老化に伴う臓器機能不全の分子病態に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900204A
報告書区分
総括
研究課題名
老化に伴う臓器機能不全の分子病態に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
丸山 征郎(鹿児島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 清野進(千葉大学大学院)
  • 宮園浩平(癌研究会癌研究所)
  • 中島利博(筑波大学応用生物化学系)
  • 一瀬白帝(山形大学医学部)
  • 鄭忠和(鹿児島大学医学部)
  • 茆原順一(秋田大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
18,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴い、種々の臓器は機能低下に陥り、これが個々人のquality of life を損なうほか、社会的にも大きな損失となっている。今後の未曾有の高齢化社会を考えるとき、加齢に伴う臓器の機能障害を防ぎ、個々人の健やかな老後を保証することは緊急かつ受容な社会的課題である。このプロジェクトでは;
縦軸としての視点から、1)心臓、肺、などの臓器を選び、横軸のシステムとしての視点から、2)転写因子とその制御因子、3)細胞寿命と制御、4)細胞外マトリクス産生とその制御、5)凝固線溶・血管機能、などの面から検討し、加齢に伴う諸臓器の機能低下の分子病態を明らかにし、その防止策を立案する。
研究方法
1.加齢に伴う冠動脈機能の変化に関する研究(鄭班員):胸痛の精査で受診し、冠動脈造影を施行した患者の中から、造影上病変を認めず、かつ冠危険因子のない症例26人(男11名、女15名)、平均年令50.3±10.9(27-69)才について、血管造影、血管内超音波などでプラークの面積、血管の反応性、冠血流速度などを調べた。
2.気道上皮の再生能と増殖因子(茆原班員):肺の機能が加齢とともに弛緩性となっていくのを確かめたので、次に気管支鏡下にバイオプシー目的で得たサンプルから気管支上皮細胞を培養して、IGF-1 に対する応答性とその受容体の発現を検討した。
3.老化とインスリン分泌の関係(清野班員):ミトコンドリア(Mt)機能は老化に伴い、低下することが分かっている。そこでMtに局在する ABC(ATP-binding cassette)蛋白のホモログをクローニングして、ATM1 と命名し、その機能とインスリン分泌の関係を調べた。
4.加齢と血管・凝固/線溶系(一瀬班員):血栓の形成に重要な役割を果たす Lp(a) と凝固第XⅢ因子の5'発現調節領域の遺伝子多型を調べ、脳梗塞、心筋梗塞との関係を調べた。
5。トロンビンの神経毒性に関する研究(丸山班員):内皮細胞剥離、あるいは障害の結果生ずるトロンビンは血栓形成のキーエンザイムであるが、一方ではトロンビン受容体を介して神経細胞死を招くことを見い出したのでその分子細胞機構を検討した。
6.臓器の線維化の分子細胞機構(宮園班員):種々の転写因子と共同して働くSmad とTGF-βのシグナリングを研究し、それと臓器の線維化の関係について考察した。
7。動脈硬化のシグナリングの研究(中島班員):動脈硬化とトロンビンの関係を明らかにする目的で、コアクチベータ-CBP/p300へのシグナル伝達を血管平滑筋細胞を使用して検討した。
結果と考察
1。加齢とともに冠動脈のプラーク面積は増加した。またアセチルコリン、アデノシンに対する血流増加度は加齢とともに低下した。これは何ら既知の冠危険因子がなくとも、加齢により内皮細胞機能が低下することを示している。
2。気道上皮細胞はIGF-1 受容体を発現しており、 IGF-1 に対して増殖活性を示した。これらは炎症性ケモカインで抑制された。肺は加齢とともに肺支持組織は弛緩性になってくるので、今回の発見は臨床への展開が期待される。
3.ミトコンドリアに発現している ABC 蛋白の一つ、ATM1 のホモログ;MTABC3を新規にクローニングした。 ATM1の異常は老化や糖尿病の発生に関係している可能性が考えられた。
4.プラスミノゲン遺伝子`5発現調節領域には少なくとも6つの遺伝子多型があり、それらの発現頻度が白人と日本人、中国人、韓国人とでそれぞれ異なることが判明した。また第XⅢ因子の発現にはMNZ-1, NF-1, SP-1 などの転写因子が必要なことが判明した。
5.トロンビンは神経細胞にアポトーシスを誘導することを見い出した。これはトロンビン受容体を介しており、細胞内レドックスを介しており、カスパ-ゼカスケードを経るものである。
6.TGFβからのシグナル伝達因子であるSmad はPEB2と共同して、特異的にシグナルを伝達して、多彩な細胞応答をすることが判明した。結果として、plasminogen activator inhibitor type 1(PAI-1) の発現を強め、これがプラスミンの生成を制御して、マトリックスの分解の抑制、組織の線維化につながる可能性が浮かび上がってきた。
7.動脈硬化巣では増殖した血管平滑筋細胞の核内にアセチル化したタンパクが集積しているのが認められた(これをHypernuclear Acetylation, HNA) と命名した。そしてトロンビン刺激で HAT 活性が上昇し、in vivo の系を再現しえた。
以上、加齢に伴う諸臓器の機能低下には必ずしも基本的な共通の基盤があるわけではない。心臓の場合には加齢とともに冠動脈内皮細胞の反応性の低下、末梢血管予備能の低下が認められた。これは心血管のリモデリングや線維化が関係しているものと考えられる。この分子細胞機構にはTGFβーSmad が関係しているものと考えられる。肺の加齢変化すなわち、肺支持組織の弛緩は、in vitro の実験系からはIGF-1 が有用である可能性がある。また加齢に伴い、ミトコンドリアには障害が蓄積してくるが、これが加齢にともなインスリンの分泌の低下に関係している可能性が示唆された。プラスミノゲンや第XⅢ因子プロモーターには多型性があり、これが人種間で異なっていることが分かったが、これと血栓発症の人種差、加齢との関係は今後の問題である。 今回TGFβの細胞内のシグナル伝達に仕組みがさらに詳しく判明した。Smad ファミリーの組み合わせにより、細胞内シグナルが変わるので、今後各臓器の加齢変化の違いがシグナル伝達レベルで解明しうる可能性がある。また動脈硬化巣ではアセチルトランスフェラーゼ活性が上昇し、細胞核内は Hyper nuclear acetylation(HNA) とも言いうる状態になっていることが判明した。そしてその原因の一つとして、トロンビン→MAPK の経路が明らかになった。
結論
各臓器の加齢に伴う機能低下は必ずしも同一の基盤によるものではないが、最大公約数的には、線維化、リモデリング、細胞外マトリックスの増殖が関係しているものと考えられる。動脈硬化では血管平滑筋細胞のHyper Nucelar Acetylation ともいうべき現象が観察されたが、これは血管壁細胞では活発な転写系の亢進があることを示している。これと血栓の関係は不明である。また血栓、あるいは出血が脳に生じた場合には当該部位でトロンビンが生成されるが、このトロンビンは神経細胞にアポトーシスを誘導することが明らかになった。これらのことから加齢に伴う臓器の機能低下にも細胞レベル、臓器レベルで相は多彩であることが示された。今後これらを分子・細胞レベルで統一的に理解する理論が必要であろう。

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