高齢者消化器疾患に対する新しい内視鏡治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900210A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者消化器疾患に対する新しい内視鏡治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
千葉 勉(京都大学医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 幕内博康(東海大学医学部)
  • 木下芳一(島根医科大学)
  • 中島正継(京都第二赤十字病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者には消化器疾患が極めて多く、またその多くは癌などの悪性疾患である。したがって病変の切除が第一選択となる。しかしながら高齢者ではしばしば外科手術のリスクが疾患のリスクそのものを上回る場合が少なくない。このような場合、外科的手術をすることなく内視鏡的に手術が可能であれば、患者に対する治療のリスクが軽減できるのみならず、高齢者患者のQOLを向上させることが可能である。一方高齢者の悪性疾患は一般的にその進行速度が若年者のそれよりも遅いことがしられている。この事実は高齢者消化器疾患に対する内視鏡的治療の適応を拡大する根拠になりうる。そこで本研究では、種々の高齢者消化器疾患に対する内視鏡的治療の適応を拡大するとともに、その手技の安全性を向上するために、内視鏡治療機器および手技について種々の改良ならびに開発を試みた。
研究方法
1.早期食道癌に対する内視鏡的治療
1.腫瘍径に対する粘膜切除術の適応を拡大するために四段階内視鏡的粘膜切除術(Four step EMR)を開発した。このためにEEMR-tubeを開発した。第一、第二切除では最深部を含めて追加切除までをおこなった。さらに第三切除として残存する小病変をEEMR-tubeによりstrip biopsy法をおこなった。さらに第四切除として切除段端のトリミングをhot biopsyにておこなった。
2.EMR施行困難部位を克服するために、前方屈曲可能なEEMR-tube2の開発をおこなった。さらにEEMR-tube 1の前方屈曲型を開発した。これらを用いてEMR施行困難症例について粘膜切除術をおこなった。
2.早期胃癌に対する内視鏡的治療
1.早期胃癌の粘膜切除術において、治療中にその病変の深達度を超音波にてリアルタイムでモニター出来る装置を開発した。そして本装置を用いて従来の方法で完全切除が可能な症例と、それが困難であった粘膜下浸潤のある早期癌について内視鏡的粘膜切除術をおこなった。
2.さらにこのような進歩に基ずく、腫瘍径、深達度における適応拡大の結果、残存病変のある例が増加したが、これに対して完全焼却とアルゴンプラズマ凝固法との治療比較をおこなった。
3.早期大腸腫瘍に対する内視鏡的治療
1.多画素拡大大腸内視鏡と超音波プローブによって悪性度および深達度診断をおこなった。
2.その後吸引切除用チューブを挿入し、食道粘膜切除術に準じてスネアを挿入して病変部を締やくした。その後いったん吸引を解除し、超音波プローブを挿入して、固有筋層以下に達していないことを確認後通電切除した。
3.切除後、回収した切除病変は全割して、組織的に深達度診断をおこなった。
4.慢性膵疾患に対する内視鏡的治療
1.慢性膵炎において主膵管の粘液蛋白栓の除去や主膵管狭窄の解除を目的として内視鏡的膵管ドレナージを施行した。このために乳頭部膵管切開術、副乳頭切開術をおこない、チューブを挿入して粘液蛋白栓の吸引除去をおこなった。
2.膵石症例に対して同様に乳頭、副乳頭部を切開し、バスケット摘出法、体外衝撃波砕石術を施行した。
結果と考察
研究結果 1.早期食道癌
今回開発したEEMR-tubeによって大きな病変に対してもEMRを容易に施行しえた。実際5cm以上の病変、さらには全周性の病変に対してもEMRがほぼ全例可能であった。ただし3/4周性、全周性の病変に対しては狭窄予防処置が必要であった。すなわち狭窄を来さないように、3日間の抗生物質投与、1-2回/周の内視鏡的硬化療法の装着バルーンによる予防的拡張術をおこなうことによって狭窄を発生することなく治癒させることが可能であった。一方、前壁病巣切除用のバルーン付きEEMR-tubeあるいは、屈曲チューブの使用により、前壁病巣の切除は容易となった。特に左主気管支であっパイされる部分の肛門側が容易に切除できる。その他、EMR施行困難例にたいして、食道入口部症例2例、食道胃接合部症例3例、左主気管支肛側前壁症例5例、全周性の6例に粘膜切除術を施行し、全例、安全に施行しえた。
2.早期胃癌
