高齢社会における医療、保健、福祉制度と高齢者の人権

文献情報

文献番号
199900236A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢社会における医療、保健、福祉制度と高齢者の人権
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
斎藤 正彦(慶成会老年学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 新井誠(千葉大学)
  • 伊藤淑子(北海学園大学)
  • 冷水豊(上智大学)
  • 白石弘巳(東京都精神医学総合研究所)
  • 三宅貴夫(京都南病院老人保健施設ぬくもりの里)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
この研究は、意思能力あるいは行為能力に障害があるため、自己の人権を自ら守ることのできない高齢者が、医療、保健、福祉制度の中で、可能な限りその意思を尊重され、人道的な処遇を受けることを保証するための制度のあり方をさぐることを目的としている。広範な問題について、医療、福祉、法律及びユーザーの視点から検討を加え、問題を整理し、解決の方策を提言する。
研究方法
(A)保健福祉サービスの決定・実施過程における高齢者の自己決定権:(1)神奈川県介護支援専門員実務研修参加者を対象に、痴呆症のために意思能力が不十分な高齢者への保健福祉サービス実施過程における、自己決定権の位置づけについ調査した。(2)厚木精華園のオンブズマンを対象に、聞き取り調査、資料の分析等を行った。
(B)成年後見制度と地域福祉権利擁護事業の現状と課題:新しい成年後見制度に関連する法文及び規則のあり方を、ノーマライゼーション、自己決定権の尊重、身上保護の重視という三つのキーワードを軸に検討した。
(C)高齢者の能力評価に関する精神医学的検討:この研究は、公正証書遺言書における遺言能力に関する裁判の判例分析と、公証人、弁護士に対する聞き取り調査とに分かれる。前者では、昭和22年から平成11年の間の、公正証書遺言における遺言能力の有無が争われた裁判の判例を抽出し能力評価に関する分析を行った。後者では、都内の公証人4人、弁護士4人に、半構造化された聞き取り調査を行った。
(D)家族による高齢者の不適切対応の援助のあり方に関する研究:北海道内のA市(人口88,000人、高齢化率10.3%)で報告された、在宅介護における不適切な処遇例3例に対し、援助介入を行いながら追跡し、事例検討を行った。実際に援助を行う保健・福祉職員からなる地域チームと、地域チームを支援する、研究者、経験の深い施設管理者などからなる専門職チームの役割について検討した。
(E)医療・福祉施設における痴呆性老人の拘束の廃止の条件に関する研究ー介護家族の立場からー:ぼけ老人を抱える家族の会会員を対象に、拘束の定義、医療福祉施設の拘束、拘束を無くすための条件、厚生省通達の「身体拘束の禁止」、拘束に関する家族の思い等についてアンケート調査を行い、結果を分析した。
(F)地域福祉権利擁護事業、成年後見制度、介護保険の関わりに関する検討:地域福祉権利擁護事業は、当初、研究計画に含まれていなかったが、介護保険制度と関連して、極めて重要なテーマであるので、この問題に関して資料を収集し、成年後見制度や介護保険制度との関連を検討した。
結果と考察
本研究は、平成9年度に開始され、平成11年度が最終年度に当たる。この研究では、高齢者の医療保険、福祉の領域に於ける人権擁護の問題を、法制度、精神医学、社会福祉制度、施設介護や在宅介護の臨床等、様々な角度から調査し、内外の資料を収集してきた。最終年度の初めに、平成9、10年度の研究報告会を兼ね、広い領域の専門家、研究者を招いてワークショップを開催した。ワークショップでは、これまでの研究結果に関する意見を求め、最終年度の研究の基礎とした。本年度研究費申請書における研究概要のうち、斎藤が担当する予定であった医療機関における人権擁護に関する研究は、一部、三宅の分担研究と重なること、当初計画には、厚生省による地域福祉権利擁護事業に関する分担計画がなかったなどにより、地域福祉権利擁護事業、成年後見制度、介護保険の関わりに関する研究にテーマを変更した。その結果、本年度は、斎藤が地域福祉権利擁護事業と成年後見制度の相補的あり方、精神的な能力判定のあり方について論じ、新井は新しい成年後見制度に関して法律的な視点から検討を加え、主な制度の変革点とそのねらいを明らかにした。白石は、これら法的意思能力、行為能力に関連して、遺言書作成時の能力が争点となった民事裁判27件の判例分析から、精神医学的能力判定に関して知見をまとめた。法律実務家に対する聞き取り調査からは、意思能力の有無が問題になるような境界域の能力の評価には、マニュアル化された手法では対応がしにくいとの印象を得た。冷水は先年度に引き続き、福祉制度における高齢者の自己決定に関して介護支援専門員研修受講者の意識を調査し、本人の意思能力が疑わしい場合のサービス実施、家族の希望と介護支援専門員の介護方針が合わなかった場合の対応などについて検討した。合わせて、昨年の地域型オンブズマンの事例検討に引き続き、施設型オンブズマンの事例について検討して、意思能力の危うい高齢者の処遇に関するモニター制度のあり方を検討した。伊藤は、平成9年度、10年度に引き続き、在宅ケアにおける不適切処遇をいかに改善していくかについて、事例に働きかけながら援助のあり方を検討した。伊藤の研究では、事例化した家庭内不適切介護ケースに対して、地元の福祉、保健職員チームが継続的に介入、援助し、伊藤を中心とする専門家チームがこれをサポートする形で進められた援助経過から、効率的な援助のあり方、専門家のアドバイスのあり方などについて検討した。三宅は、家族会のアンケートから、施設、病院における拘束をなくすために、何が必要であるかを論じた。病院、施設のマンパワーの充実、職員の教育研修等を重視する意見が多く、オンブズマン、公的監視などを重視する意見は比較的少なかった。
上記のとおり、この研究班では、3年間にわたり、介護保険時代の高齢者の人権を擁護し、自己実現を援助するための諸問題を総合的に検討し、具体的な対応の方向を示した
結論
様々な障害を抱える高齢者の人権擁護に関連して、法的、精神医学的、社会的、臨床的見地から実態を調査した。「意思能力、行為能力に欠陥のある高齢者」の急増にも関わらず、これらの人々の人権を守るための体制が依然として不十分であることを示した。一方で、様々な領域で、問題解決のための取り組みが進められており、成年後見制度、地域福祉権利擁護事業などの公的制度、オンブズマンのような市民レベルの制度など、高齢者の人権を守るための新しい動きを紹介した。臨床的には、施設介護、在宅介護共に、介護を要する高齢者の人権は、極めて脆弱な状態にあるが、これらを防止するためには、不適切な介護を取り締まり、告発するような視点ばかりではなく、家族介護者、あるいは介護職員の悩みも理解しながら、共に、よりよい介護を目指すような援助制度が有効であることを示した。新しい成年後見制度、地域福祉権利擁護事業、遺言等の法律行為に必要な精神機能の評価については、法律実務とすりあわせた精神医学的な問題整理が必要であること、意思能力に欠陥のある高齢者の介護サービス申請上の手続を明確化する必要があることを論じた。介護における行動制限に関する法手続の整備、施設介護、在宅介護における不適切処遇を防止しするための方策等に関して検討を加え、資料を収集した。

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