高齢女性の健康増進のためのホルモン補充療法に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199900205A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢女性の健康増進のためのホルモン補充療法に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
大内 尉義(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 井上 聡(東京大学)
  • 大藏健義(獨協医科大学越谷病院)
  • 佐久間一郎(北海道大学)
  • 佐藤貴一郎(国際医療福祉大学)
  • 武谷雄二(東京大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
27,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ホルモン補充療法(hormone replacement therapy: HRT)は老年疾患を予防し、高齢女性の健康を保持、増進するための方法として注目されている。しかしHRTはわが国ではあまり一般化しておらず、高齢女性におけるHRTの適応の決定、有害事象を最小に抑え最大の効果をあげる方法についてもよくわかっていない。そこで、本研究は老年科医、内科医、婦人科医、医療経済学者がチームを形成し、1. HRTおよび低用量HRTの、老年疾患の発症予防、治療効果、臨床上の問題点と対策、HRTの対費用効果を検証すること、2. 高齢女性におけるHRT適応基準の設定、具体的な実施法に関するエビデンスに基づいたガイドラインを作成することを目的としている。
研究方法
1.HRTに対する一般女性の意識調査
わが国の一般女性のHRTに対する意識を調査した。対象は、北海道、関東、九州地方の一般女性(医療職にあるものは除外)で、質問票による調査を施行した。
2.血管機能に対するHRTの影響
閉経後1年以上を経過した無症候性女性で骨粗鬆症と診断されHRTを開始した8名(年齢54.8±1.3歳)を対象とし、結合型エストロゲン(CEE)0.625mgと酢酸メドロキシプロゲステロン(MPA)2.5mgの連日経口服用および、HRT開始後2年間を経過した6例に対してはCEE 0.3125mg + MPA 1.25mgの低用量を投与し、内皮依存性血管拡張反応(右上腕動脈の反応性充血時の血管径増加率;%FMD)および内皮非依存性血管拡張反応(ニトログリセリン0.3mg投与後の血管径増加率;%NTG)を、治療開始前および開始後経時的に24ヶ月まで、さらに低用量に切り替えて12ヶ月後の時点で測定した。同時に血清ホルモン濃度、血清脂質、空腹時血糖値等を測定した。
3.低用量HRTが骨量に及ぼす効果および骨量の新しい遺伝的マーカーの開発
a. 低用量HRTが骨量に及ぼす効果
閉経後骨粗鬆症患者36名(年齢63±12歳)を対象とし、低用量HRTを行い、3ヶ月毎に第2-4腰椎の骨密度(L2-4BMD)を測定し、約2年間にわたり追跡した。服薬コンプライアンス、有害事象の発生に関しても検討した。
b. エストロゲン受容体(ER)遺伝子の多型性分析
非血縁閉経後女性306名を対象として、末梢血の白血球分画よりDNAを抽出、エストロゲン受容体(ER)の各エクソン毎にPCRを行ない、PCR産物をPCR-SSCPに供し、移動度の異なるバンドから塩基配列を決定した。本法により分類できる遺伝子型と、骨量および各種骨代謝マーカーとの関連性を検討した。また、ERβの多型性と骨量との関連を検討するために、非血縁日本人閉経後女性204人を対象とし、末梢血DNAを用いてCAリピートを含む領域をPCR法にて増幅後、マイクロサテライト多型を同定した。
4.種々のHRTが脳血流に及ぼす影響
更年期症状を有するが、神経学的異常のない閉経後女性を対象とし、周期的順次投与法による通常量HRT、持続併用療法による通常量および低用量のHRTが脳血流に及ぼす影響を検討した。脳血流は核医学的手法により測定した。
周期的順次投与を行った群ではHRT開始直前、開始3週間後、1年後に脳血流を測定した。このうち15名では2年後に、8名では3年後の脳血流を測定した。持続併用療法による通常量のHRTを行った群では、開始直前および3週間後に脳血流を測定した。このうち9名では6ヶ月後に、4名では1年後の脳血流も測定した。低用量のHRTを行った群では投与直前と投与開始6週間後に脳血流を測定した。
5.本邦高齢女性におけるHRTの至適投与量に関する検討
