脳の老化の症状評価における生理学的指標の応用に関する研究

文献情報

文献番号
199900216A
報告書区分
総括
研究課題名
脳の老化の症状評価における生理学的指標の応用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山口 成良(医療法人財団松原愛育会 松原病院)
研究分担者(所属機関)
  • 和田有司(福井医科大学)
  • 山内俊雄(埼玉医科大学)
  • 小島卓也(日本大学医学部)
  • 三島和夫(秋田大学医学部)
  • 篠崎和弘(大阪大学大学院・医学部)
  • 岩崎真三(金沢医科大学)
  • 柴崎浩(京都大学大学院・医学部)
  • 柿木隆介(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は覚醒時脳波、脳波コヒーレンス、睡眠構築、眼球運動、睡眠・覚醒状態、深部体温リズム、メラトニン分泌リズム、脳波の伝播、事象関連電位、磁気共鳴機能画像、PET、脳磁図など、生体の活動・反応を電気生理学的、神経生理学的指標にて把握し、加齢に伴う老年期の脳の老化の症状評価をすることを目的とするものであり、老年期の脳の老化と痴呆疾患との鑑別診断、処遇(治療・介護)に対して適切な指針を与える基礎資料を得んことを目指している。
研究方法
本年度は、各分担研究者がその専門とする生理学的方法によって脳の老化の症状評価を行った。すなわち、山口は覚醒時脳波のQuick EEGを用いての周波数解析から、和田は脳波コヒーレンスの検討から、山内はアクチグラフと睡眠ポリグラフィを用いた睡眠・覚醒リズムの検討から、小島は滑動性追跡眼球運動と衝動性眼球運動の研究から、三島は活動休止リズム、深部体温リズム、メラトニン分泌リズムの測定から、篠崎は安静時と光刺激時の脳波の伝播の変化から、岩崎は事象関連電位(P300)から、柴崎はPETを用いた認知機能の加齢評価の基礎実験から、柿木は脳磁図と脳波を用いたヒトにおける「目の動き認知」の研究から、それぞれ脳の生理的老化の症状評価が可能かどうか検討した。
結果と考察
1)60歳以上の健常者14名と成人Down症候群1名について、Quick EEGを用いて、覚醒安静時ならびに3,6,10,15,20Hzの白色点滅光刺激中の脳波の周波数解析を行った。周波数帯域を6帯域に分け、6帯域マッピング、各周波数帯域含有量表示などを行った。同時に知的機能検査としてHDS-RとMMSを行い、これらの得点と脳波所見との関連を経年的に追跡した。3年間を比較して、健康高齢者において、HDS-RとMMSの得点に有意差なく、覚醒安静時ならびに光刺激時の脳波の特徴は同じ傾向を示した。2)脳の加齢変化による認知機能の低下にアセチルコリン系の機能変化が関与していることが指摘されているため、正常加齢と抗コリン剤投与による脳機能の変化を検討するため、安静時と光刺激時脳波の半球間コヒーレンスを高年齢群14名、若年齢群15名、スコポラミン投与若年齢群16名で比較した。安静時のコヒーレンス値はδ,α-3およびβ-2帯域で高年齢群が他の2群に比して低値を示した。光刺激中のコヒーレンス値は5Hz刺激に対応する帯域でスコポラミン投与群が他の2群に比して高値を示した。その結果、加齢と急性のコリン性機能障害とでは、異なる脳機能結合の変化をもたらすことが示唆された。3)脳血管性痴呆患者7名と健常高齢者10名に睡眠ポリグラフを記録し、24時間アクチグラフで活動量を計測した。その結果、睡眠段階2度や徐波睡眠の減少、睡眠効率の低下、中途覚醒時間の延長などといった睡眠構造の変化と昼間の活動量の高さ、昼夜の活動リズムは密接な関連にあることが明らかとなり、昼間に働きかけを行って覚醒を維持することは高齢者の残存機能を高め、より質の高い生活の維持のために必要なことであると考えられた。4)健康高齢者30人、若年者19人について、滑動性追跡眼球運動(パシュート)と衝動性眼球運動(サッケード)について検討した。その結果、パシュートとサッケードのこれらのパフォーマンスに関する変量が、脳の老化の指標となる可能性が示唆された。5)本年度は昨年度に引き続き、睡眠・覚醒状態、深部体温リズム及び血中メラトニン分泌リズムを指標として、概日リズムの加齢変
化が老年者での睡眠障害の発現に果たす意義についての前方視的検討を行った。その結果、エントリー時点での血中メラトニン分泌の低下および深部体温リズム位相の前進が、老年期での睡眠効率低下の危険因子となり得る可能性が強く示唆された。6)大脳皮質の加齢による影響に領域的な差異があるのか、α波の伝播に注目して検討した。対象として健常高齢者50名、健常若年者35名につき、安静時と光刺激時各10秒間の脳波を19部位から記録した。解析方法としてPotential flow解析と相対パワー寄与率解析を行った。その結果、右半球で加齢変化が著明で、後方連合野で加齢に伴うα波の伝播の変化が強く見られた。7)本年度は2年の経過後に視覚刺激による事象関連電位(ERP)および精神測定の再検が可能であった同一健常高齢者を対象に、初回時と2回目の検査結果を比較するとともに、高齢時の2歳の脳の老化がどの検査項目に最も影響をうけ、それが何歳代から明確になるのかを検討した。その結果、P300潜時の延長率が高齢時の加齢を最も反映していると考えられた。年代別年齢からみた脳の老化の影響は、P300潜時の延長率では70歳代以降、誤反応率では80歳代以降に明らかになると考えられた。8)運動速度の低下すなわちbradykinesiaの影響を受けない認知課題としてMental operations(MO)-verbal課題とMO-spatial課題を用い、75歳以下の健常高齢者とパーキンソン病(PD)患者各17名で検査を行った。その結果、MO-verbal課題では呈示頻度の上昇とともにPD群で有意に正答率の低下を示した。この結果はPDにおける認知速度の低下を示すものと考えられた。PETを用いた脳賦活試験で、PD患者に観察された認知速度低下はcaudate,anterior putamen及びBrodmann's area 6の機能異常を反映したものと考えられた。9)顔認知に重要な意味を持つ「目の動き」に対する脳の活動部位とその経時的変化について、脳磁図を用いて検討した。この反応の発生源(双極子)は中側頭葉の後部に位置推定された。
結論
脳の生理的老化を生体の生理学的指標を応用して、数値化、視覚化して症状評価をしようとする試みが、一昨年度(平成9年度)から着手された。本年度(平成11年度)は、健常高齢者の覚醒時脳波の周波数解析、脳波コヒーレンスの検討、日中の対人的な働きかけの睡眠覚醒リズムならびに睡眠ポリグラムに及ぼす影響、滑動性追跡眼球運動と衝動性眼球運動の検討、深部体温・メラトニン分泌リズムの検討、α波の脳内伝播の検討、視覚性事象関連電位P300の測定、パーキンソン病患者を対象としてPETを用いた認知機能の加齢評価のための基礎実験、脳磁図と脳波を用いた「目の動き」認知に関する脳部位局在の研究など、脳の活動および生体の反応から脳の老化の症状評価を検討することが行われた。これらの種々の生理学的指標を用いた検討が健常高齢者における歴年齢(加齢)に対する脳の老化の程度(脳年齢)を評価する生理学的指標になり得る可能性を示唆した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-