ヒト個体における老化機構の分子疫学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900202A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト個体における老化機構の分子疫学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山木戸 道郎(広島大学 医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 葛西 宏(産業医科大学 産業生態科学研究所)
  • 中別府雄作(九州大学 生体防御医学研究所)
  • 二階堂 修(金沢大学 薬学部)
  • 平井裕子(放射線影響研究所 放射線生物学部)
  • 若林敬二(国立がんセンター研究所 がん予防研究部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
6,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、ヒト個体の老化及び寿命を遺伝子異常の蓄積による生理的老化という観点で捉え、これまでに提唱されてきたが直接的証拠の得られていない老化の仮説のうち、(1)老化は体細胞遺伝子の突然変異の蓄積により生じる、(2)遺伝子異常の蓄積の要因の一つは、遺伝子修復機能の低下であるとの2つの仮説の検証を行うことにより、遺伝子損傷に対する修復機能の低下及び遺伝子異常の蓄積とヒト個体の老化及び寿命との関係を解析することを目的とする。
研究方法
①疾患背景が参照可能であった症例について、末梢血単核球におけるテロメア長、テロメラーゼ活性と背景要因や寿命との関係を解析した。肺癌組織を対象に癌遺伝子・癌抑制遺伝子などの異常とテロメア長、テロメラーゼ活性レベル、予後との関係を検討した。②原爆被爆者の末梢血好中球におけるFcgレセプターIII(FcgRIII)遺伝子突然変異頻度と癌発生率及び寿命について解析した。③ノルハルマンとアニリンをS9mixと共存させることで生成する新規化合物(APNH)の生成に関与するS9mix中の酵素およびAPNHのDNAへの付加体形成について検討した。④無限増殖能を得たウェルナー症候群患者(WS)の細胞について、原因遺伝子(WRN)の突然変異部位、mRNA及び蛋白質の発現量、p53蛋白質の発現量について調べた。⑤酸化ヌクレオチドを分解する酵素MTH1の基質特異性、細胞内局在、パーキンソン病における核酸の酸化による障害の関与およびノックアウトマウスの自然老化による病的変化の解析を行った。
倫理面への配慮:いずれの施設においても倫理委員会が設置されており、その基準を遵守して研究が進められている。この研究班で使用するヒト生体試料は総て同意書を得ており、個人が特定されることのない様に、サンプル番号、性別、年齢、疾患についてデータベースを作成して管理した。総ての動物実験は各施設の動物委員会の飼育実験管理規則を遵守して行っている。中別府が行っている動物実験は九州大学医学部動物実験委員会の承認を受けて行った。
結果と考察
①単核球におけるテロメア長、テロメラーゼ活性と背景要因及び死亡データを加えた予後の解析を行ったが、いずれの因子も統計的有意差は認めなかった。肺癌組織におけるテロメラーゼ高活性と背景諸因子との間に統計学的に有意な関連が認められた因子は、小細胞癌(対非小細胞癌)、Aneupleudy、%S phase、6ヶ月未満の早期死亡(非小細胞癌)、テロメア長変化例(短縮/延長)、予後であった。一方、関連が認められなかった因子は、年齢、腫瘍径、病理病期、分化度、癌遺伝子・癌抑制遺伝子の異常であった。この結果は、昨年度のリンパ球の結果と同様に、癌細胞においても、遺伝子変異の蓄積・細胞周期の促進に伴なう細胞分裂回数の増加によりテロメア長の短縮ひいてはテロメラーゼ活性化に至ると考えられ、細胞老化を免れ分裂寿命を延長するには、テロメラーゼ活性化によるテロメア反復配列の修復が不可欠であることが示唆された。②原爆被爆者の末梢血好中球におけるFcg RIII Mf と癌発生率は、Fcg RIII Mfの上昇に伴ない発癌リスクは統計的に有意に上昇した。死亡時年齢とMfには統計的有意差は認めなかった。好中球及びこ赤血球の結果から、特に、骨髄幹細胞に生じた変異の蓄積が老化に伴う疾患発生に強く関与していることが示唆された。これらの遺伝子は、発癌に直接関係した遺伝子ではないが、個体の癌関連遺伝子の突然変異を間接的に反映していることを示唆した。③環境中に広く存在するノルハルマンはS9mix中のCytochromeP-450の働きによりアニリンと共存させると新規変異原物質APNHが生成し、DNA付加体を形成することが明らかとなった。この付加体はdeoxyguanosineとの付加体であることも明らかとなった。しかし、P-450のどの分子種が結合に関与しているかについてはまだ明らかではない。④ウェルナー患者由来細胞のうち不死化した細胞について、その原因を検討したが、ウェルナーの原因遺伝子WRNの変異は同定できなかった。しかも、WRN遺伝子mRNAの発現量の低下及びWRN蛋白量の明らかな低下や欠損も認めなかったので、細胞供与者はウェルナー症ではないと判定した。p53蛋白については、低下が認められたので、この不死化はp53の欠失が生じ、増殖上の優位を獲得したためと結論した。⑤酸化損傷ヌクレオチドの分解酵素MTH1は、8-OH-dGTPのみならず2-OH-dATPや 8-OH-dATPを分解し、2-OH-dATPをもっとも効率良く分解した。これまでにヌクレオチドプールに2-OH-dATPの存在が報告されていないが、今回の結果は、2-OH-dATPがヒトの細胞中に生じるが、効率良く分解される可能性が示唆された。スプライシングに変化をもたらす遺伝的多型により翻訳される4種のMTH1蛋白質のうち1つは、ミトコンドリア移行シグナルが付加されていたことを明らかとした。老化とともに増加する疾患の一つであるパーキンソン病患者の中脳黒質では、8-oxoGが蓄積し、MTH1の発現が亢進していることを始めて明らかとした。また、 MTH1遺伝子欠損マウスでは、増殖性病変の自然発生が有意に増加していることが明らかとなった。これらの結果は、遺伝子異常の蓄積が老化に伴なう疾患の原因となり、その蓄積が修復酵素の機能低下により生じるという仮説を支持している。
結論
①正常細胞、癌細胞共に、細胞の寿命は、細胞周期にある細胞のテロメラーゼ活性レベルが規定している。②ヒト個体の老化が遺伝子異常の蓄積により生じるという仮説は、癌発生率と体細胞突然変異頻度が相関することにより強く支持された。特に、血液幹細胞に生じた異常を反映している体細胞突然変異に統計的に有意な相関が示された。③DNAに付加体を形成する遺伝子異
常の蓄積の新しい機構が証明された。正常細胞の培養で得られた不死化細胞株は、培養早期にp53が欠失した細胞が増殖上の優位を獲得したことにより得られた。④遺伝子異常の蓄積が遺伝子修復能の低下に基づくという仮説は、修復酵素の基質特異性が明らかとなり、ノックアウトマウスにおいて加齢と共に癌の発生頻度が有意に高くなり、パーキンソン病の解析より、中脳黒質に酸化ヌクレオチドが蓄積し、修復酵素活性の発現が亢進していたことより強く支持された。

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