閉経後女性への至適HRT用法・用量を凝固線溶系の面から検討し、副作用の少ない方法を決定することを目的とし、通常量HRT、低用量HRT、貼付型エストラジオール+MPA、エストリオール2mg連続投与法を各3カ月間行い、血栓線溶系に関して各種の指標の変化を観察した。また、婦人科の視点から、HRTの至適投与量を検討するために、閉経後一年以上経過した50歳以上の子宮を有する婦人でHRTの適応のある患者を4群に無作為に分け(低用量HRT群、通常量HRT群、エストリオール2mg/日群、4mg/日群)、HRT開始前に各症例の閉経年齢の記録、経膣及び子宮内超音波による子宮内膜の観察(内膜像と厚さ)、子宮内膜細胞診・組織診、血中ホルモンレベル(エストラジオール、プロゲステロン、FSH、LH)の測定を行った。HRT開始後は患者に所定の日誌を配布し、日々の服薬状況と性器出血量を記入させた。超音波、細胞診、組織診、採血は12週間毎に行い、それらと性器出血の状況の関連を解析した。
6.HRTの対費用効果に関する検討
HRTの対費用効果を計算し、その医療経済上のメリットを明らかにすることを目的とし、骨粗鬆症をターゲットとし、HRTの経済効果を評価するアセスメントモデルの開発を試み、その有用性について検討した。
結果と考察
1.HRTに対する一般女性の意識調査
1014名の女性(平均48.7歳)より回答が得られた。50歳以上の510名のうち、更年期症状の経験のある者77.3%、「経験しなかった」と答えた者18.6%、不明(回答なし)4.1%であった。
HRTをまったく知らない者51.2%、名前を聞いたことのあるが内容をよく知らない者31.6%、知っている者16.0%、不明1.4%で、過去にHRTを受けた経験のある者、現在受けている者を併せると26名(2.6%)であった。認知の経路については、新聞、テレビ、一般雑誌、医学雑誌が10-15%とほぼ同数であり、かかりつけの医師からは5.8%であった。
HRTに期待する効果で多かったものは、痴呆の遅延効果、更年期障害の改善、骨粗鬆症の予防・治療、皮膚を若々しく保つであり、低かったものは、生殖器症状、泌尿器症状の改善であった。問題点を踏まえた上でのHRT受療の意向とその理由については、「受けたい」と、「受けたいが不安が残る」と答えた者を合わせると34.8%、「受けたくない」は36.3%であった。HRTに対する不安理由は、癌がもっとも多く、乳房痛、浮腫がそれに次いだ。生理の再開は3.7%と低率であった。HRTを受けたい診療科は、全体では、婦人科38.9%、内科26.7%、何科でもよい16.7%であった。婦人科での受療希望は30歳未満では高かったが、30歳以上では加齢とともに低下し、逆に内科での受療希望が増加する傾向があったことから、HRT実施率のきわめて低い内科領域の医師にHRTを普及させることが重要と考えられた。
2.血管機能に対するHRTの影響
閉経後女性の%FMDは治療開始後経時的に増加の傾向を示し、治療開始前4.7±0.7%、開始24ヶ月8.1±0.9%であり、治療開始前に比し開始6ヶ月以降で有意に増加していた。一方、%NTGは治療開始前13.4±1.2%であったが、治療開始前に比し各時期で有意な変化は認められなかった。また通常量のHRTを施行し2年間経過した症例のうち6例に対して低用量HRTに切り替えて1年後の%FMDは6.7±0.7%であり、その6名の24ヶ月時の%FMD値8.2±1.3%と比較すると、若干低下傾向はあるものの統計的な有意差は認められなかった。%NTGは15.2 0.6%と変化しなかった。
3.低用量HRTが骨量に及ぼす効果および骨量の新しい遺伝的マーカーの開発
a. 低用量HRTが骨量に及ぼす効果
治療開始直前の L2-4BMDは0.791 0.173g/cm2であり、低用量HRTによりBMDは24ヶ月までのすべての測定点において治療開始前に比べ増加し、6ヶ月後(0.800±0.0.160)、9ヶ月後(0.802±0.162)であり、以後、+2%前後を推移した。服薬コンプライアンスの不良(2/3未満の服薬率)を除外すると9ヶ月後に+5%と骨量は有意に増加し、以後、+2-+3%を推移した。年齢により65歳未満と65歳以上の群で骨量増加を比較すると、より高齢群で治療効果が優れ、9ヶ月後の骨量増加は+7%であった。一方、有
害事象は36例中15例に、帯下の増加、性器出血、乳房緊満感を認めたが、いずれも軽度で治療の中断が必要な症例はいなかった。
b. ER遺伝子の多型性分析
ERα遺伝子エクソン4のPCR-SSCPにおいて3種の泳動パターンが得られ、塩基配列を決定したところ、975番目のシトシンがグアニンに塩基置換を起こしているalleleが存在した。このalleleを持たない、一つ持つ、二つ持つ遺伝子型をそれぞれ、MM、Mm、mmと名付けたが、それぞれの出現頻度は、26.5%、43.1%、30.4%であった。MM群は他の群と比較して、骨量の減少率が速い傾向にあった。また、MM群で尿中カルシウム排泄量が有意に多いことが判明した。ERβ遺伝子の多型性については、ERβCAリピー
