酸素依存性短寿命突然変異体を用いた細胞死と寿命解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900203A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素依存性短寿命突然変異体を用いた細胞死と寿命解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
石井 直明(東海大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
細胞の損傷や、それに伴う細胞死が組織・器官の機能低下を招き、それが個体の老化や死に反映されると考えられているが、その過程は依然明かにされていない。最近、酸素が細胞死や老化の一因として注目されていることから、本研究において、線虫の一種、C. elegansの中で、ランダムな細胞死を引き起こす酸素高感受性短寿命突然変異体mev-1を用いて、細胞損傷から細胞死を経て個体の死に至るまでの老化の過程を分子レベルで明かにすることを目的とする。
細胞死の実行に必要なced-3遺伝子が欠損した突然変異体とmev-1との二重変異体を作成すると、野生株の中でも見ることができるプログラムされた細胞死だけでなく、mev-1のみに見ることができるランダムな細胞死も生じない。本年度は細胞死の機能を遺伝的に消失させたmev-1の寿命と、mev-1そのものの寿命を比較することにより、細胞死が寿命に及ぼす影響を調べた。また昨年、mev-1の遺伝子クローニングに成功し、これがミトコンドリア内膜に存在する電子伝達系の複合体IIを構成するシトクロームb560であることを突き止めたことから、mev-1が酸素高感受性になる原因を特定できる可能性がでてきた。1つの可能性は複合体IIには電子伝達系において電子をコハク酸からCoQに流す機能を持つことから、mev-1の異常が電子の逸脱を生じ、これが酸素に渡されて活性酸素を生じるために酸素高感受性や短寿命になることが考えられる。そこでmev-1における活性酸素の産生量を測定した。一方、複合体IIはTCAサイクルの中でコハク酸をフマル酸に変換するコハク酸脱水素酵素としての役目をも持つために、複合体IIの機能が落ちているmev-1ではTCAサイクルにも影響が出ていると考えられる。これがATP産生低下させ、最終的にmev-1に認められる酸素高感受性を引き起こすことが考えられる。そこでATP産生量やTCAサイクルの機能を測定した。エネルギー代謝の変化は副産物である活性酸素の発生量を変化させるために、抗酸化機能の遺伝子発現に影響を及ぼす可能性がある。そこで抗酸化能を測定した。さらにmev-1ではゲノムDNAに高い頻度で突然変異を生じることから、DNAの変異が細胞の機能を低下させ、細胞死を生じる原因になることも考えられる。そこで、この突然変異頻度の原因を、酸化ストレスにより生じるDNA中の8-OH-dGの量と、紫外線によるDNA修復能の両面から調べた。
研究方法
1) mev-1unc-50(マーカー遺伝子)とced-3 (n717)をかけ合わせて、mev-1ced-3unc-50の二重突然変異体を作成し、野生株、unc-50, mev-1unc-50, mev-1ced-3unc-50のそれぞれの寿命を測定した。2) mev-1におけるミトコンドリア分画にコハク酸またはHADHの基質とMCLA(ウミホタル・ルシフェリン誘導体)を添加し、O2-の発生を化学発光法で定量した。さらに細胞質分画を用いて乳酸、ピルビン酸、ATP、クエン酸、コハク酸、グルタミン酸の各濃度を測定した。3) 抗酸化物質としてグルタチオンの濃度を測定した。4) 虫のDNAを抽出し、8-OH-dGの量をHPLC分析法により,ピリミンジン・ダイマー(CPD) と6-4 photo product (6-4 PP) の修復能をそれぞれの抗体を用いて測定した。
結果と考察
1) 二重突然変異体を分離するために必要なunc-50マーカーそのものの寿命が野生株よりも少し延長していた。unc-50に比べてmev-1unc-50は短寿命である。mev-1ced-3unc-50の寿命曲線は若い時期にはunc-50の寿命曲線に乗っており、老齢期になるとmev-1unc-50の寿命曲線に乗り換えるような形になった。このことは、mev-1の短寿命の一因がランダムな細胞死によるものであることを示唆している。前年後の研究で、野生株では細胞死が寿命に影響を及ぼさないことから、mev-1で生じた死細胞は正常細胞に悪い影響を与えている可能性がある。現に細胞の貪食に関係する遺伝子ced-1の突然変異体(死細胞の貪食ができない)とmev-1の二重突然変異体は致死となった。2) 複合体IIから生成されるO2-を測定するためにコハク酸を添加すると、O2-の産生が見られなかった。複合体Iの基質であるHADHを添加すると、期待とは逆にmev-1のO2-の発生量が野生株に比べて半分に低下していた。これはcyt-1の異常が複合体IIにおける電子の流れを減少させた結果であり、mev-1の酸素高感受性の原因が活性酸素の産生増加によるものではないことを示唆している。複合体IIは電子伝達系において電子をコハク酸からCoQに流す機能を持つ一方で、TCAサイクルの中でコハク酸をフマル酸に変換するコハク酸脱水素酵素としての役目を持つために、複合体IIの機能が落ちているmev-1ではTCAサイクルにも影響がでていると考えられる。そこでATP産生量やTCAサイクルの機能を測定した。その結果、
ATPの量がmev-1で優位に低下していたのを初め、乳酸/ピルビン酸値が優位に増加していたことから、cyt-1の障害は複合体IIにおけるTCAサイクルに影響を与え、mev-1をアシドーシスの状態に陥らせていることが考えられる。この状態は細胞を酸化ストレスを受けやすい状況を作り出している可能性がある。またエネルギー代謝の低下は副産物としての活性酸素の産生量も低下させる可能性がある。その結果、抗酸化に関わる遺伝子発現が低下し、結果として酸素高感受性になっていると考えられる。実際に抗酸化物質であるグルタチオンの濃度がmev-1では野生株の半分に減少していた。3) mev-1ではゲノムDNAの高突然変異頻度が高く、これが細胞死を引き起こしている可能性がある。そこで酸化ストレスにより生じる8-OH-dGの量と紫外線により生じるCDPおよび6-4 PPの修復能を測定した。結果は8-OH-dG、DNA修復能ともに野生株とmev-1 に差がなく、mev-1でゲノムDNAの突然変異頻度が上昇する原因は依然不明である。
結論
線虫の一種、C. elegansの酸素依存性短寿命突然変異体mev-1は、その原因遺伝子がミトコンドリア内膜に存在する電子伝達系の複合体IIを構成するシトクロームb560である。このミトコンドリアを起因とした傷害が個体を酸素高感受性にしたり、寿命を短縮させたりするばかりか、細胞の中でもゲノムDNAに突然変異を生じたり細胞死を生ずるなど、細胞内で多面的な変化を生ずることが明かとなった。これは一般的な哺乳類の細胞内で生じる老化の多面発現の現象に酷似していることから、ミトコンドリアを起因とする酸化ストレスが老化の一般的な原因になりうることを強く示唆するものである。今回、mev-1の原因遺伝子であるcyt-1の機能不全が、cyt-1を含む複合体II全体の機能不全を導き、それがTCAサイクルに影響を与え、酸化ストレスを生じていることを見い出した。TCAサイクルに異常を生じた細胞は機能不全を起こし、その中であるものは細胞死に至ると考えられる。mev-1で生じるランダムな細胞死がmev-1の寿命短縮の一因であることを明らかにしたことは、酸素ストレスのような条件下では細胞老化が個体老化に関係することを示唆するものであり、老化研究に対するこの研究の意義は大きい。

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