加齢に伴う運動機能・認知機能の変化についての研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900211A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢に伴う運動機能・認知機能の変化についての研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
進藤 政臣(信州大学保健管理センター)
研究分担者(所属機関)
  • 加知輝彦(国立療養所中部病院)
  • 橋本隆男(信州大学)
  • 林 良一(信州大学医療短期大学部)
  • 丸山哲弘(リハビリテーションセンター鹿教湯病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,740,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本年度は以下に示す課題と目的で研究を行った。
パーキンソン病の皮質脊髄路機能: パーキンソニズムは高齢者によくみられる随意運動障害で、基底核の機能障害は視床-皮質投射に対する過剰な抑制と考えられている(DeLong 1990)。淡蒼球破壊術によるパーキンソン病の諸症状の改善と運動開始時の運動野の活動性の関係に着目し、経頭蓋磁気刺激のヒラメ筋H反射への効果を観察することにより検討した。
体性感覚誘発磁界の慣れ現象と加齢: ヒトの「慣れ」現象の加齢による変化を生理学的に検討する。
パーキンソン病の寡動の機序: パーキンソン病の寡動の機序を明らかにするために、パーキンソン病患者の全身運動の量と速さ、遂行動作内容を解析し、術中の淡蒼球内節単一神経活動と症状との対応について検討した。
歩行訓練の阻害因子: 橋背部の障害による歩行障害と橋底部の障害による歩行障害の特徴を明らかにすることを目的とした。
パーキンソン病の認知速度: パーキンソン病における認知速度遅延を明らかにする目的でSternberg paradigm課題を用いて検討した。情報処理における系列的コード化の障害についてさらに明らかにするために、昨年度のvaried setに加えてfixed setについて検討した。
研究方法
パーキンソン病の皮質脊髄路機能: 対象は淡蒼球破壊術を施行したパーキンソン病患者6名および正常対照。ヒラメ筋H反射を導出し、これに経頭蓋磁気刺激を加え、H反射への効果を記録。ヒラメ筋H反射は膝窩で脛骨神経を電気刺激し導出した。試験H反射は最大M波の20から25%とした。経頭蓋磁気刺激は、Double cone coilをヒラメ筋に誘発される活動電位(MEP)を得るために最も閾値の低くなる部位に固定し、各々の条件下で閾値の-2%の刺激強度とした。記録は試験刺激に対して条件刺激を-6~20ms先行させ、条件刺激の試験H反射への効果を記録し、随意運動開始時の短潜時促通量の安静時に対する増加を計測した。
体性感覚誘発磁界の慣れ現象と加齢: 対象は30~40歳の若年成人6名、60~80歳の高齢者4名に対し、正中神経を電気刺激による痛みを与え、脳磁計を用いて、体性感覚誘発磁界(SEF)として導出した。電気刺激に対する反応を電気刺激は1000回行い、SEFは刺激開始から200回毎に加算平均し、記録した。記録したSEFの各波成分の振幅の変化を検討した。
パーキンソン病の寡動の機序: 症例は薬物治療で症状の改善が不十分なパーキンソン病患者7例(男性4例、女性3例)。年齢は49歳から71歳(平均とSD、59±8)、罹病期間は3年から8年(4±2)であった。全例、微小針電極による単一神経活動記録に基づく生理学的ガイディングとCTを併用した手術システムを用いて一側淡蒼球内節破壊術を行った。手術開始12時間以上前から服薬は中止し、麻酔は頭部の局所麻酔のみを用いた。症状の重症度は抗パーキンソン病薬服薬中のwearing-offの期間にthe United Parkinson's Disease Rating Scale(UPDRS)を用いて評価した。淡蒼球内節の神経発火頻度と症状との相関は相関係数を用いて検定(両側検定)した。
歩行訓練の阻害因子: 歩行中の床反力および下肢筋筋電図パターンの時間・距離因子の分析を行った。さらに、橋背部または橋底部に病変を有する患者のリハビリテーションによる歩行障害の予後について検討した。対象患者は、脳幹梗塞または出血により歩行障害をきたした患者6名(平均±標準偏差:64±10.2歳)と年齢を一致させた健常者12名とした。患者6名の内訳は、2名は橋背部の梗塞、2名は橋底部の出血、2名は橋背部と橋底部の多発梗塞だった。
