高齢者の疼痛緩和に関する研究

文献情報

文献番号
199900206A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の疼痛緩和に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
外 須美夫(北里大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 奥富俊之(北里大学医学部)
  • 的場元弘(北里大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、高齢者の痛みを緩和することを最終的な目標としている。とりわけ、高齢者の慢性痛および癌性疼痛を緩和することを目的としている。なぜなら、痛みが軽減しない限り、高齢者にとって生命の質(QOL)の向上は望めないし、生き甲斐は得られないからである。高齢者は老化に伴う病気を治すこと以上に、付随する痛みを軽減することを強く望んでいる。本研究では、第一に、難治性疼痛として問題になっており、高齢化に伴って増加する神経痛、とくに帯状疱疹後神経痛や三叉神経痛、外傷後神経因性疼痛に焦点を当て、治療法の確立を目的としている。第二に、高齢者における癌性疼痛の克服を目指す。癌の痛みに対してはWHOの3段階治療法により多数の患者の痛みの軽減が可能になったが、高齢者の場合、麻薬や鎮痛補助薬の使用法や副作用の問題が解決されていない。モルヒネによる意識障害や傾眠は依然として高齢者癌患者の疼痛治療の課題である。また、癌が神経に浸潤した場合の神経因性疼痛に関してはモルヒネも効果なく有効な治療法が確立していない。モルヒネの代謝産物は腎機能低下により蓄積されやすく、適切な鎮痛を維持できても傾眠を来して日内リズムが維持できなくなる。一方、フェンタニルは代謝産物に活性がなく腎機能が低下した高齢者においても傾眠などの副作用を生じにくいことが報告されている。フェンタニルの力価はモルヒネの100倍前後と考えられているが、がん患者での比較はされていない。そこで、本研究では、臨床研究として、高齢者の癌性疼痛を軽減することを目的に、モルヒネより副作用の少ない代替薬であるフェンタニルの効果を調べることを目的とした。また、動物実験として局所麻酔薬の軸索輸送に及ぼす影響についてを持つか検討すること、さらに、局所麻酔薬の神経毒性を病理学的に検討することを目的とした。これらは、神経因性疼痛の治療に用いられる局所麻酔薬の痛み軽減の機序を明確にすることにつながるとともに、脊髄麻酔に用いられる局所麻酔薬の神経毒性の病態を明らかにすることにつながる。
研究方法
臨床研究として、北里大学病院に入院中の進行がん患者で、モルヒネ投与によって傾眠、眠気、せん妄を来している場合に、モルヒネからフェンタニールに変更して鎮痛効果と副作用の出現を調べた。フェンタニールからモルヒネへの変更比は1:100とした。また、進行がん患者で呼吸困難感を持つ患者に対して、注射用のジアゼパムを舌下投与して、効果を検討した。ジアゼパムの投与量は2.5mgとした。また、癌の骨転移からくる神経圧迫による疼痛に対して、脊髄レベルでのNMDA受容体に抑制的に作用して、興奮性の痛みを抑制すると考えられるケタミンを投与して鎮痛効果を調べた。動物実験では、ラットの後根神経節を培養し、培養神経細胞を用いて痛みの伝達に関する研究を行った。麻酔薬の軸索輸送と樹状突起の成長に対する影響を拡大生体顕微鏡を用いて調べた。さらに、脊髄における局所麻酔薬の神経毒性の病理学的変化を電子顕微鏡で観察した。これは、ラットを用いてくも膜下腔にカテーテルを留置して、脊椎麻酔をできる状態を作成しておき、後日にカテーテルより局所麻酔薬であるテトラカイン、リドカインを投与して、その後、脊髄組織標本を作製し、病理学的変化をみるものである。同時に、ラットの行動と痛覚閾値測定を行い、組織学的所見と痛覚反応が一致するかどうかも調べた。
結果と考察
入院中の進行がん患者で、モルヒネからフェンタニールに変更して鎮痛効果と副作用の出現を調べたところ、フェンタニールへの変換比1:100の変換で、疼痛が増強した患者がいたが、新たな副作用の出現はなかった。モルヒネの持続静
注を受けていた症例の平均投与量は81mgだった。フェンタニル増量後の痛みが改善した時点でのフェンタニルの平均投与量は1.2mgだった。フェンタニールは鎮痛効果がモルヒネの100倍とされているが、今回の研究では約50倍程度であることがわかった。フェンタニールはモルヒネによる傾眠などの副作用を減らしうる有用な代替薬であることが示唆された。また、進行がん患者で呼吸困難感を持つ患者に対して、注射用のジアゼパムの舌下投与と利尿薬であるフロセマイドの吸入療法を検討した結果、8割以上の患者で症状の改善が認められた。このことから、ジアゼパムの舌下投与は即効性であり、とくに発作性の呼吸困難感に対してきわめて有効性が高いこと、利尿薬のフロセマイドも肺の伸展受容器を介して呼吸困難感を改善することが示唆された。また、癌の骨転移からくる神経圧迫による疼痛に対してのケタミン投与の効果は、まだ症例数が少なく、これからの検討が必要であるが症例によっては有効性が期待される。動物実験では、麻酔薬の軸索輸送と樹状突起の成長に対する影響を調べた結果、リドカインが軸索輸送を抑制することが明らかになった。リドカインは低濃度で軸索輸送を抑制することから、リドカインの静脈内投与により、神経因性疼痛が抑制されることが期待される。さらに、脊髄における局所麻酔薬の神経毒性の病理学的変化を電子顕微鏡で観察した結果では、テトラカイン、リドカインともに軸索変性を中心とした病変を生じさせた。病変は後根が脊髄に入口する部分であった。これらの軸索輸送と脊髄病変の検討は、今後、帯状疱疹後神経痛の病態と治療に関する研究へ応用できると思われる。
結論
高齢者の癌患者ではモルヒネが傾眠などの副作用から使用できないときには、フェンタニールに変更することにより、症状の改善が得られる。進行がん患者の呼吸困難感に対して注射用ジアゼパムの舌下投与と利尿薬のフロセマイドの吸入療法が効果がある。癌の骨転移からくる神経圧迫による疼痛に対してのケタミン投与の効果は、今後の検討で明らかになると思われる。痛み信号を運ぶ後根神経節細胞の軸索輸送を局所麻酔薬が抑制することから、脊髄レベルで構築されると考えられている神経因性疼痛に対して、局所麻酔薬が効果を発揮する可能性が示唆された。これらの結果から臨床的な問題点である高齢者の帯状疱疹後神経痛を中心とした神経因性疼痛の治療への効果が期待される。局所麻酔薬は脊髄後根から始まる神経毒性を発揮する可能性を有する。

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