トは18~32の範囲であり、26個のCAリピートを有する群では腰椎骨骨密度が有意に高値を示した。
4.種々のHRTが脳血流に及ぼす影響
周期的順次投与法による通常量のHRT前後の大脳血流量、小脳血流量はいずれも、3週後、1年後、2年後、3年後において有意に増加した。前者の平均増加率は5.8~8.0%、後者のそれは5.9~13.6%であった。持続投与法による通常量HRTでは、大脳血流量には有意な変化は認められなかったが、3週後と6ヶ月後の小脳血流量は前値に比べ有意に増加していたが、1年後では有意な増加を示さなかった。一方、持続投与法による低用量HRTでは、大脳血流量は6週後に増加の傾向にあり(p<0.07)、平均増加率は9.1±11.0%であった。小脳血流量は有意に増加し、平均増加率は8.2±8.7%であった。
5.本邦高齢女性におけるHRTの至適投与量に関する検討
a. 脂質プロファイルへの効果では、LDL-コレステロール、アポB、アポB/A1、Lp(a)の低下、HDL-コレステロール、アポA1の増加が認められた。これらの効果は、結合型エストロゲンの通常量が一番強く、経皮貼付型エストラジオール、エストリオール、結合型エストロゲンで徐々に減少した。また、結果どの投与法を用いても、凝固系がやや亢進し、線溶系が低下する傾向が示されたが、この効果も結合型エストロゲンの通常量で一番強く、経皮貼付型エストラジオール、エストリオールや結合型エストロゲンでは軽度となった。
a. 通常量HRT群では開始後早期からの比較的多量の性器出血により中止にいたる症例があり、継続できたものにおいても、24週でも中等量の出血をみることがあった。しかし、低用量HRT群では開始後12週以内に少量の性器出血を起こすことがあるものの、12週以降はほとんど消失し、子宮内膜の肥厚も生じにくかった。エストリオール2mg、4mg群ともに性器出血はほとんどみられず、コンプライアンスの点からは低用量HRT群よりもすぐれていたが、治療開始後12週で子宮内膜厚が10mmを越える症例が認められた。
以上、2-5の研究により、低用量のHRTによっても骨量、脳血流量は増加し、また通常量から半量にスイッチした症例での血管内皮機能の改善もやや低下傾向はあるものの維持され、さらに脂質代謝改善作用も通常量に比べてやや弱いものの有意に認められることが判明した。一方、低用量のHRTの凝固線溶系に対する影響は通常量に比べて弱く、また、性器出血の頻度、量、子宮内膜肥厚作用もきわめて弱いことが示され、HRTの多面的な効果を維持したまま有害事象を最小に抑制するためには低用量HRTが優れていることが示唆された。
6.HRTの対費用効果に関する検討
HRTの対費用効果を明らかにするために、骨粗鬆症を対象に取り上げ、経済評価分析のベースとなる医学的特性を反映したアセスメントモデルを構築し、非HRT群とHRT群それぞれの大腿骨骨折の発症や、それに続く在宅治療や施設収容など寝たきりを中心とする各病態ごとの患者数を推計することによりホルモン補充療法の有効性を明らかにした。すなわち、閉経直後の無症候性骨粗鬆症患者へのHRTは、閉経による骨量減少を抑制し、遅延させる効果を持つことから、寝たきり老人の主たるリスク要因である大腿骨骨折の発症を減少させること、そして無症候性の骨粗鬆症患者が対象であることから、骨折から寝たきりにいたる過程を予防する効果が認められた。したがって、HRTは高齢者医療、ケアにかかる費用を軽減し、さらに在宅ケアの社会的負担を軽減することが示唆された。
結論
1) わが国においてHRTの普及を妨げる一般国民側の要因は、HRT自体の存在およびその多面的な効果が認識されていないこと、悪性腫瘍(特に乳癌)に対する不安である。しかし、HRTを受けてみたいというニーズはかなり高いことが明らかになった。
2) HRTには血管内皮機能の長期にわたる改善作用、脳血流増加作用があり、HRTの低用量でもこれらの効果が期待できることが示唆された。
3) 低用量のHRTでも骨量増加作用は十分期待できることが明らかになった。
4) HRTの欠点である性器出血、血栓形成傾向、子宮内膜肥厚作用は低用量HRTでは少ないことが示唆された。
5) HRTの経済評価にいたる一段階として、医学的特性に沿ったアセスメント・モデルの有用性が確認された。

公開日・更新日

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