パーキンソン病の認知速度: 対象は痴呆を示さないパーキンソン病群18例(早期群9例、進行期群例)と年齢、教育年数を統制した正常対照群18例で、Sternberg paradigm課題を数字系列を同時に呈示するfixed setと数字系列を経時的に呈示するvaried set、の2つの条件で施行した。
結果と考察
パーキンソン病の皮質脊髄路機能: 正常者においては促通の増加は36.4±13.4 %(mean±sd)であった(p<0.05)。パーキンソン病患者では、術前は -7.6±7.6 %(ns)であったが、術後は26.8±16.1と術前よりも有意に増加していた(p<0.01)。淡蒼球破壊術後全例で術前に比して運動開始時の促通量が増加し、正常者とほぼ同程度になった。これらの症例ではいずれも術後寡動、freezing、振戦のいずれもが改善しており、基底核からの異常な出力が、運動開始時に必要な運動皮質から脊髄前回細胞への興奮性出力を低下させていると考えられた。
体性感覚誘発磁界の慣れ現象と加齢: 若年者では刺激回数が増加するとともに、振幅の低下(habituation)をみたが、高齢者では全波形成分とも若年者に比べ振幅低下の程度が小さい傾向があった。
パーキンソン病の寡動の機序:UPDRS運動スコア総点と発火頻度は相関直線y = 0.5642x-11.539、 r = 0.6778、 p > 0.05、寡動スコアと発火頻度はy = 0.0487x-1.8968、 r = 0.4313、 p > 0.20、歩行障害と発火頻度はy = 0.0216x-0.1318、 r = 0.2265、 p > 0.50でありすべて有意な相関は認めなかった。これらの結果から、これらパーキンソン病運動症状は淡蒼球内節発火頻度以外の要因が関与することが示唆された。
歩行訓練の阻害因子: 橋背部の梗塞により失調を呈した患者の歩行分析では、脊髄小脳変性症と同様に体重心の移動は滑らかさを欠き不規則で各歩行毎に異なっていた。床反力の垂直成分Fzは多峰性を示した。筋活動は大腿筋群・下腿筋群とも持続的で健常者で認められるphasicな筋活動は明らかではなかった。橋腹側の出血により歩行障害を呈した患者の患側の歩行および下肢筋筋電図パターンは、片麻痺患者のそれに類似し、床反力軌跡は左右非対称で患側の単脚支持期が短縮し筋活動は大腿筋群・下腿筋群とも低下し周期的な活動パターンは認められなかった。橋背部に病変を有する患者では橋腹部に病変を有する患者に比べ歩行障害は高度でリハビリテーションの効果が少ない傾向にあった。
パーキンソン病の認知速度: Sternberg paradigm 課題の記憶セットサイズと反応時間の関係について、fixed setでは3群間に有意差はみられなかたが、varied setでは進行期パーキンソン病群は桁数が6桁、7桁において有意に反応時間の延長を認めた。記憶セットサイズと反応時間の関係より一次回帰式が得られ、その傾きはfixed setで3群間に有意差を認めなかったが、varied setでは3群間で有意であり、進行期パーキンソン病群で有意に高値であった。Varied setの6桁、7桁における記憶セットの系列唖置曲線のパターンで患者群で初頭効旺の消失を認めたことから、短期記憶容裏の上限か、それ以上では能動的な再認照合が障害される可能性が推察された。Fixed setでは記憶バッファーである視覚性短期記憶の意味合いの強いため、短期記憶スパン範囲内にあれば情報処理速度には影響しなかったと考えられた。
結論
パーキンソン病の皮質脊髄路機能: パーキンソン病における随意運動障害、特に随意運動の開始の遅延には、運動皮質から脊髄前回細胞への興奮性出力が低下している。
体性感覚誘発磁界の慣れ現象と加齢: 高齢者では、体性感覚誘発磁界のhabituationが生じにくく、適応力の低下を示唆した。
パーキンソン病の寡動の機序: パーキンソン病運動症状は淡蒼球内節発火頻度以外の要因が関与する。
歩行訓練の阻害因子: 橋背部の病変では橋腹部の病変に比べて、歩行障害は高度でリハビリテーションの効果が少ない。
パーキンソン病の認知速度: 病状の進行とともに記憶速度が遅延する。

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