高齢者の身体的自立に必要な体力レベルとライフスタイルに関する研究

文献情報

文献番号
199900237A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の身体的自立に必要な体力レベルとライフスタイルに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
松村 康弘(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 国吉幹夫(南勢町立病院)
  • 岩岡研典(東京女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢にともなって、中高年齢期以降、体力が低下することは一般的によく知られているが、高齢者を対象にして行われた近年のトレーニング実験は、現代社会の健康な高齢者の機能低下のかなりの部分が、廃用によるものである可能性を明らかにしている。老年期における生理的機能の低下を抑制し、日常生活に必要な活動能力をある程度高く維持することは、高齢者の生活の質(Quality of Life)を保障するうえできわめて重要な課題である。しかしながら、このような高齢者の体力の減退過程、特に身体的に自立した生活を営むのが困難になってくるような局面については、まだ十分検討されていない部分も少なくない。
本研究ではこれまで、高齢者の体力レベルを反映する指標として脚伸展力や脚伸展パワーが有用であり、自立した日常生活を営むのに必要な脚伸展パワーの水準の1つを提示した(女性・両足:約9W/kg)。この値の妥当性を検討するため、さらに高齢地域住民対象者を増やして、日常生活活動能力と体力との関連を検討してきている。
一方、高齢者の体力の減退過程を明らかにし、それに対する介入のひとつとして適切な身体活動・運動プログラムを処方し試みるためには、体力レベルの低い、脆弱な高齢者の特性とそのような状況に至った過程について吟味・検討することも必要であると考えられる。このような観点から、日常生活動作の遂行に関連した高齢者の身体的自立におよぼす体力レベルの影響について明らかにするためには、これまでの地域住民を対象とした検討に加えて、老人保健施設等に居住する体力レベルの低い高齢者を対象にした測定・調査が必要であると考えられる。
そこで本年度は、①3年間に測定した高齢地域住民の日常生活活動状況、体力レベルおよびライフスタイルに関する横断的および縦断的検討、②施設入所高齢者の体力特性と日常生活自立度に関する検討を中心に行った。
研究方法
①三重県南勢町の住民に対して、体力測定(脚伸展パワー、脚伸展力、握力、開眼片足立ち、ステッピング)、日常身体活動状況調査(階段昇降、青信号中の道路の横断、椅子からの起立、バスや電車の椅子からの起立、エスカレータの乗り降り、水たまりの飛び越し、最近1年間の転倒経験の有無)およびLPC式生活習慣調査を行い、縦断的データの蓄積を行った。3年間で体力測定を受診した60歳以上の住民は延べ1461人(男性572人、女性889人)であった。これらの対象者のデータを横断的に検討した。また、これらの対象者の内、前の3年間に体力測定を受診していた者は433人(男性165人、女性268人)であった。これらの対象者については、3年間の変化に関して検討を行った。②対象としたのは、東京都文京区にある老人保健施設に入所あるいは通所している71歳から95歳の男性6名、女性20名であった。対象者はほとんどが軽度から中等度の障害を有しており、日常生活自立度(厚生省)に応じて、A1(屋内自立、介助外出可)、A2 (屋内自立、介助外 出不可)、B1(屋内要介助、移乗・食事・排泄可)の3グループに分けた。これらの対象者に対して、形態(身長、体重、下腿周径囲、大腿周径囲と、脛骨上端-足底間の長さ)、脚筋力(左右各脚の最大等尺性膝関節伸展筋力)、足圧中心動揺、10m 歩行時間、椅子からの立ち上がり動作、握力、棒反応時間、座位でのステッピングの測定を行った。
結果と考察
