免疫系の老化を制御するペースメーカーの同定に関する研究

文献情報

文献番号
199900193A
報告書区分
総括
研究課題名
免疫系の老化を制御するペースメーカーの同定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
中山 俊憲(千葉大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
1,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
獲得免疫の中心的役割を果たしているT細胞は胸腺で分化・成熟するが、胸腺は10才頃をピークにして萎縮し、65才を越えた老人では組織の殆どが、脂肪組織に置き換わっている。従って、老化とともにT細胞の機能に異常が生じ、病原微生物に対する効率的な免疫反応が誘導できないといった免疫系の老化現象が見られると考えられている。また、T細胞が効率よく免疫反応を起こすためには、外来抗原の刺激(感染)によって、末梢リンパ組織で異なったリンホカインを産生するTh1またはTh2タイプのメモリーT細胞にバランスよく機能分化する必要がある。このバランスがくずれると、感染症に対する防御反応がうまく誘導されない。たとえば、細菌感染にはTh2細胞の分化が必要であり、アレルギー疾患の発症とTh2細胞の過剰分化との密接な関係も明らかになってきた。若年マウスと老化マウスのリンパ組織を材料にして、免疫系の老化を制御するペースメーカー的役割を持つ分子の同定を行うことを目的としている。
一方、ガン細胞は成人で1日に数千個の割合で発生していると考えられている。これを増殖する以前に、殺傷してガンの発生を抑えているのが、NK細胞や最近発見された第4のリンパ球NKT細胞である。最終年度で、わかったことであるが、老化マウスや60歳以上の老人では、NKT細胞数が激減しており、我々の研究室で発見されたNKT 細胞の特異的活性化物質、a-GalCerを用いて、ヒトのNKT細胞を用いて細胞療法が行える可能性が出てきた。
研究方法
次の5つの研究手法を用いて老化に伴う反応性の変化を検討した。
1. Th1とTh2細胞の分化誘導:卵白アルブミン特異的なT細胞レセプター(TCR)abトランスジェニックマウス(DO10Tg)の脾臓からナイーブT細胞(CD4+CD44-)をセルソーターで分離し、この細胞をin vitroで特異的ペプチドと抗原提示細胞を用いて刺激した。5日後に細胞を回収し、抗TCR抗体で再刺激した後、細胞内に産生されているサイトカイン(IL-4, IFN-g)を蛍光抗体を用い、フローサイトメトリーで検出する。この検出法はsingle cell analysisなので、これまで頻繁に行われてきたサイトカインの産生量を測る手法と比べ、どのサイトカインを産生する細胞がいくつ存在するか正確に測定することができる長所がある。さらに、IL-4とIFN-gを二重染色することができ、IFN-gもIL-4も産生しないナイーブT細胞、IFN-gを産生しIL-4を産生しないTh1細胞、IL-4を産生しIFN-gを産生しない細胞を明確に区別する事ができる。約8週のyoung adultマウスと12カ月の老齢マウスを用いてTh1/Th2細胞の分化における加齢の影響をしらべた。
2. T細胞抗原レセプターを刺激した後におこる細胞内カルシウムイオン濃度の上昇について、約8週のyoung adultマウスと8カ月、12カ月の老齢マウスを用いて加齢の影響をしらべた。T細胞を脾臓から分離・調製し、カルシウム感受性の色素Indo-1を細胞に取り込ませる。その後、ビオチン化した抗TCR抗体とアビジンを用いて検討した。
3. T細胞抗原レセプターを刺激した後におこる細胞内シグナル伝達系のうちRas/MAPKのカスケードの活性化について、約8週のyoung adultマウスと8カ月、12カ月の老齢マウスを用いて加齢の影響をしらべた。
4. 抗原ペプチドによってT細胞抗原レセプターを刺激したあとにみられるT細胞の増殖反応とサイトカイン(IL-2,IL-4, IFN-g)の産生能, 約8週のyoung adultマウスと8カ月、12カ月の老齢マウスを用いて加齢の影響をしらべた。
5. 12ヶ月の老齢マウスの末梢血、脾臓、肝臓でのNKT細胞の数をflowcytometryで調べた。
結果と考察
これまでの研究により、次のようなことが明らかになった。
1. 老化に伴うTh2細胞の分化障害を制御するRas/MAPKカスケード
1) 老化マウスの研究から、加齢とともにTh2細胞の分化能は低下することがわかった。
2) Th2細胞の分化には、抗原認識後に起こるRas/MAPKカスケードの十分な活性化が必要であり(Yamashita et al., PNAS, 96:1024-1029, 1999)、老化マウスではRas/MAPKカスケードの十分な活性化が起こらないことが分かった。従って、T細胞の細胞内シグナル伝達分子のうちRas/MAPKカスケードの機能低下が、老化マウスでのT細胞のTh2への分化障害を生み、感染症に対する防御機能を低下させることが示唆された。
2.第4のリンパ球NKT細胞の機能異常とガン細胞の転移
1)マウスの肝転移ガン実験モデルから、NKT細胞がガンの転移抑制に重要な役割を果たしていることが明らかになった(Cui et al, Science, 278: 1623, 1997)。また、NKT細胞を特異的に活性化する糖脂質a-GalCerが発見された(Kawano et al., Science, 278:1626, 1997)。NKT細胞が存在しないマウスでも、a-GalCerを樹状細胞にパルスし、生体に戻してやると非常に強い抗腫瘍活性が誘導できることが分かった(J. Immunol. 163: 2387, 1999)。a-GalCerはヒトのNKT細胞も活性化でき、臨床応用の可能性が出てきた。
2)60歳以上のヒトでの解析により、NKT細胞の数は加齢とともに減少することが分かった。Ras/MAPKカスケードの活性化に障害の見られる遺伝子操作マウスでは、NKT細胞の数が激減しているので、NKT細胞の分化・機能発現にもRas/MAPKカスケードが重要な役割を果たしていることが明らかになった。
結論
加齢とともにTh2細胞の分化能は低下するが、これは、Ras/MAPKカスケードの機能低下によるためであることがわかった。Ras/MAPKカスケードのどれかの分子が免疫系の老化を制御するペースメーカー的役割を持つ分子であることが強く示唆された。抗腫瘍効果を示すNKT細胞の数は加齢とともに減少する。ヒトでa-GalCerを用いて、NKT細胞療法を行うことができれば、新しいガンの免疫療法が確立できることが示された。

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