保健施設における養護老人の末梢循環障害と浮腫の成因と治療

文献情報

文献番号
199900215A
報告書区分
総括
研究課題名
保健施設における養護老人の末梢循環障害と浮腫の成因と治療
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山本 章(箕面市立老人保健施設)
研究分担者(所属機関)
  • 河口明人(国立循環器病センター研究所)
  • 豊島博行(箕面市立病院)
  • 山村卓(国立循環器病センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
浮腫の中で、下肢末梢部の限局した浮腫はよくある現象で余り重要視されない傾向にある。しかしこの現象は明らかに加令に伴う末梢循環不全の一種である。老人保健施設に入所している人々の約半数は脳梗塞をもち、同時に何らかの心疾患(虚血性心疾患、心弁膜症、不整脈)をもっていることが多い。このような老人に対して負荷試験を行うことは危険であり、また実際に不可能であるし、心機能に関する検査も制約される。また病院医師の手を離れた場合、詳しい血液化学的検査の行われる機会も少なく、漫然と利尿薬の投与によって症候的治療が行われるのが現状である。過去2年間の研究によってこの様な浮腫が充分に特定出来ない心電図異常(ST-Tの変化)および心室性Na利尿ペプチドの増加とリンクしていることがわかり、やはり一種の心不全の一病態であることがわかって来た。この高齢者に特有の心不全の実態を明らかにするため、今年度は特に心臓超音波検査による心機能の解析を重点的に行うこととした。またこの心不全の原因としては、動脈硬化に近い虚血性変化と心筋症的なものが考えられる。そこで心臓クリニックを受診する一般患者の場合と対比しつつ、背景因子を考えて行くことにした。本研究によって、看護、介護の上で一つの問題となっている下肢の循環障害と浮腫に対する診断と治療方針の設定に貢献出来ることを期待している。
研究方法
老人保健施設入所者(主に女子、平均年齢約84才)のうち、下肢血流障害、下腿・足の浮腫あるものを対象とし、1)心電図および超音波検査によって心筋障害の有無を判定、心臓の収縮、拡張能を測定し、心筋梗塞や心筋症による異常の有無を診断する。2)超音波脈波計を用いて 下肢動・静脈の血流パターンを計測し、末梢循環、微小循環障害の有無を判定する。血液化学的検査法として、1)心不全の指標の一つとされるNa利尿ペプチドファミリー(ANP、BNP)を測定し、また2)血漿蛋白質(アルブミン、γ-グロブリン、フィブリノーゲン)量・必要に応じて甲状腺ホルモン(T3及びT4)、 甲状腺刺激ホルモンTSH濃度を測定する。3)アポリポ蛋白Eの同位体(E2、E3、E4)の分析を行う。4)最終的には浮腫をもつ症例を男女別、また疾患(脳血管障害、骨折後の回復不全、痴呆、心臓病など)に基づいて分類し、それぞれについて今回調べた代謝性因子、循環パラメーターの異常がどの程度存在するか、また治療に伴う改善効果がどの程度得られたかを解析する。これら老人保健施設の入所者と別に、一般高齢者における下肢循環障害の実態と原因を把握するため、国立循環器病センター、箕面市立病院受診患者を対象として、診断機器による病態検査と、リスクファクターの調査をも合せ行う。
研究結果=【下腿・足の浮腫の原因について】前年度にひきつづき、3ヶ月以上の長期入所者のうち、明らかな膝関節異常や、特別な代謝異常なく、一夜の睡眠のあとも消縮しない高度の持続性の浮腫をもつもの女子49名、男子4名について心電図(ECG)を調べた。その結果はこれまでの2年間のデータと同様、全体の約80%に陳旧性心筋梗塞、QT延長、心房細動、房室あるいは脚ブロック、あるいはST-T異常(STの平坦な軽度の低下、T平低)のいずれかを認めた。特にST-T異常の頻度が極めて高かった。【Na利尿ペプチドファミリー:ANP、BNP】著明な浮腫または心電図でST-T異常をもつもの上記症例について測定した。その結果これまで同様、浮腫とECG異常のいずれか、または両者をもつ人でANPとBNP、特にBNPの有意の上昇を認め、この上昇は浮腫とECG異常の両者をもつ人でとりわけ顕著であった。今回のデータは昨年度のものと合わせて総合報告として記述する。【超音波による心機能検査】BNP上昇例のうち40例について超音波検査を行い、すべての症例に程度の差こそあれ大動脈弁、僧帽弁、肺動脈弁、三尖弁のいずれか、あるいは複数の異常(閉鎖不全)、E/A比で示される心室拡張能の著明な低下、そして左室の求心性肥大を検出した。特に弁口からの逆流度を指標としてスコアを求めると、BNP値50pg/mlを境にして、スコアの著増があり、特にBNPの高いものは左心房拡大、下大静脈の拡大とリンクしていた。これに対して60才以下で高脂血症のない虚血性心疾患患者では大動脈弁の異常は30例中1例しかなく、連合弁異常は1例もなかった。【アポE同位体の分析】微量の血清または血球を用いてアポEの同位体(現象型と遺伝子型)を解析する方法を確立した。今回の研究対象とした18例の分析結果では、同位体の分布頻度は一般人口の中のものと変わらず、これに対して痴呆主体の入所者ではE4素因の分布は一般人口より高かった。このことは今回の研究対象になった人とはアルツハイマー病でなく血管性痴呆が主体をなしているという傍証となるし、またE4素因が一般人口と変らないことで、更年期後の婦人における高コレステロール血症との関連は否定的である。
結果と考察
一昨年度から今年度にかけての研究によって一般成人では臨床的意味不明とされる心電図上のST-Tの変化(平旦化あるいは軽度の低下)が下腿浮腫をもつ老人保健施設入所者の中に高頻度に見られ、心筋障害と心不全に関連する可能性が強く示唆された。心房性利尿ホルモンファミリーのうちANPが心房由来であるのに対してBNPは心室由来で、その上昇は心不全につながるものとして大きな診断的意義のあることが最近強調されている。今回測定対象で上昇を示した例のうち1例を除くすべてはBNPに対してANP上昇が少なく、心室機能の低下が静脈血ひいてはリンパ液の吸上げ力の低下・浮腫の発生につながっていると推測された。下腿浮腫と心電図異常の両者をもつものでBNP値が平均183、最高で550 pg/mgという高値が見られたことは、われわれが平均年齢84才という高齢の入所者を扱うのに際して、心臓の状態に特に気をつけねばならないという警告として受けとめられる。
超音波検査では、特に心室拡張能の低下が著しく、大動脈弁と僧帽弁、さらには肺動脈弁と三尖弁に異常が見られ、また求心性の心室肥厚が見られたことは、弁の変化による心室への負荷がBNPの上昇の原因となっていることを示唆している。心筋の異常が虚血性変化によるものか、心筋症的なものかは今後の重要な研究対象と考えられる。研究で非高齢の虚血性心疾患と対比しつつこの点を解明していきたい。
結論
高齢者の下腿・足浮腫に対して心機能低下が重要な潜在的要因として存在することが明らかになり、心室性利尿ペプチドBNPの分泌亢進がその証拠として把握された。超音波検査では、大動脈弁、僧帽弁に加えて、他の2弁にも異常(閉鎖不全)が見られ、これに加えて左房と下大静脈の拡張が検出された。BNPの上昇は心電図上のST-T異常と合わせて心不全の徴候として重視すべきである。

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