生活習慣病の中枢制御に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900192A
報告書区分
総括
研究課題名
生活習慣病の中枢制御に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
木山 博資(旭川医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 和田圭司(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加速的な超高齢化に向かっている日本の社会にとって、高齢者が健康で活力ある生活を送るためには、加齢に伴って多くの人が直面し寿命に多大な影響を及ぼす疾病、成人病を克服しなければならない。肥満、高血圧、脂質・糖代謝障害などのいわゆる成人病は生活習慣にもその原因があるとされ、「生活習慣病」とも云うことができる。最近の遺伝子欠損動物を用いた研究から、脳に限局するペプチド受容体のファミリーメンバーを欠損させると、「生活習慣病」の症状を呈する動物が得られることが明らかになってきた。このことはいわゆる成人病の原因として中枢由来のファクターが関与しうること、すなわち神経ペプチドを中心とした中枢制御の存在が明らかになったことである。脳の老化・加齢により中枢制御がうまく作動しなくなることが、成人病を惹起もしくは増悪させる一つの要因ではないかとの仮説が立てられる。本研究ではこのような仮説に基づいて成人病の中枢制御のメカニズムを解明することにある。解明の糸口として本研究組織で得られたBRS-3欠損動物が有効であると考えられる。また、神経特異的に局在し、かつニューロペプチドに関連する分子を新たに同定し、生活習慣病の中枢制御の新たな機構を解明し、それをモデル動物として生活習慣病の新しい治療法の開発を行うことも目的の一つである。平成11年度は、摂食との関連性が指摘されているボンベシン受容体BRS-3欠損動物の行動学的解析、第2のニューロテンシン受容体NRT2の欠損動物の作製などを進めるとともに、遺伝子探索により得られた視床下部に局在する新規分子の機能探索と欠損モデル動物の作成を行った。
研究方法
1)ボンベシン受容体BRS-3の内因性リガンド並びにBRS-3機能に関連した遺伝子群の同定: 生化学的アプローチの他、 BRS-3欠損マウスと野生型間でRAP-PCR法などによるdifferential screeningを行った。2)BRS-3欠損マウスの味覚選好性試験:甘味・苦味・塩味・酸味に対して2瓶法で行った。3)BRS-3欠損マウスの条件性味覚嫌悪学習試験:条件刺激として甘味(サッカリン水溶液)、塩味(塩化ナトリウム溶液)の摂水を使用し無条件刺激として塩化リチウムの腹腔内注射を使用した。2日間の条件付け試行に続いてテスト試行を行った。4)BRS-3欠損マウスの個別飼育試験:個別飼育した際の摂食量、体重増加、自発活動性を集団飼育の場合と、並びに野生型マウスの場合と比較した。また個別飼育したBRS-3欠損マウスの社会相互作用をレジデント・侵入者法により測定し同じく個別飼育した野生型マウスのスコアと比較した。5)ニューロテンシン受容体(NTR2)欠損マウスの作製:129系統由来ES細胞E14を使用し常法に従って相同組み換えES細胞を選別し、blastcyst injection法でキメラマウスを作製した。キメラマウスとC57BL/6Jマウスとの交配によりヘテロマウスを作製した。6)新規遺伝子のプロテアーゼ活性の検定:発光型人工ペプチドを基質として行った。7)神経細胞損傷による遺伝子発現誘導:各種神経損傷モデルや拘束ストレス、浸透圧ストレスモデルを用いた。8)遺伝子欠損動物の作製:通常の手法に準じた。9)新たな遺伝子欠損動物作製のためのベクターコンストラクトの構築:cre-loxP系を用いたコンディショナルノックアウトのベクターを構築した。10)アデノウイルスを用いた神経特異的遺伝子導入系の確立。SCG10プロモーターの下流でCreを発現させるアデノウイルスコンストラクトを構築した。(倫理面への配慮)本研究ではヒトを対象としない。また、実験動物の取り扱いは旭川医科大学及び国立精神神経センターの動物取り扱い規程に準じた。
結果と考察
1.ボンベシン受容体について。1)BRS-3の内因性リガ
ンド並びにBRS-3機能に関連した遺伝子群の解析において、特定分子の同定には至らなかった。2)BRS-3欠損マウスの味覚選好性において、甘味に対する選好性、苦味に対する嫌悪性が亢進していた。3)BRS-3欠損マウスの条件性味覚嫌悪学習については、BRS-3欠損マウスでは野生型に比してサッカリンテスト、塩化ナトリウムテストともに嫌悪得点が低下していた。4)BRS-3欠損マウスの個別飼育試験では、野生型マウスとは対照的に個別飼育条件下における摂食量が集団飼育の場合に比べて多く体重増加も著しかった。また、個別飼育では野生型マウスで見られる自発活動性の亢進がBRS-3欠損マウスで認められず社会的相互作用も低回していた。2.ニューロテンシン受容体について。1)ニューロテンシン受容体(NTR2)欠損マウスを作製するための相同組み換えES細胞を得、キメラマウスの作製にも成功した。3.新規遺伝子について。1)本遺伝子はメタロエンドペプチダーゼであった。2)各種の神経細胞の損傷に対して発現が著しく亢進することが明らかになった。これより、本分子をDamage Induced Neuronal Endopeptidase (DINE)と命名した。3)DINEの過剰発現により活性酸素消去系が賦活化し、活性酸素による神経細胞死防御の効果があることが明らかになった。4)本遺伝子の欠損動物は生後直ちに死に至ることから、これを回避しうる新たな欠損動物の作製のためのベクターコンストラクトの構築を開始した。4.遺伝子導入について。神経特異的遺伝子導入をめざすため、SCG10プロモーター下でcreを発現させることができるアデノウイルスベクターを作製した。今年度の研究ではBRS-3リガンドの同定には至らなかったが、BRS-3欠損マウスの行動学的解析から、BRS-3欠損マウスにおいて味覚選好性に変化が生じていること、味覚嫌悪条件づけの形成が促進されていることが明らかとなった。肥満と味覚反応性の変化が互いに関連していることが考えられる。また、個別飼育のBRS-3欠損マウスがより過食ならびに体重増を示し、さらに自発活動性の亢進を示さず社会的相互作用も低下することを見出したが、ヒト肥満においても社会的刺激の剥奪が肥満を形成する因子の一つであるかもしれないという可能性を示す貴重な結果である。生活習慣病の中枢制御にとって最も重要な領域である視床下部に特異的に発現し、メタロエンドペプチダーゼ様活性を有する新規遺伝子 (DINE)は、神経ペプタイドのコンバーティングやプロセッシングに極めて重要な役割を有するものと考えられる。現在のところ、内因性の基質は不明であるが、DINEは酸化ストレスの防御に貢献していることが示唆された。DINEが脳梗塞などのいわゆる生活習慣病関連の病態に関与していることは興味深く、今後の機能解析が急がれる。
結論
新規の生活習慣病モデルマウスであるBRS-3欠損マウスにおいて味覚学習が障害されていること、個別飼育時により体重増・過食を示し社会的反応性が変化していることを見出した。味覚学習性の変化、社会的反応性の変化が肥満形成に寄与した可能性が示された。DINEは視床下部での神経ペプチドのコンバーティングやプロセッシングに関与するものと考えられ、神経損傷時に発現誘導されるだけでなく、活性酸素の消去系を賦活化することにより、細胞死防御に働いていることが明らかになった。本分子の機能解明により、生活習慣病や関連疾患の新たな治療や予防につながることが期待される。

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