高齢者の認知と行動に関する神経心理学的研究

文献情報

文献番号
199900214A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の認知と行動に関する神経心理学的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山鳥 重(東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学)
研究分担者(所属機関)
  • 濱中淑彦 他(名古屋市立大学医学部精神科)
  • 森 悦朗 他(兵庫県立高齢者脳機能研究センタ-)
  • 武田明夫(国立静岡病院)
  • 西川 隆 他(大阪大学医学部精神科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会を迎えた本邦において脳の老化の問題は、異常老化とも称される痴呆との関連で関心が高い。加齢に伴う知的機能低下の延長に痴呆を位置づけ、痴呆を aging-related とする考え方は「年のせいでボケた」という一般的な誤解と共通する。もう一つの考えとして、脳の病気である痴呆はある特定の年齢層即ち高齢ほど発症しやすいものの (age-related)、正常加齢とは質的に異なるという点である。Washington group によれば正常老人 (CDR: Clinical Dementia Rating- 0) は明らかに痴呆疑い老人 (CDR-0.5) とは異なり、後者に病理学的にアルツハイマ-病の所見を認めたとしている (very mild Alzheimer's disease)。しかし正常加齢を神経心理学的検査に基づき検討する場合、一定地域の高齢者全体を反映したサンプリングが望ましいが実践的になかなか容易ではないのが実状である。正常高齢者 (CDR- 0) における知的機能の問題について、我々はこれまでに以下の結果を報告した。即ち、1) 痴呆疑い (CDR- 0.5) 高齢者とは異なり正常高齢者 (CDR-0) は5年間認知機能スクリ-ニング検査で見た知的機能が低下しないこと、2) 神経心理学的検査結果に対する年齢の影響は従来の報告に比較すると極めて少なく、有意な効果を認めたのは非言語性機能の WAIS-R の符号問題のみであること、3) むしろ有意な教育年数効果を言語・記憶課題に広く認めたが、非言語性課題には有意な教育年数効果は認めなかった。今回は、昨年度の報告を踏まえ、正常高齢者における 1) 脳の萎縮の評価、2) 脳の萎縮と神経心理学的検査所見の関係、3) 前頭葉機能検査について Weigle test の追加検討、4) 視空間認知機能について新たな検討を行った。
研究方法
対象1. 1991年、東北大学と宮城県田尻町が共同で在宅高齢者を対象に大規模悉皆調査を施行した。その年齢・性の構成に基づき 1996年にMRI を受診した CDR-0 170名で、65-69歳群34名、70-74歳群32名、75-79才群25名、80歳以上群8名。
対象2. 1998年より2000年まで同じく宮城県田尻町において施行した5歳年齢階級別層化無作為抽出法に基づく「脳卒中・痴呆・寝たきり」有病率調査の結果、CDR-0 と判定された高齢者 250名で、65-69歳群127名、70-74歳群54名、75-79才群34名、80歳以上群35名。
方法 1. 対象1に 0.5T-T1強調画像を用いて視認法により脳の部位別萎縮を4段階、白質病変もUCLA基準に則り5段階に評価した。教育年数とそれらのMRI所見を説明変数、昨年度報告した教育年数の影響の認められた神経心理検査結果を目的変数とした重回帰分析を施行した。
方法2. 昨年度の神経心理学的検査に追加した前頭葉検査として、Weigle test を対象2に施行した。本検査は、色、形、大きさ、厚さ、マ-クの異なるカテゴリ-で分類可能な物品を用いて被験者の分類能力を評価するものである。視空間認知機能の評価としては透視立方体 (Necker Cube) の模写課題と Rey 複雑図形の模写及び直後再生課題を施行した。
結果と考察
結果 1. 各年齢群間で有意な年齢群効果を認めた脳の所見は前頭葉の萎縮 (p=0.000)、側頭葉の萎縮 (p=0.001)、海馬の萎縮 (p=0.025)、側脳室の拡大 (p=0.002) であった。有意な傾向を示したものは頭頂葉の萎縮 (p=0.061)、後頭葉の萎縮 (p=0.191)、海馬帽回の萎縮 (p=0.693)、白質病変の程度 (p=0.072) であった。それら脳の所見単独では神経心理検査と有意な相関は認めなかった。多重共線性のないことを確認し教育年数を共変量に加えた重回帰分析の結果、短期記憶検査結果と海馬の萎縮 (p=0.019)、語想起数と白質病変の程度 (p=0.001) に有意な関係が認められた。
結果2. 昨年度の神経心理学的検査に追加した前頭葉機能検査である Weigle test 結果と各年齢群の間には有意な年齢群効果は認められず (ANOVA, p=0.304)、共変量とした教育年数が有意な関係を示した (p=0.017)。
結果3. 正常高齢者の中に、構成障害 (C群)、視覚性の記憶障害 (M群)、その両者を合併する群 (MC群) が認められた。それらいずれも認められない群 (N群) の4群において、年齢・性に有意差を認めない4群を操作的に分類した。即ち、N群は25名、平均年齢は73歳、平均教育年数は8.8年、M群は20名、平均年齢は73.9歳、平均教育年数は8.4年、C群は10名、平均年齢は73.9歳、平均教育年数は7.3年、MC群は23名、平均年齢は77.0歳、平均教育年数は8.0年である。両者を合併する MC群に於いて Benton 視覚弁別検査の結果、正答数が他の群よりも低かった (ANOVA 群効果及び post hoc test; p<0.0)1。
考察 正常加齢それ自体は、動作性知能以外は知的機能に影響を有意に与えず、従来加齢の影響が大きいと言われていた前頭葉機能においても、教育歴の影響の方が大きいことがあらためて示された。但しこのことは高齢者層に痴呆の発症が多い (age-related) ことと矛盾しない。また、正常加齢 (CDR-0) に伴い前頭葉、海馬などの脳の萎縮が重度になることが確認されたものの、神経心理学的検査で評価した知的機能低下にはそれらの脳の萎縮の影響は認められず、教育年数の影響が大きいことが示された。また正常高齢者の中に、選択的に視空間認知機能障害を示す群が存在し、構成障害、記憶障害の両者が合併する群では視覚弁別能力が低下していることが示唆された。特に Rey の複雑図形が模写可能であるにもかかわらず透視立方体の模写が不可能である C群の存在は、2次元図形と3次元図形の模写の解離を示している可能性があり興味深い。
結論
正常加齢それ自体は、動作性知能以外は知的機能に影響を有意に与えず、従来加齢の影響が大きいと言われていた前頭葉機能においても、教育歴の影響の方が大きいことがあらためて示された。また正常高齢者の中に、選択的に視空間認知機能障害を示す群が存在することが示された。今後、教育年数の影響及び視空間認知機能の問題について縦断的研究を施行する必要がある。

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