把持鉗子機能付き超音波ミニチャープローブをもちいると、プローブ径がやや太いために鉗子チャンネル内での操作が困難であったが、一般の把持鉗子と同様に粘膜内の胃癌の切除は行い得た。一方、粘膜下層浸潤のある胃癌の切除をおこない、その浸潤度を把持鉗子機能付き超音波ミニチャープローブによって判定することは可能であった。以上から粘膜下浸潤のある胃癌に対しても的確に内視鏡的切除が出来るかいなかの判断、また出来ると判断された場合の切除が可能であった。
内視鏡的粘膜切除術後の残存胃癌病変に対して、マイクロウェーブ焼却法、アルゴンプラズマ凝固を用いて残存病変を完全に焼却できた。現在最長6ヶ月の経過で局所再発を認めていない。
3.早期大腸腫瘍
従来の内視鏡的粘膜切除法では切除困難と判断された症例の中からインフォームドコンセントの得られた12例に対してチューブを用いた吸引粘膜切除術をこころみたが、9例において粘膜の吸引が可能であったが、3例では固有筋層の締やくが否定出来ず、結局6例に対して通電切除した。これら6病変のうち5例が癌であった。これらの症例を組織学的に検討すると5例でその術前の深達度診断が正しかったが、1例のみ不一致がみられた。
4.慢性膵炎
慢性膵炎28例中全例で乳頭膵管切開術が施行し得た。そのうち22例で吸引洗浄による膵管ドレナージが実施でき、主膵管狭窄合併の6例ではバルーンによる主膵管拡張とステント留置術にも成功した。また、膵管分離症の3例でも副乳頭切開術に成功した。一方、膵石症の39例全例に乳頭膵管切開術に成功したが、完全切石に成功したのは33例であった。
考察
今回の研究により、早期食道癌、早期胃癌、早期大腸腫瘍のすべてにおいて、その内視鏡的粘膜切除術の適応の拡大が可能となった。
すなわち食道癌では、EEMR-tubeの開発や屈曲チューブの導入により、3/4周、さらには全周性の病変までも切除が可能となった。さらに従来粘膜切除困難とされてきた部位のEMRも安全におこないえた。
さらに胃癌では、把持鉗子と超音波プローブを同時に挿入できる内視鏡をもちいて、治療中にリアルタイムに深達度を見ることによって、内視鏡的な完全切除が可能か否かの判断ができるようになった。さらに出来ると判断された場合、全例安全に切除しえた。一方、切除後の残存病変について焼却術を試みたところ、その後再発を認めなかった。以上から早期胃癌の内視鏡的治療について、その深達度について、粘膜下浸潤のある例でも安全に的確に切除が出来るようになった。ただ本内視鏡は操作性の上でまだ改善の余地があり、特に治療中におけるリアルタイムの超音波の描出についてはさらに検討する必要がある。
一方、大腸腫瘍では多画素拡大内視鏡と超音波内視鏡を用いることにより、大多数の症例でその悪性度および深達度の正確な術前診断が可能であった。このような経過を経て症例を選べば、以前は粘膜切除術が不可能と考えられた症例の半数で粘膜切除が可能となった。
このように早期消化器癌に対して、その粘膜切除術の適応が拡大されたことは高齢者の消化器疾患患者、とりわけ消化器癌患者にとって、生命予後を延長するとともに QOLを向上させる意味で極めて重要である。
また従来から、膵胆道疾患のうち、胆道疾患は結石除去や狭窄解除など種々の治療法の進歩がみられているが、膵疾患についてはほとんど進歩が見られていなかった。今回乳頭、副乳頭膵管切開術をおこなうことにより、主膵管のドレナージ、狭窄解除、膵石の除去など種々の治療が可能となり、その成績も十分満足すべきものであった。膵疾患は高齢者では手術は困難な例が多いが、今回の成績から高齢者慢性膵炎患者にたいして内視鏡的な治療が可能となったことは、従来手術のリスクの高い高齢者膵疾患患者にとっておおきな福音である。
結論
1.高齢者消化器疾患の内視鏡的治療の適応を拡大するために種々の工夫をおこなった。
2.早期食道癌に対して、EEMR-tubeおよび屈曲チューブを開発した。その結果3/4周、全周性の病変をも治療しえた。また従来内視鏡的切除術が困難であった症例についても治療が可能であった。
3.早期胃癌に対して、把持鉗子機能付き超音波ミニチャープローブを用いた内視鏡を用いることによって、粘膜切除術施行中にリアルタイムで病変の深達度をモニターすることが可能となった。このことによってより深達度の深い病変をも安全に的確に内視鏡治療をすることが可能となった。
4.早期大腸腫瘍に対してチューブを用いた吸引内視鏡的切除術を開発した。本法を用いて、従来EMRが困難とされた約半数でEMRが可能であった。
5.慢性膵炎、膵石症にたいして、乳頭、副乳頭膵管切開術をおこなうことによって、主膵管の粘液蛋白栓のドレナージ、狭窄解除、膵石の除去などが可能となった。

公開日・更新日

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