脳の老化に関連する疾患の病態解明に関する研究

文献情報

文献番号
199900209A
報告書区分
総括
研究課題名
脳の老化に関連する疾患の病態解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小阪 憲司(横浜市立大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 小阪憲司(横浜市立大学医学部)
  • 橋詰良夫(愛知医大加齢医科学研究所)
  • 池田研二(東京都精神医学総合研究所)
  • 山田正仁(金沢大学医学部)
  • 石津秀樹(岡山大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
脳の老化と関連した疾患は多様であるが、このうち非アルツハイマー型変性性痴呆疾患は、重要な疾患が多いのにもかかわらず研究が遅れており、これらの疾患についての系統的研究は急を要する課題である。今年度は、前年度に引き続いて、非アルツハイマー型変性性痴呆疾患のうち、“びまん性レビー小体病(DLBD)"、“痴呆を伴う筋萎縮性側索硬化症(ALS-D)"、“皮質基底核変性症(CBD)"、“神経原線維変化型老年痴呆(SD-NFT)"、“石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病(DNTC)"と、いずれも本邦の研究者により提唱ないし研究の端緒がつけられ、近年その重要性から世界的に研究が進められている5疾患に焦点を絞り、その病態機序についての検討と臨床病理学的診断基準の作成を行うことを今回の研究の目的とする。
研究方法
1)小阪は、DLBD14剖検例にみられるレビー小体(LB)について、抗α―シヌクレインとその他の抗体による二重免疫染色を行い、α―シヌクレインによる免疫電顕を行った。さらに、レビー小体型痴呆(DLB)22剖検例について、病理学的診断基準を作成し、剖検例を複数の亜型に分類した。 2)橋詰は、ALS-Dの自験17剖検例と過去の剖検報告例に基づいて、臨床病理学的診断基準を作成し、鑑別疾患を検討した。 3)池田は、CBDの自験剖検例と過去の剖検報告例の検討から、CBD(中核群)の臨床診断に必須な症状と、診断に有用な症状を抽出した。さらに、脳脊髄液を利用した診断法の開発のための基礎的な研究を行った。 4)山田は、SD-NFT5剖検例について、海馬領域病変の神経原線維変化(NFT)形成と神経変性の検討を行った。また、タウ遺伝子の検索と脳脊髄液中のタウおよびAβの定量を行った。 5)石津は、DNTCの21剖検報告例について、臨床病理学的な特徴を再検討し、さらに、脳脊髄液中のタウの定量を行った。
結果と考察
1)DLBD脳では、ミクログリアはLB含有神経細胞の細胞死に至る以前から関与し、細胞外LBの初期に役割を終え、一方アストログリアは細胞外LBの後期に役割を担っていると考えられた。また、LB含有細胞の初期の変性過程から補体のclassical pathwayが活性化され、amyloid P componentが活性化因子の一つとして想定された。後期の細胞外LBは、免疫電顕でα―シヌクレインの染色性を失った線維成分として組織中に残遺することが示された。DLB剖検例を、病理学的診断基準に基づいて亜型に分類すると、新皮質型、辺縁型、大脳型に分けられ、脳幹型はなく、この他、SDAT型とAD型がみられた。これらの亜型は、各々臨床所見との特徴ある対応を示し、適切なDLBの亜型分類に基づき、各亜型の特徴を踏まえて臨床診断を行うことが推奨された。 2)ALS-D剖検例は、発症年齢、家族歴・既往歴、初発症状、経過、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソニスム、痴呆、などの臨床項目に特徴を有していた。病理学的には、軽度の前頭・側頭葉の萎縮、神経細胞脱落とグリオーシス、海綿状変化、古典的ALSと同質の運動ニューロン障害をみた。免疫組織化学的に共通してみられたユビキチン陽性の神経細胞内封入体は、ALS-Dの病理学的指標となる可能性がある。鑑別疾患としては、ALS、ATD、ピック病、CBDなどが上げられた。 3)CBDの中核群は、大脳病変が中心溝近傍を含む前頭・頭頂領域にあり、左右差を示した。皮質下では、黒質、次いで基底核に病変が及んでいた。対応する臨床症状の中から、必須症状として、①肢節運動失行、②パーキンソニスムの2症状、診断を補強する項目として、①症状の左右差、②他人の手徴候、③痴呆、④一側優位の前頭・頭頂萎縮
を示す画像所見、を抽出した。CBDには中核群以外に、前頭葉萎縮・人格変化を示す群、言語野萎縮・進行性失語を示す群、海馬を含む内側側頭葉萎縮・記憶障害を示す群があるが、これらの亜型の診断は困難であり、その診断にはタウ異常の特徴を特異マーカーとして、脳脊髄液診断に応用する必要がある。 4)SD-NFTの海馬領域病変の検討から、SD-NFTはADより大量のNFTを有するにも関わらず、神経変性はADと比較し軽度であることから、両者の神経細胞の変性機序が異なっていることが明らかになった。第17番染色体に連鎖する前頭側頭型痴呆(FTDP17)では多様な変異がタウ遺伝子に見出されているが、SD-NFTではタウ遺伝子変異は見出されなかった。SD-NFTと高齢発症のSDATとは臨床的鑑別がしばしば困難であり、診断の補助となるマーカーが必要であるが、剖検時に採取した脳脊髄液でのタウやAβを検索では、疾患における病的な変動を捉えることが困難であった。今後、生前に採取した脳脊髄液を採取し、その後剖検で確定診断のついた例を対象とした検討が必要である。 5)DNTC剖検例の臨床的特徴から、①早期から記憶障害・失見当識が目立つ群、②人格障害・意欲障害が早期または中期からみられる群、③精神症状(幻覚・妄想)を呈する群、の3群の臨床類型に分けた。DNTCの診断には基底核および小脳歯状核の石灰化が必須所見であり、側頭葉または前頭・側頭葉の限局性萎縮は進行期に明らかとなる。支持的項目として、中期に錐体路、錐体外路症状を伴うこと、長期では脳血管障害やLeukoaraiosisを認めること、などが上げられる。脳脊髄液中のリン酸化タウの定量は、AD同様NFT出現の著しいDNTCの診断に有効であると推測され、今回の結果もこれを裏付けていた。
結論
DLBDでは、ミクログリアとアストログリアがLB含有細胞の変性と細胞外LBの処理に関与しており、補体のclassical pathwayの活性化が示唆された。また、病理学的診断基準により、DLBは複数の亜型に分けられ、各々臨床所見と特徴ある対応を示した。ALS-Dの診断基準を作成する過程で、病理学的指標としてユビキチン陽性神経細胞内封入体が有用であることが示された。CBDの中核群は診断基準で診断可能であるが、亜型群の診断にはタウ異常の特異性を利用した脳脊髄液診断法が必要であることが示された。SD-NFTの海馬領域におけるNFT形成を伴う神経変性はADとは異なることが示唆され、脳脊髄液などでの診断マーカーの開発が必要であることが示された。DNTCは、タウオパシーに属する痴呆疾患であり、実態調査に向けて、診断基準の作成が重要であることが示された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-