①日常生活活動能力項目の障害の有無により得点化し、7項目の合計点を生活活動能力指数とした。生活活動能力指数が7点であった者は男性81.6%、女性61.1%であったが、男女とも、年齢が高くなるにつれ、その割合は低下していた。過去1年間の転倒経験の有った者は、男性12.2%、女性22.5%であり、男女とも年齢とともにその割合は高くなっていた。日常生活活動遂行能力と体力レベルとの関連においては、男女とも体力レベルの高い者は日常生活活動遂行能力が優れている結果であった。また、日常生活動作遂行能力と脚伸展力、脚伸展パワー、握力および開眼片足立ちとの間にはいずれも有意な正の相関が認められた。7項目の生活活動項目のいずれにも障害のない者の平均脚伸展パワー(両足)は男性14.4W/kg、女性9.4W/kgであった。しかし、これを年齢階級別にみると、男性では、60-64歳15.6W/kg、65-69歳14.6W/kg、70-74歳13.2W/kg、75歳以上12.5W/kgであり、女性では、60-64歳9.9W/kg、65-69歳9.3W/kg、70-74歳9.2W/kg、75歳以上8.5W/kgであった。すなわち、高齢者になるほど、7項目すべての生活活動項目を遂行するための平均脚伸展パワーは低くなっており、初年度の研究報告において、高齢者が自立した日常生活を営むのに必要な脚伸展パワーの水準(女性・両足:約9W/kg)についてはさらに検討する必要があると考えられた。脚伸展パワーと生活習慣尺度の関連は、男性では、「運動実施」が正の相関、「疾病頻度」が負の相関を、女性では、「娯楽」「教養」「肉・油脂」が正の相関を示した。縦断的なデータを有していた433人の体力の変化については、握力、脚伸展パワーは男女とも70歳未満群で、わずかではあるが統計学的には有意な増加が認められた。脚伸展力は男性では変化は認められなかったが、女性では増加傾向が認められた。これらの増加は、最初の測定値が低レベルの者に顕著であり、測定上のバイアスを含む可能性があり、さらに同一対象者を継続して測定していく必要性が示唆された。開眼片足立ちは、男女とも70歳以上群で低下傾向が認められた。脚伸展パワーの変化と日常生活活動能力の変化との間には有意な正の相関が認められた。体力変化と生活習慣の関連では、女性において、「運動実施」尺度が脚伸展パワーの増加と正の相関を示した。②形態的には、年齢がB1、A2、A1の順に高かったことを除けば、3グループ間で顕著な差は見られなかった。握力、最大等尺性膝伸展筋力、足圧中心動揺
は、全項目とも、A1、A2、B1の順に優れた値を示していたが、特にAグループ(A1、A2)とB1の間に顕著な差異が観察された。10m歩行時間、座位ステッピング、棒反応時間、立ち上がり可能な椅子の最低台高についても、全項目とも、A1、A2、B1の順に優れた値を示す傾向であった。歩行、椅子からの立ち上がりの変数と膝伸展筋力は有意に相関しており、日常生活動作に着目した個人の体力特性・動作特性の記述が可能であると思われた。
結論
身体的に自立した生活を営むための"閾値"となる体力レベルおよびそれに関連する生活習慣を探ることを意図して、地域住民と"閾値"の境界領域に属すると思われる老人保健施設に入所あるいは通所する高齢者を対象に検討を行った。その結果、手段的自立能力まで支障なく発揮できるレベルとして、脚伸展パワー(両脚)が男性では14W/kg 前後、女性では9W/kgであることが目安として提起されてきたが、後期高齢者ではその値がさらに低くても日常生活活動を十分に営むことができていた。この点については、さらに長期にわたる縦断的な検討が必要と考えられた。
老人保健施設では、自立度のもっとも高い屋内自立・介助外出可のグループは脚筋力、歩行能力、椅子からの立ち上がり能力など、ほぼ全項目にわたって他のグループに比べて優れていた。一方、自立度の低い者では、歩行能力などに負の要素が働き、一層減退を助長しているようにも思われ、屋内での適切なプログラムの必要性が感じられた。また、歩行、椅子からの立ち上がりの変数と膝伸展筋力は有意に相関しており、日常生活動作に着目した個人の体力特性・動作特性の記述が可能であると考えられた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)