する不安を取り除いていくことが大切であることが明らかにされた。また、自閉症児・者を持つ親が子育てに成功した事例を集めて分析し、いくつかの重要なポイントを抽出した。
3.自閉症の判定基準の洗練化とフィールド調査に関する研究:64名について評価を試み、使用上の問題点について検討した。そして、評価指針について検討し、「自閉症判定基準α3.0版」のバッテリーを以下のように作成した。①解説編、②判定指針、③評価票、④補助評価票、⑤補助評価指針。
これらの結果から、以下のことが考察された。①高機能自閉症およびアスペルガー症候群と診断される症例は、年齢と共に状態が変化し、診断分類も変化し得ることが明らかとなり、さらに、彼らにはさまざまな精神症状を合併し、特有な精神病理および情報処理機構の障害のために深刻な適応障害を有していると考えられる。②激しい行動障害を有する自閉症者の特徴として、空間的な印象に流されやすく、快適な印象として状況や物を空間的にとらえ、その状況を何度も生み出そうとして同じ行動に固執していく傾向が抽出された。この心理学的特徴を十分に理解した療育指導プログラムの開発が必要である。③自閉症判定基準α2.2版の小規模フィールド調査の結果、「自閉症判定基準α3.0版」を作成した。次年度は、判定基準案の適切化と洗練化を図るために、大規模なフィールド調査を行う予定である。
結論
これらの研究がすすめば、自閉症児・者への福祉的援助制度の整備につながり、複雑な内的世界の問題を有する自閉症児・者の具体的な療育システムが確立されるであろうと期待される。

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